戦闘と心

 目覚めがこんなに悪いのは初めてだ……。


 右手の人差し指には親父にもらったアーティファクトの指輪を眺めてそう思った。


 泣いてしまったポピーを慰めたり、冷静になったポピーが恥ずかしがっておかしな空気になったりと散々だった。


 少し冷静になっていろいろ考えていたら沸々とイライラしたり『あそこまで言わなくても良くね?』と少し傷ついたりと俺の方でも散々だった。


 アーティファクトが言っていたことは理解はできるし、納得もしている。

 だが、どうにも不服だ。


 この指輪を使うとかはどうでも良いが、俺を甘く見たことを後悔させてやる。


 今日も頑張ろうとベットから起き上がる。


「おはようございます」

「おはよう」


 身支度を整え、稽古場に顔を出した。

 この早朝は年少組が朝練をしていることが多い。


 今日も朝練だったようでエルファスが凛と挨拶してくれた。


 そして近くに転がる年少組。

 俺に挨拶をしようと頑張って身体を動かそうとしているがダメそうだ。


「今日は一段とボロボロだね」

「スキルがどの程度有能かを確認ようといろいろやった結果です」

「なにか分かった?」

「中々素晴らしいスキルですね。しっかりと稽古をしてレベルを上げれば私では練習相手にもならないでしょう」


 エルファスにそこまで言わせるなんて凄いな。


「おや、遅れてしまいましたか」


 声のした方に振り向くと執事長が見知らぬ2人を連れてやってきた。


「いえ、時間通りです。執事長」

「今日から執事長ではないのでセバスと呼んでください」

「分かりました。セバス様」

「様も不要です」

「ですが……」

「私はエルデール様のお付きとなったのです。つまりはあなたの同僚です。仲良くしましょう。エルファス」

「分かりました。セバスさん」


 何だろう?

 叔父と孫のような雰囲気を感じる。

 ほのぼの空気だね。


「僕もセバスって呼べば良いかな?」

「はい。よろしくお願いします」

「よろしくね。それで後ろの2人は?」

「ジーニアスとパンテゥーニャと申します。騎士団に在籍していましたが、本日からエルデール様の近衛騎士に移動となりました」


 親父が言っていたのはこの2人か。


「パンテゥーニャです! エルデール様よろしくお願いします!」


 騎士に女性がいるのも珍しいけど、スッゴイ緊張してるのかガチガチで挨拶も声がデカい。


「よろしく、パンテゥーニャ。そんなに緊張しないでも良いぞ」

「は、はい!」


 しばらくは無理そうだね。


「ガキじゃねーか」


 ジーニアスは挨拶もしないで悪口を放つ。


「ジーニアス。エルデール様に失礼です。非礼を詫びなさい」


 エルファスがジーニアスに注意を入れた。


「姉御もこんなガキの子守とかゴメンとか思ってるんでしょ?」

「黙れ。それ以上エルデール様の悪口を言えばただでは済まさんぞ」


 ジーニアスの第一印象は強い人だと思った。

 空気が違った。


 親父が持つ空気と似ていて雰囲気を着ていた。

 これが強者の風格とも言えるのだろうな。


「僕と手合わせしようか。ジーニアス」

「あぁ? ガキが」


 まともに話もしてくれないか。


「僕の相手をして勝てたら騎士団に戻してあげるよ」

「……何で俺がお前の指図を受けねーといけないんだ」


 ダルそうに答えるジーニアス。

 言葉は返してくれるが目を合わせようとはしない。


「ならエルファスも付けようか?」

「エルデール様!?」

「あぁ? 本気か、ガキ」


 エルファスが驚いた声を出すが声を遮るようにジーニアスが声を発した。


「本気だよ。どうだい? 受ける?」

「……」


 警戒をしているのか?

 いや、話が旨すぎて怪しいって感じかな。


 強くて冷静だな。


「セバス。お前が審判をしろ。俺が負けたらお前がお父さまに報告をしてくれ」

「畏まりました」

「それでどうする? 金貨でも付けようか?」


 挑発するようにジーニアスに言葉をかける。


「良いぜ。約束は忘れんなよ、ガキ!」


 俺から持ち掛けたとはいえこうなるとはね。


 木剣を持ち、ジーニアスと相対する。


「エルデール様」


 エルファスが近寄ってきた。

 心配そうな表情を受けべいる。


「ジーニアスは性根は腐っていますが腕は確かです」


 性根は腐ってるって。


「雰囲気で強者なのは分かってる」

「今のエルデール様の腕ではかないませんよ?」


 マジで?

 そんなヤバいの?


「問題ない。今日は本気を出そうと思う」

「……本気ですか?」

「あ、いつも真面目にやってないとかそう言うことじゃないからね?」

「分かっています。……スキルを使うんですね」

「まぁね」


 今まで現実世界で体感覚延長を実戦で使ったことはない。

 けど、昨夜のことがあってガンガン使っていこうと思ったのだ。


「分かりました。ご武運を」


 納得したのかエルファスは簡単に引いた。

 いつもなら止めるレベルで引かないのだけど、スキルを使う発言が彼女を動かしたのかな。


「俺が勝ったらどうしようかな」

「何でも言うことを聞いてやるよ」


 おぉ!

 いま、なんでもって言ったね?


「両者準備は良いですね?」

「あぁ」

「問題ない」


 俺たちの間に立つセバスが確認を取る。


「相手を殺す攻撃はなし。相手を気絶または戦闘不能にさせた方の勝ち。降参も認めます。異論はありますか?」

「ない」

「問題ない」


 セバスが距離をとり片手を上げ、振り下ろした。


「始め!」

魔法弾バレット!!」


 攻撃魔法の魔法弾バレット

 攻撃魔法に属性付与はされない。


 魔力をそのまま放つだけの魔法だ。


 攻撃魔法で使用できる魔法は魔法弾バレット魔法剣ソードの2つ。

 防御魔法で使用できる魔法は魔法壁シールド1つ。


 俺は速攻で魔法を使った。

 この勝負を勝つには速攻以外に勝ち筋はない。


 通常の魔法弾バレルは一発の単発魔法だ。

 しかし、俺はポピーとの訓練でそれを克服した。


 まぁポピーから教えてもらったんだけどね。


 俺の周囲に魔法陣が展開され、その数は32個。

 魔力をかなり使うが、問題はない。


 一斉に32個の魔法陣は球を射出し、ジーニアスに迫る。


 けたたましい音がしてジーニアスが立っていた場所の土が巻きあがる。


 俺はすぐさま身体強化を最大出力で発動し、ジーニアスに肉薄した。


 土埃で姿は見えないが、ジーニアスはあの中にいるはず。


 木剣を構え、一直線に走った。


 そして体感覚延長を使い、感覚を間延びさせる。


 通常なら1秒にも満たない時間で迫れる距離を10秒以上の時間を使って迫る。


 相手は強者だ。

 油断はしない。


 土埃が一瞬だけ隙間が開き、ジーニアスの姿を捉えることができた。


 ジーニアスの表情は伺えなかったけどどこにいるかが分かれば問題はない。


 剣を振り上げジーニアスに目掛けて振り下ろした。


 瞬間、身体が動かなくなった。


『なに!? ジーニアスの攻撃か? それならマズイ!!』


 手も足も剣も動ない。


 パニックになりながらも身体強化の出力を更に上げる。


 ピシピシという音がしたのでこのまま出力を上げれば脱出できる。


 パリンという音を立てて俺を拘束していたなにかが砕けた。


 そして気がついた。

 セバスがこっちに走って来てることに。


 振り下ろしていた木剣を止め、体感覚延長と身体強化を解いた。


 間延びしていた時間は通常の時間を刻み始めた。


「エルデール様! ジーニアスは気を失っています!」

「え?」


 セバスの言葉がやっと聞き取れる速さになり、開口一番に言われた。


 目線をセバスからジーニアスに向けると剣を杖代わりにして何とか立っているが、意識はないようだった。


「よかった。止まって頂けました」


 セバスは本気で焦っていたようで、普段の冷静な表情とはかけ離れた焦燥を浮かべていた。


「あのままだった剣を振り抜いてたよ。ありがとう」

「いえ、私の立ち位置でしたから見えたのでエルデール様が分からなくとも仕方ない事です」


 そうか。

 セバスの位置からだと分かったのか。


「気を失っているが、どうしてだ?」

「おそらく最初の攻撃を彼のスキルで防御したのでしょう」


 横からパンテゥーニャに肩を貸しながら歩いてくるエルファスが会話に入ってきた。


「パンテゥーニャはどうしたんだ?」

「エルデール様を止めるために使用したスキルの影響です」

「あぁ。あの身体が動かなかった魔法か。あれはパンテゥーニャの魔法だったのか」

「はい。動きを止める魔眼です。まさか一瞬で突破されるとは思いませんでした」


 魔眼!?

 なにそのカッコイイやつ!


「動きを止めた対象に強制的に突破されると使用者にフィードバックが来るんです」

「なるほど」


 エルファスが説明をしてくれたが、魔眼ってそういう仕組みだったのね。


「それはそうとジーニアスが気絶したのはスキルを使ったからだとすると魔力切れか?」

「おそらくそうですね」


 意地になって俺の魔法弾バレットを防御したのかな?


「いきなりあの数の魔法弾バレットの驚いて咄嗟に魔法を使用したは良いが破壊されないために魔力を限界まで使って気絶って感じ?」

「ジーニアスはエルデール様に油断してろくな戦闘態勢を取っていませんでしたから」

「確かに」


 木剣を肩に担いで片足に体重をかけてたしね。


「それにしても驚きました。まさか魔法弾バレットをあんな数出すとは」


 セバスがそんなことを言うが、俺としては気絶しているジーニアスを早く横にしてあげてと思っていた。


「本気を出すと聞いてはいましたが、これほどとは」


 エルファスも褒めてくれる。


 でもおかしいな。

 俺の本気は体感覚延長であって32弾の魔法弾バレットではない。


 あれはポピーに教えてもらった技なので俺が褒められても嬉しくない。


 でも体感覚延長って客観的に見てまったく分からないよね?

 自分から言うのも違うし。


「私は身体強化の扱いが素晴らしいと思いました。私の魔眼も一瞬で解かれましたし、素晴らしいと思います」


 パンテゥーニャも俺を褒めてくれる。


 身動きが取れなくてパニクってたけど傍からみたらそう見えるのかな?

 一瞬で解かれたって言ってるけど、俺としては結構な秒数を拘束されていたんだよね。


 これも自分から言うのは違うよね。


「みんなありがとう。それよりもジーニアスを横にしてあげよ」

「そんなもの放っておきましょう」


 エルファスが俺の言葉に被せるように酷いことを放つ。


「相変わらずのようですね、彼は」

「そうですね。彼はエルファスさんに会ったころからあまり変わってはいません」


 どうやらジーニアスとエルファスは昔からの知り合いのようだ。

 それをパンテゥーニャも知ってるのか。


「あなたも変わっていませんね。その姿では誤解を生みますよ」

「あははは。私も変えようとは思ったのですけど、周りから止めて欲しいとの懇願がありまして」


 姿?


「エルデール様。騎士には男性しか入ることはできません」

「そうなんだね」


 初めて知った。


「あははは……」


 パンテゥーニャが愛想笑いをしている。


「……あれ?」

「あははは……」


 ん?

 え?

 はぁ!?


「お前、男なの!?」

「男なんですよね~」


 いやいや女じゃん。


 体格も線も顔も声も女じゃん!


 可愛い女の子じゃん!


「失礼!」

「どうぞ」


 股のブツを掴む。


「お、男だ……」

「あははは……」


 俺は地面に両手を付いて崩れ落ちた。


 

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