父親と息子

 成人の儀式を終えて親父が仕事をしている部屋に向かった。


 事前にエルファスが面会することは伝えていたため、すんなりと会うことができた。


「エルデールです」

「うむ。入れ」


 失礼しますと言って部屋に入る。


 前回は母さんがいたが今回はいなかった。

 いつもいるわけではないらしい。


「今日が成人の儀式だったか。それでどうだった」

「はい。無事に終えることができ、3人は高スキルを得る事ができました」

「そうか。それは良かったな」

「「「ありがとうございます」」」


 3人が一斉に頭を下げた。


 3人の後ろにエルファスがいるからおそらくエルファスが指示をしたのだろう。

 いまだに3人は親父が怖いらしい。


「こちらが3人のスキル一覧です。ご覧になられたら燃やしてください」


 エルファスが一枚の紙を親父に渡した。

 3人のスキルを紙に書き写した物だ。


「ふむ」


 親父は内容を読むが思いのほか驚いた表情はしなかった。


「これは答えなくてもいいが、一つ質問だ。エルデール」

「はい」


 親父は俺に目を向けた。


「お前はこうなると分かっていたのか?」

「……」


 鋭い目だ。

 嘘を付けばすぐに見抜くような眼光を向けられている。


「……自分でも半信半疑でした」

「……」

「スキルは得られるとは思っていましたが、この結果は予想外です」

「そうか……」


 俺には彼らがスキルを得られると確信するスキルを有していない。

 明晰夢のポピーがこの子たちを選んだだけで俺にチートなスキルがある訳ではないのだ。

 俺でもあのの性能というか強さは今一よく分かっていないしね。


「このさいだ、言っておこう」


 親父はイスに深く座り、呟くように話し始めた。


「私の部下に諜報員が存在する」


 諜報員か。

 ポピーが少し話題に出した時があったな。


 確か毒殺未遂事件から俺の寝室にも数人の監視というか影の護衛が付いていると。

 俺は全く分からなかった。


 あいつは何故分かるのだろうか?


「その様子だと気がついていたな?」

「事件の後に僕の寝室を影ながら監視……というか護衛をしている者がいるのは知っていました」

「そんなバカな……」


 エルファスが驚きの声を上げた。

 彼女は知っていたのか。


 いや、聞かされていたのかな?


「その者達からお前は自分のスキルを確認する素振りを見たことがないと報告を受けている」


 あ、そういえば俺って現実の世界でスキル確認をしたことないや。


 いつも明晰夢の中で確認をしてるし誰かに見られる心配もない。

 いろいろとスキルの効果を実験したりするから向こうで確認するのが癖になってたわ。


「私はお前の異常性をやっと理解した」

「異常……」


 傷つくな……。


「いや、お前のことは愛している。私が言いたいのはスキルの方だ」


 俺のスキルって星4のスキルが6個です。

 攻撃系は一切ありません。


 僕は安全です。


「言いましょうか?」


 めんどくさい。

 もう話してしまった方が楽かもしれないね。


「……いや、止めておこう」


 なんなんだよ!

 知りたいなら知れば良いじゃん!


「知らないことも信頼なのだ」

「信頼?」

「スキルを表示し相手に見せればほぼ偽装は不可能」


 ほぼってことは偽装のスキルとか鑑定妨害などのスキルもあるのか。


「そして今は力を隠すことが何よりも相手に対する抑止と成り得る時代だ」


 エルファスが言っていたスキルが申告制だった時代もあったと聞いた。


 そして時代が変わり、非公開制の時代になった。

 時代が変わった大きな要因はやはり戦争だ。


 申告制だった時代では高スキルの者を集めなければいけない時代だった。

 だがある時から動きが変わった。


 それはある国が申告を止め、非公開制に切り替えた。

 その国はピタングリンデ法国。


 この国はいち早く非公開制にしてスキルの隠匿を始めた。

 その結果は戦争を仕掛け辛くなり、他国が牽制し合う結果になった。


 相手の手札が分からない。

 これはとても強いカードとなる。


 高スキルの者を集めるのは今も昔も変わらないが運用の仕方が変わったって話だね。

 つまるところ情報戦にシフトした時代になった。


 もちろん様々な方法で獲得スキルを知ることは可能である。

 金品でスキルの情報を売り買いする者もいるし、暴力や拷問などで吐かせることももちろんできる。


 あくまでも世界の秩序として今の時代は非公開制が主流となっているってことだ。


 国だけが知れる仕組みに変えることも可能だと思うが、今の世界で前世のような安全性と秘匿性を保った情報の保管は難しい。

 前世でも情報の漏洩など度々あったのだ。

 この世界ではより難しいだろう。


 情報を一か所に集めるデメリットもある。

 各国に集中的に狙われるリスクが常にあるし、そのために人もお金も浪費すはめになる。


 なら非効率的なことはせずに素直に非公開制にしてしまった方が国としては舵を切りやすかったのだろう。


 そして信頼。

 何を持っている分からないのはお互い様だ。

 それでも信頼し合える関係を築くにはスキルの有無を超える互いの関係か手の内を晒し信頼を得るかの2つ。


 そして手の内を晒すと漏洩の危険が常に付きまとう。

 それならスキルの有無を超える互いの関係を構築した方が良いと親父は言っているのだろう。


「私がお前に対する愛は変わらない。そして今回のことで私に足りないモノが何なのか気がついた」

「足りないこと?」

「覚悟だ」


 なんの覚悟だろうか。


「私はお前を甘く見ていたところがあった」

「そうでしょうか?」

「甘くと言っても過小評価と言った意味合いだ」


 俺をまだ子供だと思っていたってことかな?

 いや、子供だけど?


「……お前は自由だ。私がお前の自由を守り、保証する」


 どういうこと?


「しょ、少々お待ちを!!」


 エルファスが俺と親父の会話に割り込んだ。


「何だ、エルファス」

「会話に割り込んでしまい申し訳ありません。ですが、エルデール様はまだ4才です。いくら何でも早過ぎます!」

「デルセイアとも話したがやはり同じ考えであった」

「まさか継承の儀式を!?」

「……」


 えっと。

 付いていけないんだけど?


 親父が俺に自由を認めたのはことも意味が良く分かってないし、継承の儀式とは何ぞや。


「お前はまだ知らないな。継承の儀式とは王家の王の座を継承するために必要な儀式だ」


 俺が頭を捻ってるのを分かったのか説明してくれた。


「必要なのですか?」

「必ずとは言わないが儀式をすることで継承される物がある」

「物?」


 王冠とか?


「これだ」


 親父が机から取り出したのは指輪だった。


「これは?」

「アーティファクトだ」


 アーティスト!?

 その響きだけで中2病が擽られる!


「私は継承の儀式でこの指輪を継承することは叶わなかった」


 えぇ!?

 親父がクリアできないの?


「継承の儀式では強さは前提として何よりも相性が重要だ」

「相性?」

「この指輪は意思を持っている」


 なにそのやべー指輪。

 呪いの指輪なんじゃねーの?


「その指輪を継承するとどうなるのですか?」

「指輪は装備した者の最適な武器に変わるらしい。その性能もその者次第だ」


 マジかよ。

 欲しい!


「本来ならお前に王位を譲る頃になったらこれをお前に渡そうかと思っていた」

「え、それって後継が俺になるってことですよね?」

「そうだ。やはりお前は王位を嫌うか」


 エルファスや年少組が俺を凄い目で見てきた。

 お前正気かよって感じの目だ。


「正直俺には似合わないと思います」

「フハハハ! お前らしい」


 エルファスは頭を抱え、年少組3人は青い顔で俺と親父を交互で見ている。


 まぁ俺が口にしたのは王国批判というか王国を蔑んだことと捉えられてもおかしくない発言だからな。

 親父がその気なら俺の首が物理的に飛ぶ。


「それでこそ私がお前の自由を保障するのだ」


 先ほどの『お前は自由だ』の件に戻るのか。


「お前は自由だ。王城を出て旅に出ても良い、他国に行っても良い、すべてお前が決めろ。その自由を私の名のもとに全てを許す」


 え?


 俺をこの国に束縛しないってこと?

 この国の長子なのに!?

 

「これもお前の物だ好きにしろ」


 そう言って指輪を投げ渡してきた。


「え、ちょ! 大事な物なのでしょう!?」

「私には使えん物だ」


 相性が悪くて使えなかったのを根に持ってるな。


「継承の儀式とはどういったモノのですか?」

「それを身に着けていればおのずと分かる」


 そういう物なのだろうか?

 さすがはアーティファクトだ。


「エルファス、ジーニアスとパンテゥーニャをお前の部下に付ける。これで少しは動きやすくなるだろう」

「え!? あいつら……彼らですか。すいませんが要りません」


 すっごい嫌そうな顔をしている。

 その二人と何かあったのか?


「そう言うな。すでに手配を終えている。執事長と一緒に移動になったから世話を頼む」

「……わ……分か……分かり……ました」


 ものすっごい渋々了承した。

 まぁお願いという名の命令だからな。


「エルデールよ」

「はい。お父さま」

「お前はまだ弱い」


 親父の顔は優しい顔をしている。

 父親の顔だ。


「お前が強くなる日までは俺がお前の盾となろう。お前の守るモノも含めてな」


 目に意思の力を感じる。

 この言葉は本気だ。


「子供の時間などあっと言うまだ。今は楽しみながら強くなれ」

「……」


 頭を下げるしかできなかった。


 親父は俺のために命を賭けてあの言葉を言ってくれたんだ。

 それに対して俺は発する言葉が見つからない。


 親父の言葉に俺の言葉は軽すぎる。


 父親がこれほど大きな存在なのを初めて知った。

 親父の本気を始めて知った。


 俺は親父にこの恩を返せるだろうか……。


 せめて恥ずかしくない男となろう。

 この人の顔に泥を塗る行為は絶対にしない。


 俺は言葉を発することなく、部屋を後にした。


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