ダイヤモンドは語らない

中田カナ

ダイヤモンドは語らない

 今日もいつもの時刻に出勤する。

 通用門の詰所にいる顔なじみの警備兵さんと目が合ったので、左の手首にはめた魔道具を操作する。

『おはようございます』

 挨拶の声は魔道具から流れる。

「おはようございます。今日もお早いですね」

 警備兵さんに笑顔だけ返して職場へと進む。


 私の職場は王立図書館。だけど人前に出ることはない。

 向かう先は一般の来館者が足を踏み入れることのない旧館の作業室。

 入り口の扉の脇にある魔道具に触れて魔力を少し流すと扉が開く。

「おはよう。昨日の続きをお願いできるかな?」

 先に出勤していた上司から声をかけられたので、左手首の魔道具を操作して答える。

『かしこまりました』


 私は声が出せない。

 左手首の魔道具には文面がいくつも登録されていて、私の代わりに声で答えてくれる。

 これで対応しきれない時は、常に持ち歩いているボードと呼ばれる魔道具を使って筆談する。


 王立図書館での私の仕事は、本の修復と魔法による浄化。

 この国では誰もが魔力を持っている。

 私は浄化の魔法が使えるのだが、声が出せないので大きな魔法を使うための詠唱はできない。でも本の浄化くらいなら詠唱なしでも問題なく行える。


 午前中は浄化作業を行い、お昼の混雑時をはずして図書館に隣接するカフェへ向かう。

「あ、いらっしゃいませ!」

 すっかり顔なじみとなった女性店員さんが笑顔で迎えてくれる。

 彼女は私が声を出せないことも知っている。

 席に着いてメニューを指差すと女性店員さんは再び笑顔で応対してくれる。

「かしこまりました。日替わりのBセットにいつものカフェラテですね」

『よろしくお願いいたします』

 左手首の魔道具を操作して笑顔で応対する。


 魔道具に登録されている音声は平坦なので、喜びや感謝などは少し大げさなくらいの表情で補う。

 逆に怒りや悲しみなど負の感情は、できるだけ表に出さないよう気をつけている。

 負の感情をぶつけられたら誰だって嫌だと感じるだろう。

 人を不快にさせたくないから、特に怒りに関しては冷静な対応を心がけている。

 悲しみは自分で飲み込んでしまえばいい。時間がかかることもあるけれど。

 そんなことを考えながら、カフェのオリジナルソースを使ったチキンソテーを堪能する。

 食後に出てきたカフェラテにはハートが描かれていて、思わず自然に笑みが浮かんだ。



 幼い頃、私は誘拐された。

 曽祖父の代に興した事業で成功し、祖父の代で男爵位を賜った。父はさらに事業を広げている。

 そんな我が家の財産を狙った身代金目的の誘拐で、犯人はあまりにずさんな計画だったため数日で捕まって私は保護された。

 ただ、家に送りつけるために髪を切られ、薬品で喉をつぶされて声が出せなくなっていた。

 父が高名な医師や治癒魔法士を探してきてくれたけれど、とうとう喉を治すことはできなかった。


 治療を断念してしばらく経った頃、お父様に手紙を書いた。同じ家に住んでいるけれど、思いを伝えるにはこれしか方法がなかったから。

 声が出ないから貴族としての社交はまず無理なので、平民として手に職をつけて生きていきたいです。

 結婚も難しいだろうから、貴族とのつながりを作れなくてごめんなさい。

 そんな内容だったのだが、家族全員に泣かれてしまった。


「社交とか貴族とのつながりなんか気にする必要はない。そんなものがなくたって、うちは今までずっとやってきたんだ。何よりもお前の幸せが大事なんだよ」

 そう言ってお父様は抱きしめてくれた。

「そうよ。私達が貴女を守るから、ずっとこの家にいていいんですからね」

 お母様は頭をなでてくれた。

「私が事業をもっと発展させて、何不自由なく暮らせるようにするから心配するな」

 年の離れたお兄様もそう言ってくれた。



 王立図書館での仕事を終えて通用門を出ると我が家の馬車が待っていた。

 家から職場までは近いので送迎はいらないと何度も主張しているけれど、これだけは絶対に認めてくれない。


「やぁ、おかえり。お仕事おつかれさま」

 帰宅してメイドにサロンへ連れて行かれたら、見知った顔の男性が待っていた。

『ご無沙汰しております』

 左手首の魔道具を操作してからお辞儀をした。


 お兄様の親友であり、話せないため貴族向けの学院へ通うことを断念した私の家庭教師になってくれた男性で、今でも先生と呼んでいる。

 そして現在は各方面から注目を浴びている新進気鋭の魔道具師で、この左手首の魔道具の製作者でもある。

 学生時代から魔道具の開発に携わっていて、その才能を認めたお父様がずっと後見となっている。

 先生が現在構えている魔道具工房もお父様の出資によるものだ。


「今日は音声の魔道具の改良版を持ってきたんだ。さっそく試してもらえるかな」

 左手首に着けている魔道具をはずし、新しいものを装着する。

 見た目はあまり変わらないけれど、ボタンが増えている。


「登録できる文面が大幅に増えたんで、君が以前言っていたことを実現してみたんだ」

 私、何を言ったかしら?

「例えば朝の挨拶を選んでみてもらえるかな」

 言われるがまま文面を選択する。

「右側のボタンは今までどおりだけど、追加した左側の赤いボタンを押してみて」

『おはよう!』

 元気な感じの女性の声が流れてびっくりする。


「くだけた感じの音声もあったらいいなって言ってたでしょ?」

 そうだ、思い出した。

 以前、家族や顔なじみの方々に対して、かしこまった文面じゃないのもあったらいいのに、と思っていたことを伝えたんだった。

 まさかこんなに早く実現するとは思わなかったけれど。

 かしこまった方は今までどおり先生のお姉さんが、くだけた方が妹さんが協力してくれたそうだ。

『ありがとうございます』

 先生に頭を下げると苦笑いされた。

「できれば僕には常にくだけた方でお願いしたいんだけど」

 そう言われ、笑顔とともに赤いボタンを押す。

『ありがとう!』


 バッグの中から筆談用のボードを取り出す。

『先生のお姉さんと妹さんにも感謝をお伝えください』

「わかった。ああ、そうだ!今度うちへ遊びに来ない?移転してからうちの工房に来たことはまだなかったよね。姉達にも実際に君が使っているところを見せてあげたいしさ」

 ボードに勢いよく返事を書く。

『ぜひ行きたいです!』

「わかった。君のご家族とも相談して近いうちに実現させようね」

 先生は笑ってそう言ってくれた。



 筆談用のボードは既存の魔道具を先生が改良してくれたものだけど、左手首の音声の魔道具は先生のオリジナルだ。

 そして私が外で働くことを後押ししてくれたのも先生だった。

「働く必要なんてない。お前は家で好きなことをしていいんだよ」

 お父様をはじめ家族全員そう言ったけれど、先生だけは私に賛同してくれた。


「皆さんの心配もわかりますが、彼女はただ守られているだけの女性ではありません。勉強だって、ただ言われたことをするだけじゃなく、自分でいろいろと考えて先に進んでいたりして驚かされるくらいです。世間に出れば嫌な思いをすることもあるでしょう。だけど彼女にはそれを乗り越えるだけの力があると思っています」

 先生の言葉が本当に嬉しかった。

 その後、家族とは話し合いを重ね、貴族籍を抜けて平民になることは却下されたけれど、外で働くことは認めてもらえた。

 そして先生や家族の協力のもと、猛勉強の末に採用試験に合格して王立図書館への就職を果たしたのだ。



 ただ、就職してからも順風満帆とはいかなかった。

「お前に教えるのは面倒なんだよなぁ」

 先輩からは意思の疎通が上手くいかず、迷惑がられた。

「貴族のご令嬢のくせになぜ働くんだ?」

 そんな嫌味や陰口を叩かれた。

 誘拐事件のことを覚えている人もいて、

「傷物令嬢のくせに」

 と面と向かって言われたこともある。


 部屋で1人で泣いたことも数え切れないほどある。

 泣き声も出せないのでばれないと思ったけれど、家族には泣き腫らした目でばれた。

「貴女ががんばってるのはみんな知ってるわ。無理しなくてもいいのよ」

 お母様がそう言って抱きしめてくれたけれど、私は負けたくなかった。

 誰かにではなく、自分自身に。


 本の修復を研究して技術を磨き、浄化の魔法も練習を重ね、少しずつ周囲の信頼を得られるようになってきた。

 私のことを理解してくれる人も増え、今は面と向かって嫌味や皮肉を言う人はほとんどいない。

 たぶん陰では言われているのかもしれないけど、そんなことは気にしない。

 私は私の進むべき道を行くだけだ。



 先生の工房を訪問する日は、私の職場である王立図書館の休館日に決まった。

 そして訪問日の前日に私は父の書斎に呼ばれた。

「実は彼の魔道具工房に他の商会から提携の打診が来ている。うちよりずっと高い金額を提示しているらしい」

 初めて知る事実に驚く。

「うちも対抗できないわけじゃないが、ここは彼の意思に任せようと考えている」

『どうしてですか?』

 左手首の魔道具を操作して尋ねる。

「息子の同級生ということもあって学生時代から彼を支援してきたが、あまりに優秀で新しい魔道具を次々と生み出し、うちとしては元手はすでに回収できている。経営の方も彼の姉夫婦がうまくやってくれている。それに他と組むことで新しいことができるのなら、それはそれでよいことだと思うのでな」


 昔から我が家は人材の育成に力を入れている。

 先生の他にもお父様が支援している若者が何人かいるが、無理に囲い込むことはしない方針だ。

 彼らがよりよい方向へ進めるようにと考えているだけなのだ。

 持参した筆談用のボードにお父様に聞きたいことを書き込む。

『お話はわかりました。ですが、なぜその話を私にしたのでしょうか?』


「彼がお前にこんな話をすることはまずないだろうが、すでに向こうの商会の動きが噂になりつつあるのでな。ヘンなところで知られるくらいなら私から話しておいた方がよいと思ったのだ」

『お父様、ご配慮ありがとうございます』

 書き込んだボードを見せてから頭を下げる。

「うむ。彼がどう決断しようとそれは彼の人生だ。私はただそれを見届けるだけだ」

 どうやらお父様はお父様で何か思うところがあるようだった。



 そして先生の魔道具工房を訪問する日。

 家を出て、まず王都の商業街にある大手の菓子店に注文しておいたお菓子を受け取る。手土産として持って行くためだ。

 郊外にある先生の工房へ向かう馬車には私とメイドが乗っている。私1人での行動はいまだに許されていない。


 移転した先生の魔道具工房は、ご家族の住居も兼ねているためそれなりに大きな建物だった。

「いらっしゃい!待っていたよ」

『こんにちは!』

 先生とご家族の皆さんが工房の前で出迎えてくれた。

「はじめまして!私がこいつの姉で、こっちが妹よ」

 初対面だけど馴染みのある声が飛んできた。

 さっそく左手首の魔道具を操作して答える。

『はじめまして』

『よろしくお願いいたします』

 妹さんの方が魔道具をのぞきこむ。

「なるほど。こんな風に私達の声が使われているのね」


 メイドが持参した手土産のお菓子をお姉さんに手渡す。

「うわぁ!これって王都で有名な菓子店のものよね?ありがとう!」

 お姉さんも妹さんも大喜びしてくれた。

「先に工房を見学していただいてからお茶にするから」

 先生がお姉さん達にそう言うと、2人はうなずいた。

「では私達は支度をしてくるので、ごゆっくりどうぞ」


「にぎやかですまないね」

 お姉さん達が去ってから苦笑いする先生に、私はすぐにボードを取り出して書き込む。

『明るくて素敵な方達ですね』

「そう言ってもらえるとうれしいね。さて、まずは工房を案内しようか」

 先生は筆談用ボードの改良版などを説明してくれて、実際に触らせてくれたりもした。



「やぁ!魔道具師さん、こんにちは」

 工房の扉が突然開き、身なりのいい見知らぬ男性がずかずかと入ってくる。

「今日はお会いする約束はなかったと思いますが?」

 先生が不機嫌そうな低い声で答える。

「いや、ちょうど通りかかったものでね。先日の件、そろそろ考えていただけたかなと思いまして」

 おそらくお父様から聞いた提携話を持ちかけている商会の方なのだろう。

「今は来客中ですので、お引き取り願えませんか」


 なんだか不快な笑顔を浮かべる男性の視線が私を捉える。

「おやおや、お嬢さんは見覚えがありますね。さては、うちが提携を持ちかけていることを知って、傷物令嬢が自ら身体を使って彼を口説き落としに来られたのですかな?」


 ドン!

 先生がこぶしで壁を思い切り叩いていた。

「友人の妹を侮辱するような奴と仕事なんかできるか!もともと断るつもりでいたが、もう我慢ならん!日を改めて正式に断りの書状を出すから、もう二度とここに顔を出すなっ!」

 先生が男性を力ずくで外に押しやり、すぐに扉を閉めて鍵をかけた。

 追い出された男性は扉を激しく叩いて何か叫んでいたけれど、先生が机の上にあった黒くて小さな魔道具を操作すると何も聞こえなくなった。

「これはまだ開発中の防音の魔道具なんだ」


 そして先生は私に向かって直立不動の体勢をとった。

「貴女に不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ありませんでした」

 先生がやけに丁寧に詫びて頭を下げるので、急いでボードに書き込む。

『気にしないでください。悪いのは先生ではないのですから』

 頭を上げた先生がこちらを見る。


「さっきの出来事にあまり困惑していないということは、もしかしてこの工房に他から誘いがあることを聞いてたのかな?」

『はい』

 左手首の魔道具ですぐに答えると、先生はため息をついた。


「先ほどの男性は提携話を持ってきた商会の副会頭なんだ。会頭は紳士的な方で、まずは話だけでも聞いて欲しいということで会ったんだけど、副会頭の方はうちを見下すような態度な上に、金さえあればどうにでも出来ると思っているようで、正直ずっと腹が立ってた。この機会にきっぱり断ることにするよ」

 先生に聞きたいことをボードに書き込む。


『よろしいのですか?あちらは大金を提示していると聞きましたが』

「いいんだ。別に急いで資金が必要なわけじゃないし、未発表や開発中の魔道具だってまだいくつもある。それに何よりも大切なことがあるしね」

 不思議に思って首をかしげると、先生は微笑んだ。


「それは君の存在だよ」

 私、先生に何かしてしまったのかしら?思い当たることがないんだけど。

「少し話をしようか。そこに座ってくれるかな」


 工房の片隅にある打ち合わせ用のテーブルを挟んで向かい合わせに座る。

「君の家庭教師を買って出たのは、単純に後見のお礼にと考えたんだ。小さな女の子に教えるのなんて別にたいしたことじゃないと思ってたしね」

 私は小さくうなずく。


「ところが、いざ始めてみると君の理解度と進み具合に驚いたんだ。僕がいない時でも時間を決めて予習復習をきっちりやっていると君のお兄さんから聞かされた」

 当時まだ学生だった先生が来るのはいつも午後なので、午前中は勉強にあてていた。

「だから僕も全力で君に教えようと思った。それと同時に君の役に立つ魔道具を作ることを決めた」

 一番最初の音声の魔道具は先生の卒業研究でもあった。


「僕は卒業後すぐに小さいながらも自分の工房を立ち上げることができた。もちろん君の家の支援があってのことだけどね。そこで考えたんだ。僕にできることは何だろう?ってね」

 工房を始めた当初から画期的な魔道具をいくつも生み出していた。

 世に出す前の試作品を我が家に持ってきて意見を聞かれたこともある。

「そして考えた末の結論は、僕が優れた魔道具を開発して売れれば出資者である君の家が潤う。そうすれば君が安心して暮らせるようになる、ということだったんだ」


 とまどいながら筆談用のボードに書き込む。

『私のため、なんですか?』

 ボードの文字を見た先生が大きくうなずいた。

「そうだよ。君がいるから僕もがんばれた。音声の魔道具の他にも、君の役に立つことを考えて開発した魔道具もいくつかある。思っていた以上に順調に進んで、こんな大きな工房を構えることもできたしね」


 先生は真っ直ぐ私を見つめる。

「最初は友人の妹としか思っていなかった。だけど、いつだってどんな困難にも真正面から立ち向かう君は本当に素晴らしいと思ってた。それと同時に抱えている苦しみや悲しみをまったく表に出さない君のことが心配になった」

 思いがけない言葉に筆談用のボードに書き込む。

『心配、ですか?』

「そう。このままではいつか心が折れてしまうのではないかと思ってた」

 先生にそんなことを思われていたのか。


「僕は君の心の支えになりたいんだ。それと同時に君は僕の心の支えになっているから、誰にも渡したくないと思ってる」

 私が先生の心の支えになっているとは思わなかった。

 そんな私の不思議そうな表情に気付いたのか、先生が苦笑いする。

「どうやらわかってないようだから、はっきり言うね。君のことが好きです。どうか僕と結婚していただけませんか?」

 私が、先生と?


 外で働くことを家族に反対された時でも、先生は私の主張を理解して味方になってくれた。

 あの時から私にとって家族以外で唯一心許せる人になっていた。

 勉強以外でも、本を読む楽しさや街を歩くおもしろさを教えてくれた。

 でも、先生はいまや世間から注目される魔道具師だ。

 私の存在は、きっと先生にとってマイナスになってしまうだろう。


 考えつつ筆談用のボートに書き込む。でもペンが思うように進まない。

『私は傷物令嬢と言われています。先生にとって迷惑な存在になってしまうかもしれません』

 ボードを見せると先生の表情は一瞬険しくなった。

「そんなことを思ったことなんて一度もないよ。僕はむしろ君はダイヤモンドだと思っているんだけどね」

『ダイヤモンド?』

「そう。どこまでも透明で、何より強くて傷つかない。君そのものだと思ってる」

 なんだかものすごいことを言われている気がする。


 しばらく考えてボードに書き込む。

『本当に私でよいのですか?』

 ボードを見せると先生が力強く首を縦に振る。

「もちろんだとも!…あ、そう聞いてくるということは、結婚の申し込みを受けてくれるってことでいいのかな?」

『はい』

 ボードを置いて左手首の魔道具を操作して笑顔で答えると、先生に手をしっかりと握られた。

「ありがとう!これからはずっと一緒だよ。必ず幸せにするからね」


 パチパチパチ

「「おめでとう!!」」

 声がした方を向くと、先生のお姉さんと妹さん、さらに私についてきたメイドまでもが満面の笑みで拍手している。

 ここまでのやりとり、もしかして見られてた?

 思わず顔が赤くなる。

「ようやく愛しの姫君を口説いたのね。今日はお祝いでパーッとやりましょ!」

 その後のお茶会は、想像していた以上にぎやかなものになった。



 帰りの馬車には先生も同乗し、我が家に到着すると改めて私の両親と兄に結婚の申し入れをした。

「やれやれ、やっとか」

 お父様は半ばあきれたような表情で言った。

「気がついていなかったのはお前だけで、こいつがお前を好いていることなど皆とっくの昔に知っていたぞ」

 驚いてお母様とお兄様の方を見ると苦笑いでうなずいている。

 どうやら私は相当鈍いらしい。

 この日の晩餐は、先生も交えて普段よりもにぎやかだった。



 翌日、先生は提携を打診してきた商会に正式に断りの書状を送った。

 その数日後、その商会の会頭さんが我が家を訪ねてきて私に謝罪した。

「うちの者が貴女様に大変不快な思いをさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした。あの者にはすでに処分を科しておりますが、こちらの品は貴女様へのお詫びということで、どうかお受け取りいただければと思います」

 どうやら先生は断りの書状に暴言のことも記したらしい。


 会頭さんが持参したのは外国から輸入された最高級の純白の絹織物だった。

「聞けばご結婚がお決まりになったとのこと。もしよろしければこちらを使っていただければと思っております」

 会頭さんの商会は外国との貿易にも力を入れていて、おそらくこれ以上の絹織物を入手することは不可能に近いだろう。

 会頭さんが帰った後、これはウェディングドレスに使うということでいいのだろうか?などと考えていると、お母様が満面の笑みを浮かべていた。

「せっかくいただいたんだから使わせてもらいましょ。でも、デザイナーやお針子は私が最高レベルの人達を集めますからね!」

『よろしくお願いします』

 お母様の本気具合に若干引きつつも左手首の魔道具を操作して答えた。



 後日、改めて正式に婚約を取り交わし、私は婚約者となった先生から婚約指輪をいただいた。

 私は結婚後も王立図書館での仕事を続ける予定で、結婚指輪はシンプルなものにする予定だけど、いただいた婚約指輪には小さいながらもダイヤモンドが光を放っている。

『綺麗ね』

 左手首の魔道具を操作して伝えると、先生は笑顔で答えてくれた。

「君の方がずっと透明で強くて綺麗だよ」

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ダイヤモンドは語らない 中田カナ @camo36152

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