15話 変化



お久しぶり。今回も話者は「五樹」となる。


今回は、「悠」の話、それから時子の近況についてだ。




「悠」が出てくるのは、ごくたまにだ。


悠が姿を現すのは、時子が非常に不安に感じて疲労を抱えた時、そして、自分の母との関わりを知っている人物が居る時だけだ。


俺達別人格は、「自分がこの場において許容されるだろう」、という信頼ができる相手の前でなければ、現れない。


悠もそれを考えずとも考え、時子の夫の前でだけ、「ママはどこ?」、「どうしてずっとおうちに帰らないの?」と言って困らせたりする。




ある日、カウンセリングルームで時子はタッチセラピーを受けていた。そして、ふと眠気を感じて目を閉じた後で、悠が目覚めたのだ。


悠が出てきた時、カウンセラーは少し戸惑ってから、「悠くんね。私覚えておきます」と、いつも通り当たり前に接してくれた。


でも悠は突然泣き出し、「ママに会いたいって言っても、誰も聞いてくれないの。みんなママと暮らせるのに、どうして悠くんママといちゃダメなの?」とカウンセラーに迫った。


でもそこでカウンセラーは、驚くべき対応をしてくれた。


「一緒に暮らせます。悠くんがもっと大きくなれたら、またお母さんと一緒に暮らすことになりますよ」。そう言ったのだ。



少し話が複雑になるが、悠は7歳の時の「母親との別離」のショックを凍結した人格だ。そして確かに時子は、その後母親と再会するのだ。


7歳の時に両親が離婚し、時子はほとんどすぐに、母親の実家である祖父母宅に預かりになっている。


そこへ、再婚相手と再び離婚して、新しく産んだ子供を抱え、母親が帰ってくるのだ。


確かに現実の時間になぞらえて考えれば、7歳以後も母とは会えている。


カウンセラーはさらにこう続ける。


「悠くんは7歳でママと別れたけど、これからまたママと暮らせるようになるから、そうしたらわかります。時子ちゃんと一緒になれば、わかりますよ」


多分カウンセラーは、「記憶の統合が進めば、別離のショックも消えるだろう」と言いたかったのだろう。


でも、悠はいつもの通りにこう返す。


「時子ちゃん?いつも泣いてる子?どうして?一緒になるってなに?」


悠には「自分は時子という人間の別人格だ」という自覚はない。


カウンセラーは上手く事を察してくれたんだと思う。彼女は解離性同一性障害のプロだ。


「今はまだ分からないかもしれないけど。ママとはきっと会えますよ」


「そっかぁ…」


安心したのか、それから悠は眠りに就き、その日のカウンセリングはつつがなく過ぎていった。






そんなことも起きていたし、時子は「もう勘弁して!」と叫びたくなるほど、絶えず起こるフラッシュバックに悩まされていた。毎日。それも、この何年かはずっとだ。


でも、それもある日を境にパタリと止むことになる。


それは、カウンセリングで「背もたれや布団に、背中やお尻、足の裏側をしっかりと預けると、安心感を覚えられます」と教えられた日からだった。


人は、安心していないと、机に肘をついて思い悩んだりする。


だからこれは、安心している時の行動を先取りして、「自分は今安心しているのだ」と脳に錯覚させるように、逆の手順で心を落ち着かせるという方法だ。


カウンセリングルームで椅子に背をもたせかけていた感覚が心地よかったから、思い出そうとして家でもやってみる。そうするとなんだか落ち着く気がする。


そうやってやり始めてから、時子のフラッシュバックは止んだ。


「たったそれだけ?」と聞きたい人が多分たくさん居るだろう。そう。それだけだ。でも、もしかしたら個人差があるかもしれない。


それから、抗うつ作用のある「グリシン」を含有したサプリメントを飲み始めて、いくらかうつ状態が回復したからでもあるかもしれない。


しかし、そこで彼女は、前の話で書いた事と、同じ事を始めた。




ある日の時子は珍しく忙しく、予定があって食事の時間が取れなかったので、昼食と夕食を抜いたまま眠った。


翌朝目を覚ましても、時子の体にはなんの異常もなかった。


彼女は糖尿病を持っているので、食後は血糖値が急上昇し、その作用で起こる倦怠感にいつも悩まされていた。


“食べなくてもそんなに異常が無いなら、しばらく食べる回数も量も減らしちゃおう”、そう思って、時子は食事を1日に2回にした。


寝る前の安定剤は副作用に「食欲亢進」が出るから夜食は食べるけど、その他は夕食だけ。


でも、不思議と今度は、体調を崩さなかった。


一度「食べなくても何も起きなかった」と自覚した事で自己暗示でも生まれたのか、それともうつのストレスが減ったからか、余計に彼女は意識して食べようとはしなくなった。


この事について、俺はまだなんの見解も持っていない。


今の時子は、前話で説明したように、食べないように食べないようにと我慢をしているわけではない。それに、食後の倦怠感がほとんどない事に満足している。


それならそれでいいような気もするし、しかし体に悪い気もする。


ところで、現在夜中の1時20分である。俺はそろそろ空腹なのだが、今は食べていいのだろうか。もしこれが時子なら、このまま今日の16時までは何も食べない。


どうしたものか。少し考える事にする。


毎度、お付き合い頂く方には感謝する。俺は文章を書くのは上手ではないので、そこだけはすみません。





Continue.

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