第13話「ゆるだら令嬢、魔王になる」

 

 ルーネお嬢様が魔王になるため、乗り越えるべき最後の試練……即位の儀。


 その日が、ついにやってきた。


 儀式に関するひととおりのレクチャーは、十大領主との会合前からすでにはじまっており、本番に近いリハーサルも前日にはすでに済ませている。


 おかげで、お嬢様も完璧に儀式のプロセスは頭に叩き込んでいた。


 ……とはいえ、それはあくまで練習。


 立ち会っていたのは僕と魔王秘書のシャロマさんと三賢臣さんけんしんのみで、細部もかなり簡略化されていた。


 それで安心して本番を迎えられるかというと、そうではない。


 当日は僕らにくわえて十大領主が場に立ち会い、かなりのプレッシャーが予想される。


 この儀式をもって、お嬢様の真価を見定めようという方も少なくないゆえ、すこしのミスも許されない過酷な行事だ。


 さらにきわめつけは、儀式のあとに行われる即位演説である。


 儀式は内々に済まされるが、こちらは違う。


 演説は魔王城前の広場で行われ、そこには魔都タナトーに住む市民が大勢やってくる。その大観衆を前に、演説しなければならないのだ。


 さらに会場には“幻影写機マジックビジョン”の撮影機が大量に持ち込まれ、演説の様子が大陸中の街や一般家庭に向けて中継されるというおまけつきである。


 ……貴族の社交場という閉ざされた空間ならまだしも、大勢の人の前で演説するなんて経験はお嬢さまも今回がはじめて。


 というか、人生で絶対にしたくない苦行のひとつだろう。


 それに対する不満が、儀式当日の早朝にとうとう爆発した。


「いやだぁ~っ! 儀式なんてでたくな~い! 演説もしたくな~い! ずっとここにいりゅ~っ! ぜったい、でてやんないもん!!」


 ――などと言って、ベッドの中に籠城したお嬢様を引っ張り出すのには苦労した。


 事情を知るナーザ様まで駆けつける事態となり、ふたりで懸命にお嬢様を説得したのだ。


「わかった! これが終わったら明日一日だけ休みをやる! 一日中ベッドで寝るも、遊ぶも自由だ! だから、なんとか今日だけはがんばってくれい!」


「……一日だけ?」(ちらっ)


「~~~っ! わかった、二日……いや、三日だ! なんとか理由をでっちあげて、三日の休みを捻出する! それでどうだ! そのかわり、今日は死ぬ気でがんばれ!」


「うん、わかった! がんばる!!」


 これまでも魔王不在のまま実質、三賢臣さんけんしんだけで魔王城を回してきたのだ。


 多少の無茶は利くらしい。


 ……あのお三方さえ、倒れたりしなければ。


(大丈夫かなぁ……)


 僕ですら先行きが心配になるナーザ様の大立ち回りで、なんとか騒ぎは終息するのだった。




 ◆




 儀式に際して、お嬢様のお召し替えも普段より仰々しいものだった。


 まずは、ナーザ様お付の侍女たちの手で、その身を清める……要はみそぎのための水浴だ。


 即位の儀は、魔族にとって神聖な儀式。それに臨むため、お嬢様の体は丹念に洗浄され、これまでの穢れを払い落とされる。


 人間からすれば、魔族は邪悪で不潔で、その儀式ももっとおどろおどろしいイメージだと聞くけど、そんなことはない。


 神聖な儀式に対する作法は、人間と魔族もそんなに変わらないのだ。


 みそぎが終わったあとは、魔王の装束に着替える。


 これも、侍女たちの手でいつもより丁寧に行われるそうだ。


 その一連の過程は、僕はもちろん、シャロマさんやナーザ様女性の配下の目に触れることすら許されず、ひっそり行われた。


 そういう、しきたりなのだ。


 そうして、すべての支度を終えて、ルーネお嬢様……いや、魔王クゥネリア様はこの日はじめて、僕たち配下の者の前に姿を現した。


 出で立ちこそいつもの魔王スタイルだけど、その身はいつにも増して静かだがぴりぴりとした圧力をたしかに感じる、厳かな気配を纏っていた。


「身を清めた効果で、魔力が研ぎ澄まされているのだ。みそぎに使われた水は、この大陸のとある秘境にある神秘の泉から汲んできたもの……浸かった者の力をさらに引き出すという曰くつきの貴重な水だ。あくまで、一時的なものだがな」


 僕の隣で、ナーザ様はそう教えてくれた。


「ではクゥネリア様、神殿へ参りましょう。そこで、いよいよ儀式を執り行います」


「うむ……」


 バハル様に促され、粛々しゅくしゅくと歩みだす魔王様。


 こうして魔王様と僕、それにシャロマさんと三賢臣さんけんしんたちは魔王城をあとにし、儀式が行われる神殿へと向かった。






 ――魔宮神殿。


 魔王城からほど近い位置に建てられた、大きな神殿だ。


 ここには魔族が信仰する神のご神体がまつられ、さらに歴代魔王の魂も眠っているとされている。即位の儀は代々、ここで行われるのがしきたりだった。


 神殿に入った僕たちは、神官たちの誘導に従い、そのまま道なりに建物の中央へと進む。


 通路には、歴代魔王の天井にも迫る巨大な彫像が陳列しており、荘厳な雰囲気をかもしだしていた。


 そこには、先日亡くなられた先代魔王のディオール様もすでにくわえられている。


 しかし、その先代のさらに先代の隣に並んでいるべき女性魔王、ナザリカ様……つまりナーザ様の像だけは見当たらなかった。


「ここにまつられるのは、崩御ほうぎょした魔王だけだ。あいにく、我はこうしてピンピンしておるのでな。まだ当分はここで眠る気はないさ」


 ナーザ様は、やや苦笑まじりにそう言った。


 魔王ナザリカ様は、その去就をおおやけにせず、ひっそりと隠居した身……死亡が明らかになっていない以上、ここにまつるわけにもいかないというわけだ。


 それも、彼女の名が今の魔族の中で浸透していない理由のひとつらしい。


 そんな一幕を挿んで僕たちがやってきたのは、きらびやかながら厳かな雰囲気漂う、大礼拝堂である。


 僕たちはいったん隣の控室に回り、この儀の出席者……今回の儀をもってその席から退くことになっているグラガム様を含めた、十大領主の到着を待つ。


 やがて、礼拝堂に用意された席は徐々に埋まっていき、ついに儀式本番を迎えた……






「――我らが母なる魔の神、そして魔族の繁栄の礎となった英霊たちよ。どうか我ら魔族に永遠の加護と導きを……」


 しめやかに儀式は進行し、最後に礼拝堂最奥に安置されたご神体たる神像の前にひざまずき、祈りを捧げる魔王様。


「うむ、顔をあげよ……これをもって、汝、クゥネリア=ザルツハイベンを新たな魔王とする! 魔族の新たな歴史に栄光あれ!」


 神の代理人である大神官の文言を最後に、儀式は無事終了した。


 ……今朝はどうなるかと思ったけど、魔王様はひとつもトチることなく、立派に儀式をやり遂げた。


 ナーザ様との約束で、モチベーションがこのうえなく高まった成果だ。


 儀式に同席していた十大領主の方々からも、感心するような反応が見られ、お嬢様に否定的だったバハル様もあの晴れ姿に目を見張る様子だった。


 お嬢様へのアメ作戦……成功である!


 ……ムチ? そんなもの、必要ないよ? だってお嬢様だもの。




 ◆




 ――その後の演説も、魔王様は危なげなくやり遂げた。


 魔王城前に駆けつけた大勢の市民を前にアガることはなく、終始堂々とした態度で見事成し遂げたのだ。


 市民からは盛大な拍手と歓声が上がり、当初予想されていた女魔王への困惑や反発は一切なく、魔王クゥネリアは彼らに快く受け入れられた。


 ……やはり、仮面をかぶっていても隠しきれないお嬢様の魅力にくわえ、鎧という勇ましい出で立ちが、市民の心をつかんだのだろう。


 実際確かめたわけじゃないけど、きっとそうに違いない。


 コーディネートした僕としては、鼻が高いかぎりである。


 こうして、お嬢様は人生最大の危機を乗り越えると同時に、魔王としての第一歩を歴史に刻むのだった……




 そして、その後。


 即位から間もなく、僕らは歴代魔王の住居である魔王公邸へと移った。


 今日からここが、お嬢様の新たな屋敷……つまり、ゆるだら空間である。


 ただちに幻魔族ナイトメア領の屋敷からメルベルとガーコを呼び寄せ、翌日からついにお嬢様は夢の三日間ゆるだら生活を迎えた。


「あ~、疲れた疲れた。さあ、これから三日、だらだら遊んで楽しむぞ~! でもその前にもーちょっと休憩。フィリー、マコーラ持ってきて~」


「はい、お嬢様」


「は~、ここんとこほんと肩がこるようなことばっかでしんどいわ~。メルベル~、肩もんで~」


「はいは~い、お嬢様~!」


「ガーコちゃん、お手!」


「がー」


「はぁ~、ごろごろ~。ごろごろ~」




 ~中略~




「ん~っ、たっぷり休んだし、明日からそろそろ本気で休みを満喫しよっかな! 読みたい本や、観たい番組が溜まってるんだよね~!」


「あの、お嬢様……」


「ん?」


「お休みは今日までです。明日からはしばらく休む暇もないと思え、とナーザ様が……」


「え?」


「それと、今晩はもう遅いですので、そろそろお休みになられた方が……」


「え?」


 僕の言葉に、お嬢様は表情を失った。


 ……これまでの激務は、お嬢様にかつてない心労と疲労を与えていたようだ。


 その疲れを癒すため、時間の流れを忘れるほどに、ゆるだらしていたお嬢様……


 哀れ、この貴重な三日をただベッドの上でごろごろするだけに費やしてしまったのである……!


「そっ、そんなばかなあああぁぁぁぁぁ~~~~~~~~っ!!?」




 ――それはまるで、勇者にトドメを刺された魔王の断末魔のごとき、シャレにならない壮絶な慟哭であった……

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