情報屋、美鈴

黒うさぎ

情報屋、美鈴

 白鳥美鈴。それが彼女の名だ。

 長めの前髪でその瞳を隠し、いつも自分の席で文庫本を開いている。

 特定の誰かとつるむことはなく、かといって誰かにいじめられるようなこともない。

 物静かで、クラスでも目立たない彼女。


 だが、俺は知っている。

 美鈴こそ、最高の情報屋であるということを。


 ◇


 時刻は午前七時を少し過ぎた頃。

 まだ静まり返っている校内を俺は歩いていた。

 普段より一時間早い登校だが、誰にも見られることなく美鈴と接触するにはこうするしかない。


 教室の前に立つと、呼吸を整えドアに手を掛ける。

 いつも当たり前のように開けているドアが、なぜだか今日は冷たく感じた。


 ガラガラとレールの音を響かせながらドアを開けると、果たしてそこには美鈴の姿があった。

 窓際の一番後ろの席。

 そこに座る美鈴はこちらを一瞥することなく、文庫本に視線を落としている。


 俺は少し早く脈打つ心臓をなだめながら、美鈴の席へと近づいた。


「欲しい情報がある」


 挨拶すらなく、俺は本題を切り出した。


「対価は?」


 突然の俺の振る舞いに動揺した様子もない美鈴は、淡々と呟いた。


 俺は鞄から一枚の紙片を取り出すと、美鈴に差し出す。

 そこでようやく美鈴がこちらに顔を向けた。


 瞳は前髪に遮られているためそこから感情を推し測ることはできないが、俺の手から紙片を受け取ったということは、交渉は成立したということだろう。


「何が知りたいの?」


 凛とした美鈴の声が鼓膜を揺らす。

 美鈴と情報のやり取りをするのは、これが初めてというわけではない。

 だが、日常の中で非日常的な空気が流れるこの瞬間だけはどうにも落ち着かなかった。


「一と三」


 最低限の情報だけ伝える。

 他人が聞けばなんのことかわからないだろうが、美鈴にはこれで十分だ。


「なら、もう一枚」


 しかし、美鈴が情報をくれることはなかった。

 想定通りではあるが、やはり対価が足りなかったらしい。

 追加報酬の要求に俺は顔をしかめるが、背に腹は代えられない。

 仕方なく鞄からもう一枚、紙片を取り出すと美鈴に手渡した。


 美鈴は引き出しからクリアファイルを出すと、中から二枚のルーズリーフを俺に差し出してきた。


「いつも言っているけど、百パーセント正確ではないわ。

 もし間違っていても、責任はとらないから」


「問題ねぇよ。俺はお前を信じてるからな」


 俺の返答に美鈴は肩をすくめると、再び文庫本へと視線を落とした。


 正確ではないと言いつつ、美鈴の情報が外れたことはない。

 それにあらかじめルーズリーフに書いておいてくれるあたり、美鈴も初めから情報を売るつもりだったのだろう。


 さて、時間が惜しい。

 俺は自分の席に着くと、早速美鈴から貰ったルーズリーフに目を通す。

 これで今回も最悪の事態だけは免れることができるだろう。


 一時間目の古典と三時間目の化学さえどうにかなれば、今日はしのげるはずだ。

 食券二枚と引き換えに手に入れた、赤点回避のためのヤマがまとめられたルーズリーフ。

 明日もテストは続くため油断はできないが、俺には最高の情報屋、美鈴がいる。

 出費は痛いが、俺の未来は明るい。

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