裸の付き合い

 動けるようになった年少組にジーニアスを横にしてもらった。


 ついでにキルケーラにジーニアスの回復を頼む。


「お断りします!」

「えぇ~。なんでまた」


 すごい剣幕で断られた。

 俺、ショック。


「この人はエルデール様に失礼な態度を取ったんです! 私の回復魔法はこんな愚か者に使うためのモノではありません!」


 キルケーラにはキルケーラなりの理由があった。


「なるほど」

「ですが、エルデール様が回復しろと命令されるのであれば回復します」


 さっきは頼むって言ったから断ったと。

 そして命令なら従うと。


「なら良いか。どうせそのうち目を覚ますだろう」

「はい。そうです。放置しましょう、こんな人! 私はこの人、嫌いです!」


 随分嫌われたな。


「彼次第だが仲間になる可能性もあるんだ。邪険にはするな」

「え?! 仲間にする気なのですか!?」


 横で澄ました顔をしていたエルファスが声を上げた。


「彼は間違いなく強者だ。仲間にするのに不足はないよ」

「彼は頭と心に重大な問題を抱えています。今すぐに捨てに行きましょう」


 酷い言い草だな。

 それに拾ってきたペットじゃないんだから捨てに行くこともできないよ。


「エルデール様はジーニアスを買ってくれているのですね」


 セバスが不思議そうに聞いてきた。


「彼の強さには敬意を持つよ。あの風格は生半可な修練では身に付かない。相当な努力と時間を使わないと到達できないモノだ。俺が評価しているのはそこだ」

「なるほど」

「目覚めた彼がこれまでのように腐ってしまうなら仕方ないが城から出すしかないな」

「城からですか?」

「あぁ。彼の空気は周囲に感染する可能性がある。彼ほどの強さがあれば野垂れ死ぬことも無いはずだ」

「なるほど」


 強い者を抱えることは王国にとって有益だ。

 しかし抱える者が周囲の輪を乱してしまうなど本末転倒だ。


 騎士団であるなら尚更だろうと思う。

 騎士団の内情とか知らないけど。


「仮に彼がこれから頑張ると言うのなら応援もするし、協力もする」

「エルデール様。彼は頭の心が腐っていましてエルデール様の優しさやお考えが理解できません。捨てに行ってきます」

「お供します。エルファスさん!」


 良い空気にしようと思ったが、空気を読まないエルファスとキルケーラがジーニアスを捨てに行こうとしている。


「まったく朝は早くからドッタンバッタンと……」


 まったりムードの中、母さんが姿を現した。


「おはようございます。お母さま」

「おはよう、エルデール」


 俺に倣ってみんなが母さんに挨拶をした。

 笑顔での対応、流石は母さん。


「え~と?」


 周囲をキョロキョロと観察している母さん。

 一体何をしているのだろう?


「彼はたしか騎士団副隊長のジーニアスね。エルデールと衝突してボロボロにされたってわけね? エルデールも腕を上げたわね」


 フフフと言いながら俺を撫でてくれるが、見てたの?

 え? 状況を読んで推察したの?


 優秀過ぎん?


「彼の油断のおかげですね。1対1で勝てるほどまだ僕は強くはありません」

「向上心は素晴らしいわ」


 でもね、と言葉を続けた。


「格上に勝てたことは素直に喜ぶべきなの。そして格下に負けたら素直に反省するの。それが戦闘においてとても重要なのだけど……戦いに馴れた者は何時しか忘れてしまうのよね」


 そう言いながら寝ているジーニアスを横目で見る母さん。

 彼には何か思うところがあるのだろう。


「それにしても泥だらけね。お風呂に入ってきなさい」

「……」


 自分の服を見ると確かに汚れている。

 土埃とかって結構目立つよね。


「分かりました。身支度を整えて朝食に向かいます。エルファス」

「承知しました」


 まだ何も言ってないんだが?


「ことの詳細をお伝えしておきます」

「よろしくね」

「はっ」


 俺が口に出すこともなかったってことだね。

 有能だな~。


 俺は着替えを持って風呂に向かう。

 屋敷の風呂は大浴場と普通の浴場と小さな浴場がある。


 大浴場は来賓が宿泊したさいに使用され、普通の浴場は親父や母さんなどの特定の人が入り、小さな浴場はメイドや執事が入る。

 小さいとは言っても10人は同時に入れるほどの広さがある。


 やはりこの世界でも風呂はとてもコストがかかるため、市民の多くは水浴びとなる。

 お金を持っている一部の人たちがお風呂に入ってる状態だ。


 俺は普通の風呂に入り、身体を洗い湯船に浸かる。


「身に染みる」

「王族の息子ってのはそんなに疲れるのかね」

「……ここは一部の人しか入れないんだぞ、アーシュ」


 一人だと思っていたらまさか人がいた。


 朝の稽古に顔を出さなかった人物のアーシュだった。


「硬いこと言うなよ、坊主」

「ま、そうだね」

「おぉ! お前も分かるヤツだな~」


 そう言って近くに寄ってきた。


 オッサンの裸など見たくはない。


「このお風呂は男女一緒だから誰が入ってくるか分からないぞ?」

「俺にとっては問題はないぜ」

「あっそ」


 危険感知と危険回避と感知持ちだから並の危険なら回避できるか。


「それとお前もって言ったけど、僕が来る前に誰か来たの?」

「あぁ。お前の親父が来たぞ」

「お父さまが!?」


 お前、よく無事だったな。


「いろいろ話して背中を流したぜ。良い親父さんだな」

「あぁ……どこからツッコんだら良いか」


 まぁアーシュの人柄は親父も嫌いではないだろう。


「それにしても何でここにいるんだ?」

「風呂にハマっちまってな!」


 最初はエルファスに言われて渋々入ってたのにな。


「そうか。今日は新しい仲間が入ったぞ」

「ん? そうなのか。どんな奴だ?」

「執事長のセバスは知ってるか。ほか二人は性格の悪いヤツと可愛い子だな」

「可愛い子か。これは士気が上がるな」


 どうだろうな。

 可愛いけど男なんだよね。


「性格の悪い奴ってのはエルファスの嬢ちゃんにボコボコにされそうだな」

「いや、僕がボコボコにしたよ」

「はぁ? 坊主が?」

「うん。危うく殺しちゃうところだった」


 アレは本当にギリギリだったね。

 本気で振り抜いたら木剣でも頭部を破壊か陥没していただろう。


「ふ~ん。どうしてそうなったんだ?」

「……見てられなかったのかな」

「ん?」


 風呂だからか。

 それともアーシュだからなのか。

 男同士で風呂を一緒に入ってるからなのか。


 少しだけ正直に話してしまう。


「彼はね、強い人だった」

「強さに胡坐をかいちまったのか?」

「そうだね。おそらくだけど、何か挫折したんじゃないかな?」

「それで性格も捻くれちまったってわけか?」

「まぁ想像だけどね」


 ジーニアスのこれまでの人生をまったくと言っていいほどなにも知らないけど、あの強さに至るには毎日稽古をしていたに違いない。

 なにか目標があり、それを目指していたはずだ。


 そうして過ごすうちになにかあって挫折し捻くれたのだろう。


 それが見てられなかった。


 前世の記憶は曖昧だけど、思い出せる記憶はある。

 だからだろうか。


 昔の自分を見ているようでツラかった。

 だから喧嘩を売った。


 そうなってはダメなんだ。

 原因は自分にあるのに周りに押し付ける生き方は恨みしか買わない。


「……坊主の親父が言ってたぜ」

「何を?」

「坊主は生き急ぎ過ぎてるってな」


 そう……なのかな?


「自分じゃ分からないな」

「そのままだと坊主は結婚する前にハゲるって親父さんは心配してたんだがな~」

「え? それ、本当!? ハゲるのは困るんだけど!」


 親父がフサフサだから安心してたけど、油断してはいけないか?


「……実際、坊主はなにに対して警戒してるんだ?」

「それは……」


 周囲の国々が俺を注視して早めに殺す算段をするのではないかと思って鍛えてはいる。

 仲間を増やしているのもその一環だ。


 俺が力を付ける理由はやっぱり周りに影響されているな。


 アーティファクトの言っていたことが思い出される。


『お前、なんで強くなろうとしてるんだ?』


 この問いに俺は答えられなかった。

 アーシュの問いにも俺は言いよどんでしまった。


「……別に坊主は強くなることが好きってわけでもないんだろう?」

「強くなること自体は成長を実感できるから嫌いではないけど、目的ではないかな?」

「坊主の目的って何なんだ?」

「……強いて言うなら平和かな」

「平和? ……ふ、ふふふ、フハハハハ!!」


 めっちゃ笑ってる。

 そんな面白いこと言ったかな?


「ガキっぽいことを言うから笑っちまったじゃねーか」

「俺は4才なんだけど?」

「忘れたぜ!」


 そんな笑うことかね?


「平和のために強くなる必要があるって?」

「強さは重要だよ?」

「力でねじ伏せるってことか?」

「力でねじ伏せようってヤツを力でねじ伏せるためにも力が必要だろ?」

「力のない奴は従わせるのか?」

「僕たちは人間なんだ。真の平和は暴力や武力じゃない。対話と思いやりだと思うんだ」


 前世でも戦争はあった。

 平和な日本では世界は平和だと誤解している人も少なくはなかったけど、未だに世界は不安定だった。


 年号が変わっても人はあまり変わらないのが現実だ。


「対話に持っていくには力が必要なんだ」

「なるほどね。お前さんにはお前さんなりの考えがあるんだな。まぁ聞けて良かったぜ」


 何だか話すと考えがまとまるね。

 少しスッキリするし方向性が見えてくる。


 俺が望んでるのは平和だ。

 でもこれは難しい。


 それは分かっている。

 だからこそ平和を望むんだ。


「坊主って面白い考え方をするよな」

「そうかな?」

「子供だからかね? 悪くないと思うぜ。そっちの方が危険は少なそうだ」

「それはどうかな? 危険は少ないかもしれないけど、危機は多いと思うよ?」

「逃げることなら俺に任せろ。すべてを捨ててでも命だけは拾う方法を教えるからよ」

「期待してるよ。絶対絶命でも逃げられるように覚悟しててよ」

「いや、絶対絶命って絶対に命が断たれる状態だろ? 無理だろ、それ」

「確かに」

「おい!」

「ふ……」

「く……」

「「あはははは」」


 下らないことで笑えるってのは平和証拠だな。


 そうだ。

 俺はこういう平和を日常にしたい。


 みんなと楽しい日常を笑って過ごしたい。


 俺は静かに平和を望む。


 この平和ができる限り続きますように。



 

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