第11話「ゆるだら令嬢とナーザ様」
――お嬢様にとってにがにがしい出来事があった、十大領主との会合のあと。
僕とお嬢様はナーザ様に連れられ、魔王城を散策していた。
「――グラガムのことは気にするな。あやつは頑固なうえ先代のことしか頭にないからな……ほかの誰が魔王になっても、いずれああなっていただろうさ」
「………」
道中、ナーザ様は慰めるようにそんなことを言う。
それでもお嬢様の中のわだかまりは消えず、この間一言も声を出すことはなかった。
やがて僕たちが連れて来られたのは、魔王城内の中庭の片隅だった。
そこの大きな木の下には小さなテーブルがひとつあり、さながらささやかなお茶会を開くための場所のようである。
「では、ここで先に茶でも飲んで待っていろ……すぐ戻る」
僕たちを席に着かせると、ナーザ様はそう言って城内に去っていった。
残された僕たちは少し気まずさを覚えながらも、ナーザ様お付の使用人らしいメイドたちの世話になり、彼女たちが淹れてくれた紅茶をご馳走になる。
ここにいる使用人たちはナーザ様から事情を聞いているらしく、お嬢様も安心して仮面を外し、カップに口をつける。
最初こそ緊張した様子のお嬢様だったが、紅茶の香りに癒されたかのように、徐々に肩から力が抜けていくのを感じた。
……ここは、なんだかとても落ち着く。
木の上から薄く降り注ぐ木漏れ日、時折そよ風に揺られる葉の音、そして近くに降り立つ小鳥のさえずりが、さっきまでの刺々しい空気を忘れさせてくれた。
「心が安らぐ、いい場所ですね……お嬢様」
「うん……」
どこも厳かな雰囲気に包まれたこの魔王城に、こんな場所があったなんて……
僕もお嬢様も、この心地の良い静けさに身を委ね、すっかりリラックスしていた。
「――気に入ってくれたようだな。ここは我のちょっとした隠れ家といったところだ、ゆっくりしていくがいい」
そうしていると、そんな声とともにひとりの人物がやってきた。
ナーザ様……にしては、やけにはっきりした幼い声だった。
姿を確認すると、それは小さな少女だった。
深紅のドレスを纏った、お嬢様の省エネモードを思わせる背丈の、魔族にしてはやや長い気がする耳が特徴的な幼女だ。
「あなたは、まさか……」
……このタイミングで、急に赤の他人がやってくるのも考えにくい。
なにより、さきほどの気安い言葉。声こそ違うが、あの口調はまさしく……
「ふ、そうだ……我はまぎれもなく、ナーザだよ」
僕の反応に対しいたずら心をくすぐられたように、ナーザ様にたりと笑みを浮かべる。
「うそ……」
これにはお嬢様もびっくり。カップを持つ手はすっかり固まっていた。
たしかに、やけに小柄な方だと思っていたけど、あのフードとローブの中身が、こんな少女だったなんて……
声も、おそらく魔法で変えていたのだろう。
でも、その素顔には、可愛らしいなんて感想はとても出てこなかった。
むしろ、身に纏っていたベールがはがされたことで、この方がもともと持っていた計り知れない濃密な気配をよりいっそう強く感じるかのようだ。
僕もお嬢様もすっかり恐縮してしまい、お茶会どころではなかった。
そんな僕たちを尻目に、ナーザ様は「よいしょっ」と、テーブルに添えられたもうひとつの椅子に、その小さな体を乗せた。
「ふふ、そんなにこの姿が意外か?」
「いえ、そんなことは……」
「これは正真正銘、我本来の姿よ……そこのお嬢様と違ってな」
「え……」
いたずらっけのある微笑みから、不意にもたらされた言葉。
それを聞いた途端、僕とお嬢様はぴしりと凍りつく。
「たわけめ、いつまでも我の目をあざむけるとでも思っていたか。おぬしらが、地下牢で好き勝手してる時からすべてお見通しよ」
最初からじゃないですか、やだー。
……どうやら、魔法で監視されていたらしい。
つまり、お嬢様のあんなとこやこんなとこも、すべて筒抜けということだ。
ナーザ様を危険視しながら、この状況に思い至らなかった自分を恥じる。
僕は言葉を失い、お嬢様にいたっては顔を真っ青にしてかたかたと震えていた。
そんな僕たちに対し、ナーザ様は今一度にたりと唇を歪ませる。
「安心しろ、おぬしらを咎める気はない。その気なら、とっくにおぬしらまとめて首でも刎ねているさ」
……とてつもなく、物騒なことを考えていらっしゃった。
とはいえ改めて考えると、僕たちが今こうしてここにいること自体が、ナーザ様に僕たちを罰する気がないことを証明している。
僕は冷静さを取り戻し、無様に呆けていた表情をあらためる。
「……ちなみにそのこと、他の
「あやつらには話しておらん、でなければやはりおぬしらはとっくに晒し首にでもなっておろう。そのことを知るのは我だけだ。ちなみに今ここにいる使用人たちは、我の魔力で動くただの人形でな……秘密を漏らすようなマネはできん」
そう言いながら、ナーザ様はなんでもないように茶をすする。
……こっちはナーザ様の言葉の真偽をはかりかね、気が気じゃなかった。
「じつを言うとな……最初にルーネを魔王に推したのは我なのだ。しぶるバハルとジデルを押しきってな」
「ナーザ様が、あたしを……?」
「率直に言って、我はユーリオが気に入らなかった。知ってのとおり、ヤツは度し難い女の敵だ。他のふたりはそれでもと譲らなかったが、あんなクズを魔王にして魔族はあっという間に腐敗する……我はそう考えていた。だから、おぬしの出現は我にとって好都合だったのさ」
話しているうち、ナーザ様はくすりと愉快げに笑みをこぼす。
さっきまでの人を食うようないやらしい笑みではなく、見た目相応に可愛らしい笑みだ。
「おぬしのけったいな二面性には我も驚かされたが、だからこそおぬしが適任だと思った。女が魔王として生きていくには、そのくらいツラの皮が厚くなくてはな……以前我に切ってみせた啖呵も見事である。仕込みとはいえ、あれだけ堂々と言いとおせる器はそうはあるまいよ」
その含みのある物言いに、僕の脳裏にナーザ様のいつぞやの言葉がよぎる。
……“やはり、女魔王はそうでなくてはな”。
あの時、ナーザ様はそう言っていた。
今の言葉の端々からも、なにやら“女魔王”に対する特別なこだわりを感じる。
「……失礼ですが、ナーザ様。あなたにとって、女性の魔王であることが重要なのですか?」
だから、おもいきって聞いてみた。
恐れ多くはあるけど、そこにこそナーザ様の真の意図が隠されている……そう考えたら、確かめずにはいられなかった。
「そう聞こえたか? ま、こだわりというほどでもないのだがな……」
僕の質問を聞くと、ナーザ様はすこし気恥ずかしげに髪をいじりはじめる。
「しいて言えば、“親近感”とでも言ったところかな」
「それって……?」
「――まあ、なんだ……我もかつて、魔王の座についていたことがあってな」
お嬢様に促され、ナーザ様は昔の恥を晒すかのような照れた様子でそう答えた。
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