第2話

「ア・イ・ド・ル!なりませんか?」


 一瞬何を言っているのか理解ができなかった。そこまで華があるわけでもない、ビジュアルが整っているわけでもないと思っていた私はスカウトを受けることになるなど想像もしていなかった。終始戸惑っているとその女の人は言ってきた。


「あなた、みりょく!あるよ!やってみない?」


 まるで夢のようでそのまま数分そのまま突っ立ってしまった。その女の人が呼びかける声で気づいて顔を上げると母も合流していた。

 

 とりあえず、今は韓国に観光旅行に来ていて芸能界なんて想像もしていなかったので回答は保留してその女の人の連絡先をもらった。名刺には、


「芸能事務所 F&B マネージャー キム・ジア」

と書かれていた。


 日本に帰るときもその名刺をずっと大事に眺めていた。あの時起きたことがまるで夢みたいでずっとふわふわした感覚だった。


「F&B...キム・ジア...」


これが今のマネージャー、ジアとの出会いであり私の人生をガラッと変えた出来事だった。


 日本に帰って数日経ったある日、ジアさんから電話がかかってきた。最初から明るい声で素敵な人だなとふと思った。


 そして、この言葉が電話越しに私の脳内に響き渡る。


「私たちの事務所、来てくれますか?」


もちろん奇跡のようなこの話に返す言葉はこれだろうと思った。


「はい、もちろん!」



 そこから一ヶ月ほど経った十七歳の誕生日の日、もう一度韓国にやってきた。

そしてあの時の事務所の前に着いた時、見覚えのある女の人を見つけた。


「ふうかさん!こっちです!」


大きく手を振って名前を呼ぶジアさんの姿が見え、思わず走って駆け寄った。


 そこから一緒に来てくれた母に別れを告げ、オーディション会場に入った。入ってみると十人弱くらいの女の子が並んでいた。


 その時の私は並んでいる女の子たち全員がキラキラ輝いていて少し怖気付いてしまった。そんな様子を察したのか部屋に入る前にジアさんが声をかけてきた。


 あなたはきっとできる。私がデビューさせてあげると。


 とりあえず何を歌ったらいいか何を踊ったらいいか分からなかったので自分の一番好きなジブリの曲を歌い、少し練習していた女性アイドルのカバーを少し踊った。


 他にも何かできることはあるかと問われたので習っていたピアノを少しと審査員の人をひたすら褒めるということをした。やり終わった後に若干驚かれて、終わった後も隣にいた女の子によっぽど面白かったのか良い感じの反応をもらった。



 それから少し経った後に真ん中に座っていた男の人が部屋に入ってきて自己紹介を始めた。


「初めまして。キム・ソンファンです。ここの事務所の社長をしてます。初めに、オーディションを受けてくれてありがとう。君たちとここで出会えたことはとても嬉しいです。けれど、ここで別れなければいけない子がいることも確かです。少し心苦しいと思うけど合格者の名前を呼ぶね。」


 最初に見た時からまるでスターのようで圧倒的な雰囲気を放っていた人が社長だなんてという衝撃と合格者の発表という極度の緊張で心臓が潰れそうだった。


 少し間を開けた後に一人づつ名前を呼んでいく声が聞こえる。もう半ば緊張で聞こえない声の中に見慣れた音がした。


「ユミタフウカさん」(え、いま私の名前が聞こえたような、、)


 聞こえていないと思われたのかもう一度呼ばれたその名前は確実に私自身の名前だった。



 しばらく唖然としていたらいつの間にか名前を呼び終わていたみたいで社長に声をかけられた。


「ジアがすごく絶賛していたからどんな子かと思ったら面白い子だね。歌やダンスも初心者にしては案外できてるし、何よりベタ褒めの発想は無かったよ。まだまだ未熟な部分も多いけど君を見てると何故かここにきて欲しくなったんだ。」


 まさかの褒め言葉に唖然とした。絶対落ちると思っていたし、母にも落ちた報告の電話をする予定だった。それがまさか芸能事務所のオーディションに受かるなんて夢のようだった。


「これからよろしくね、ふうかさん」

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