チエコ先生とキクちゃんの水平思考クイズ【22】一番の理由【なずみのホラー便 第109弾】
なずみ智子
チエコ先生とキクちゃんの水平思考クイズ【22】一番の理由
【問題】
カーラは、治安の良くない地域の狭いアパートで一人暮らしをしていました。
ある夜のこと、アパートの外より、必死で助けを求める若い女性の悲鳴が響いてきました。
彼女の悲鳴は、貞操どころか命の危機までもが迫っていることは明らかでした。
通報しようとしたカーラでしたが、同じアパートの他の住人たちも”何事か?”と言わんばかりに、次々に窓を開ける音が聞こえてきました。
「彼女の悲鳴を聞いているのは私だけじゃない。だからきっと、私以外の誰かが通報してくれるはずよ」と、カーラは結局、通報しませんでした。
翌日、女性はアパートのゴミ捨て場付近にて遺体で発見されました。
捜査の結果、カーラ含め、彼女の悲鳴を聞いた住人は多数いたにもかかわらず、誰一人として通報しなかったことも判明したのです。
それから、十八年もの月日が経ちました。
カーラ自身は経済的にも一層厳しい状況に陥り、部屋もますます狭く感じられるようになってはいましたが、事件前と同じアパートの同じ部屋にて、暮らし続けていました。
十八年前の夜、必死で助けを求めながらも無惨に殺されてしまった女性のことをカーラは一日たりとて忘れたことはありませんでした。
暗闇の中にいると、今も彼女の悲鳴が響いてくるようであり、夜中にうなされて飛び起きることだって一度や二度じゃなかったのです。
そして……悪夢の再来なのでしょうか、暗くなったアパートの外から、またあの悲劇の夜と同じく、必死で助けを求める声が響いてきたのです。
その声を聞いたカーラは、引き出しより取り出した拳銃を手に、外へと飛び出していきました。
さて、最初の事件の夜から十八年後、カーラがこの行動をとった”一番の理由”は何でしょうか?
【質問と解答】
キクちゃん : …………なんとも胸が痛い話ですね。十八年前の殺人事件で被害者の悲鳴を聞いた人が多数いたというのに、カーラさん含め、誰も通報すらしなかったなんて……誰かがすぐに通報していたら、女性は助かっていたかもしれないのに。
チエコ先生 : 心理学でいう「傍観者効果」ね。一九六四年三月十三日深夜、ニューヨーク州の住宅街で発生したキティ・ジェノヴィーズ殺人事件が、その概念が生み出されるきっかけとなったわ。加害者ウィンストン・モーズリーによる犯行は三十分以上にも及び、アパートの住人三十八名ものがジェノヴィーズさんの助けを求める声を聞いていたの。でも、誰も彼女を助けに行くことはなく、警察に通報した者すらいなかった……だけど、悪意や冷淡さ、無関心によって見殺しにされてしまったわけではなく、「多くの人が気づいたからこそ”自分以外の誰か”がきっと通報してくれるだろう」と考えてしまったのではないかということよ。
キクちゃん : ……悲しいですね。助けを求める声を聞いた人たちの感情が分散され、自分の責任は少ないと全員が考えてしまったんですね。……でも、チエコ先生、今回はすでに問題文中に答えが書かれていませんか? カーラさんは、必死で助けを求めながらも無惨に殺されてしまった女性のことを一日たりとて忘れることはなかったんですよね。彼女を助けるために通報しなかったことを心より悔いていた。だから、二度と同じことを繰り返してしまってはいけないというのが理由ですよね?
チエコ先生 : YES……ではあるけど、それが”一番の理由”ではないわ。
キクちゃん : 他にもっと大きな理由……というより、”一番の理由”があるということですか。うーん、何だろう? 十八年後のカーラさんは、躊躇うことなく拳銃を手に外へと飛び出していっていますね。いくら拳銃を持っているとはいえ、加害者側は複数かもしれないし、第一、向こうだって拳銃を持っているかもしれない……家の中にいて通報するのと、外に出ていくのとでは、カーラさんにも危険が及ぶ確率は段違いですし……最悪の場合、カーラさん自身も巻き添えで殺害されてしまうことだって考えられるのに……
チエコ先生 : キクちゃん、もう一度、問題文をよく読んでみて。十八年もの月日というのは決して短い時間ではないはずよ。
キクちゃん : えっと、カーラさんは最初の事件後も、ずっと同じアパートで暮らしているんですよね。『カーラ自身は経済的にも一層厳しい状況に陥り、部屋もますます狭く感じられるようになってはいましたが、事件前と同じアパートの同じ部屋にて、暮らし続けていました。』とありますし……あ! なんだか『経済的にも一層厳しい状況』と『部屋もますます狭く感じられるようになってはいました』という箇所が引っかかりますね。もしかして、十八年後のカーラさんは一人暮らしではなくなっていますか?
チエコ先生 : YES。
キクちゃん : カーラさんには扶養している家族がいますか?
チエコ先生 : YES。
キクちゃん : その家族とは、カーラさんの子どもですか?
チエコ先生 : YES。
キクちゃん : カーラさんの子どもは、娘ですか?
チエコ先生 : YES。
キクちゃん : ということは、カーラさんが十八年後に聞いた必死で助けを求める声は、自分の娘の声だったということですか?
チエコ先生 : YES。正解よ。十八年の月日の間にカーラさんは出産したものの、娘さんの父親とは一緒に暮らさず一人で娘さんを育てる道を選んだの。そして、悪夢の再来かと思われたその悲鳴は、あろうことか自分の娘の声だった。だから、娘を助けんと外へ飛び出していったのよ。
キクちゃん : ……問題文中には結末が書かれていませんが、カーラさんが間に合いますように、そして、カーラさんも娘さんも無事に助かることを祈るのみです。
(完)
【参考文献】(敬称略)
・『眠れなくなるほど面白い 図解 社会心理学』
亀田達也(監修)
出版社:日本文芸社 (2019/8/27)
・『衝撃の人体実験でわかった身体と心の不思議 (鉄人文庫) 』
鉄人ノンフィクション編集部(編集)
出版社 : 鉄人社 (2018/4/28)
チエコ先生とキクちゃんの水平思考クイズ【22】一番の理由【なずみのホラー便 第109弾】 なずみ智子 @nazumi_tomoko
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