第15話「ゆるだら令嬢、禁呪を覚える②」
――魔王城の大図書館から持ち帰った、一冊の禁術書。
そこに記されていたのは、世にも恐ろしい禁呪の数々だった……!
獄炎の禁呪――相手は死ぬ(意訳)。
呪毒の禁呪――相手は死ぬ(意訳)。
崩壊の禁呪――相手は死ぬ(意訳)。
絶命の禁呪――相手は死ぬ(直訳)。
「相手が死ぬやつばっかじゃん!!」
あたしは思わず、本にツッコんだ。
こんなの、たとえ覚えられたとしても使えないよ!
なにこれ、こんなやばい魔法しかないの?
あたしは、もう少しマイルドなのを求めて、一心不乱にページをめくる。
そして、気づいた。
「ん? 危険度A? B? C?」
どうやらこの禁術書は、危険度ごとに分けて魔法を記載しているようだ。
さっきの物騒極まりない魔法はすべて危険度Sランク……敵は絶対殺すマン向けの殺意マシマシの魔法のようだった。
「あー、びっくりした……一番下は、Dランクか。この辺なら、気軽に使えるような面白い魔法あるかな」
あたしはちょっとした好奇心から、本のページをさらにめくる。
苦悶の禁呪――相手に足の小指をぶつけたかのごとく苦痛をしばらく与える。
花粉の禁呪――相手を重度の花粉症にする。
根源的恐怖の禁呪――相手は、脳裏でガラスをひっかくような音が止まなくなる。
人の尊厳を奪う禁呪――相手を全裸にする。
「くっだらねー!!」
あたしは、また思わず叫んだ。
くだらないけど、地味にいやな魔法ばっかだなー、これ……
ていうか、これほんとに禁呪?
「もー、もっとマシなのはないのー? ん……?」
そろそろ嫌気が差してきたあたしだけど、ここで不意にある魔法が目に留まった。
「……昏睡の禁呪?」
相手を深い眠りにおちいらせる魔法、か……
禁呪というには拍子抜けするくらいマイルドな魔法だけど、まあDランクは軒並みこんな魔法ばっかなのかな。
「ひとまず、これ覚えてみよっかな」
眠るだけなら害はない。むしろ、手軽に快眠できるならありがたいくらいだよね。
というわけで、あたしはさっそくその魔法を覚えることにした。
覚えられたら覚えられたで、練習台がほしいところだけど……
「お嬢様~、お夕飯の時間ですよ~っ! 今日はフィリエルさんがいないので、わたしがつくりました~、えへへ~!」
と、そこへメイドのメルベルが、相変わらずの能天気な笑顔とともに部屋へ入ってきた。
その顔を見て、あたしはにたりと笑みを浮かべる。
「……ん?」
途端、なにかを察したようにメルベルの笑顔が固まった。
◆
「――では、今日のところはここまでとしよう。皆、ご苦労だった」
ナーザ様の言葉とともに、僕は椅子から腰を上げた。
禁呪を覚えるのに忙しいというお嬢様のかわりに出ることになったこの会議だけど、それも滞りなく無事に終わる。
すっかり遅くなったな……メルベルには連絡を入れておいたし、お嬢様はもう夕飯を食べているころだろう。
それでも、お嬢様のお世話をするため早く帰るに越したことはない。
僕はバハル様やジデル様にあいさつをし、おふた方に続いて議会室を出ようとするけど……
「待て、フィリエル」
そこで突然、ナーザ様に呼び止められた。
「結果的に我らの発言のせいで、おぬしにいらぬ苦労をかけることになって、すまなかったな」
「いえ、そんな……」
「そこで、せめてもの詫びだ。我が屋敷まで送ってやる。ルーネが先に帰ったおかげで、おぬしが帰る足がなかろう」
「え……」
たしかに、僕はいつもお嬢さまの送迎の馬車に同乗させてもらっている身だ。
それがすでに出払った以上、ほかに移動手段はない。
でも、普通なら馬車で移動するような道のりも、僕ならたいした問題じゃない。
だから、いつもならやんわりと遠慮するところだけど……
「……そうですね、ではお言葉に甘えさせていただきます」
僕はあえて、その誘いを受けることにした。
急にこんなことを言い出すナーザ様に、なにか言葉とはべつの意図があることを察したからだ……
そういうわけで、僕はナーザ様の従者――例によって魔力で動く人形が操る馬車を出してもらい、魔王城を出た。
席の隣にはナーザ様もご一緒だ。
城を出たので
「……察していると思うが、おぬしと少し話があって、このような場を設けた」
しばらく走っていると、ナーザ様が不意に口を開いた。
承知していたことなので、僕はなにも言わず、彼女の言葉を聞く。
「おぬしに、ひとつだけ訊きたいことがあってな」
「訊きたいこと、ですか……」
「うむ……」
ナーザ様はいつになく、神妙な様子だった。
このような小細工をしてまで、僕とふたりきりの場をつくったのだ。
そこまでして訊かれるようなことなど、心当たりはひとつしかない。
「――おぬしはいったい、何者だ?」
かくして、ナーザ様の口からその疑問はもたらされた。
いつかこんな時がくるとは思っていたので、僕は特に動じなかった。
「前々から、おぬしからは妙な気配を感じていたのだ。表面上は魔族に近いが、それとは根本的になにかが違う、そんな気配をな……それに以前の地下牢の一件。おぬしは、こともなげに、空間転移や認識阻害の魔法を使っておった。魔族の中でも一部の者しか扱えぬ、それこそ禁呪級の大魔法をな……」
そう、地下牢でのお嬢様のゆるだらぶりを見られていた以上、僕が魔法で牢と屋敷を行き来したり、看守の目をあざむいていたところも見られていたのは明白。
だから、ナーザ様からいつかそのことを指摘されるだろうと覚悟していたのだ。
僕は逃げも隠れもせず、あくまで平静にナーザ様の話を聞いていた。
「今一度訊く、おぬしは本当にただの魔族か? それとも……」
そして、念を押すようにナーザ様は質問を繰り返した。
……下手な言い訳は許さない。
表情にこそ出していないが、そんな刺々しいプレッシャーを感じる。
「……わかりました」
それを受け、僕は早々に観念した。
そもそも、抵抗する気なんかはじめからなかったのだけど。
「ずいぶん素直だな」
「あなたほどのお方に感づかれた以上、いつまでも誤魔化せないと思っていたので。それに、あなたは前にご自分の重大な秘密を僕とお嬢様に話してくれた……なら、僕もあなたを信頼して話します。僕の正体を……」
この言葉に嘘はない。
僕はすでにナーザ様を信頼している。だから彼女が切り出せば、いつでも話すつもりでいたのだ。
だから、話した。僕の正体を……
僕がお嬢様と出会うまでの経緯を……
◆
――話が終わって間もなく、馬車は魔王公邸前に着いた。
「送っていただき、ありがとうございました……ナーザ様」
僕は馬車を降り、車上の窓から横顔を覗かせるナーザ様へ頭を下げる。
「ちなみに、今話したことはくれぐれもほかの
「わかっている、おぬしの正体は少なからず周囲に波紋を呼ぶだろう。ほかの誰にも言う気はない……ルーネは、このことは?」
「はい、すでにご存じです」
――僕がお嬢様に仕えているのに、やましい理由はなにもない。
それを証明するため、僕の正体はまっさきに話してある。
けど、それ以外は誰も知らない。
旦那様やメイドたちは、僕の特異性に気づいているだろうけど、ナーザ様くらい経験豊富で博識な方でもないかぎり、そうそうたどり着けない事実だ。
とくに理由があって隠しているわけじゃないけど、それ以上に特別話す理由もない……その程度だった。
「ならば、よい。今夜はつき合わせて悪かったな」
「いえ……それでは、お気をつけて」
「うむ」
やがて、馬車は走り出し、屋敷から離れていく。
それを見送り、僕は屋敷へと入っていく。
けど……
「おや……?」
――屋敷に入ってすぐ、違和感に気づいた。
まだ就寝時間には早く、屋敷の灯りもついている。
なのに、妙に静かだった。
いつもなら、お嬢様のお世話のためにメルベルがせわしなく駆けずり回っていたり、お嬢様の部屋から幻影写機の音が漏れているのに、それらがいっさいなかったのだ。
食堂を覗くと、お嬢様の夕食は済んでいるようだけど、食器が出しっぱなし……
僕がいない時は、家事はすべてメルベルが担当することになっている。
彼女は若干不真面目な傾向があるけど、いくらなんでもこんな横着はありえない。
見つかったら僕に叱られるくらい、よくわかっているはずだ……仮にサボるとしても、もっとうまくやるだろう。
僕は胸騒ぎを覚えて、お嬢様の部屋に急いだ。
「……お嬢様?」
部屋の前で立ち止まり、慎重にドアをノックすると……
「あ、フィリー? やっと帰ってきたー」
そんな元気な声とともにドアが開き、ゆるだらフォームのお嬢様が姿を見せてくれた。
「あ、ただいま戻りました、お嬢様……」
僕は毒気を抜かれ、すこし拍子抜けした声を返す。
お嬢様には特に、お変わりはないようだ。
僕はひとまず安堵し、お嬢様の後について部屋に入った。
「おおっ!?」
途端、床に転がっていたらしいなにかに足をぶつけ、倒れそうになる。
僕としたことが、なんたる醜態……!
僕は前のめりになりながら必死にこらえ、体が倒れるのだけは防いだ。
そして、お嬢様の前で僕に恥をかかせた忌々しいものの正体を確かめようと、足元を見下ろしたが……
「ガーコ……!?」
そこに転がっていたものに、さすがの僕も驚いた。
メイドのガーコが、うつ伏せで石のように微動だにせず床に倒れていたのだ。
さらに部屋を見ると、奥にはメルベルまで仰向けで倒れていた。
彼女の方は気持ちよさげに目を閉じており、能天気に口を半開きにして眠っているだけとわかる。
ガーコも、姿勢こそ不穏だけど眠っているだけだろう。
……まさか、寝落ち?
いや、メルベルならともかく、ガーコまでお嬢様を放ってこんな無防備に寝こけているはずがない。
「お嬢様、これはいったい……」
「ふふん」
僕がこの状況を訝しんでいると、お嬢様は不敵な……というかいたずらっ子のような微笑ましい笑顔を浮かべる。
「このふたりを、眠らせたのはあたしだよ! さっそく禁呪を覚えたんで、メルベルたちには練習台になってもらったのさ!」
お嬢様は自らの行為を誇るように、やけに得意満面だった。
そういえば、お嬢様はやけに分厚い一冊の本を、手に抱えていた。
なるほど、さっそく魔王城の大図書館から禁術書を持ち帰ったらしい。
それを使って、いきなり自分の従者に魔法を試すのは穏やかではないけど……
「まさか、もう禁呪を修得されるとはさすがでございます、お嬢様」
僕は笑って、お嬢様を褒めたたえた。
せっかくの覚えた魔法、すぐ使わずにはいられなかったのだろう。
こんなのは、まさしくただのいたずらだ。
その天真爛漫さも、お嬢様のチャームポイント。怒るなんてとんでもない!
相手を眠らせるだけの魔法が、禁術書に載っているのはすこしひっかかるけど……
「でしょでしょー!」
お嬢様もせっかくご機嫌だし、まあいいか。
うん、お嬢様可愛い!
と、ここで終わってればよかったのだけど……
「じゃあ、最後はフィリーね」
「は?」
お嬢様は笑顔のまま、こともなげにさらっとそんなことを言った。
「フィリーも最近疲れがたまってるでしょー、今日もあたしの仕事押しつけちゃったし。だから、今夜くらいはぐっすり眠らせてあげるよ~」
と、にたにたと薄笑みを浮かべておっしゃるお嬢様。
いろいろ御託を並べてるけど、僕にも禁呪が効くか試したくてうずうずしているのが、手に取るようにわかる。
「いえ、お嬢様。僕まで眠ってしまっては、お嬢様のお世話が……」
「だいじょぶだいじょぶ、メルベルたちはすぐ起こすからさ。フィリーは朝までぐっすり眠ってなよー」
天真爛漫さも時には困りもの……こうなったらもう言葉では止まらない。
お嬢様はおもむろに手をかざし、呪文を唱えた。
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