人ん家の創作キャラを勝手に使ったなにかたち。
仲山
水生への回帰について … 人魚症候群(漓遠+α)
「なにが理由か知らないけどね。アンタとかアタシとかみたいに、『離』れるだとか『遠』いだとかの、距離をとるような漢字が名前に入ってるやつはね、たいてい"アソコ"から出てくんだよ」
ミルクパンでロイヤルミルクティーを煮出した伯母が口元に笑みを浮かべて言った。漓遠(リオン)に、離乃(リノ)。なかなか名前に使わないだろう漢字が並んだそれぞれの名前に照らし合わせて小さくうなづく。
生まれ育った町から離れた高校に行きたい、と両親に言った時、二人は存外おおらかに受け入れてくれた。ただ、ひとり暮らしをさせるのは少しばかり心配だから、と希望した高校に通えるところで暮らしている父親の姉……目の前の伯母を頼ることを条件にされたけれど。伯母とは小学生のころに一度会ったことがあるだけだから気が引けたけれど、町を出たい気持ちの方が強く、伯母が了承してくれたことにこれ幸いと頷いたのだ。蓋を開けてみれば、伯母は明朗快活とした人で、竹を割ったような性格、というべきか。なんにしろさっぱりとしたタイプだった。あまり感情をうまく言いまわせない俺にとってはありがたい相性でもある。そんな伯母は、駅から少し離れたところに中古の一軒家を買い付けてひとりで暮らしていた。まるでジブリ映画にでも出てきそうな木造風な建物だ。二階の一室を俺の私室として借りていて、ルールは基本的に一緒に食事をとることくらい。不要なときは前もって連絡するように、とLINEの交換もしている。
木目が鮮やかなダイニングテーブルは深く濃い色をしている。コーティング剤の影響か、光沢よりもマットな質感で、手触りもどこかしっとりとしていてさわり心地も良い。促されるまま俺の定番の場所になったところに腰かければマグカップを差し出され、足元からはナァンと鳴いた三毛猫が俺のひざに飛び乗った。伯母の愛猫である、リクだ。
「ほかにもいるってこと?」
「統計を細かく取れてるワケじゃないけどね、知ってる連中だけでも結構いるよ。あとは…遠藤とか、苗字に使われてる一族はアソコにいないんだ。これは役所と図書館で確認した事実」
俺用にと用意した少し大きめのクリーム色のマグカップになみなみと注がれたソレは、柔らかな色で光を反射している。電球色のLEDが上から照らしていて、外で降り注ぐ雨と対照的に柔らかな空間を作り上げていた。しとしとというには少しばかり強い音が窓ガラス越しに届き、朝よりも雨脚が強くなったことを知る。時折風に吹かれた雨が、ザァと窓にぶつかっては去っていく。
ひざの上ではリクが毛づくろいをはじめ、顔や手や体を舐めている。時折、俺のひざもおまけで舐めてくれるけれど、あいにくとそこに毛は生えてないんだよな。お返しに首元を指先でくすぐってやればひくひくとひげがゆれて、ご機嫌だ。きれいな赤色の首輪がずれてしまったのを戻してやって、今度は額をなでた。心地よさそうに目を細めて受けれてくれる。
「人魚症候群。これはマイナーではあるけど精神疾患としては医学会でも知られているものでね」
「うん」
「あの地域ではその昔、第二次世界大戦直後位まで、近親婚が繰り返されていたんだ」
伯母の赤いマグカップには真っ黒な液体が満たされて、音もなく俺の対面に置かれた。壁際に置かれている少し古ぼけた棚はアンティークショップで買ったお気に入りの品らしく、その一番上の引き戸から、簡素なパッケージに入ったクッキーを持ち出してくる。先日の出張で見つけた個人店のものらしいく、きらびやかとはいいがたい、よく言えば味のある風合いの店名の入ったシールが封をしていた。おやつか、とテーブルの上に顔を出したリクに、伯母が違うよと笑えばおとなしくひざに丸まる。誰に似て利口なんだかね、と再度笑った伯母に、自分に似てるって言わないんだなと思った。
「紅茶のクッキーだって」
「あぁ、俺好きだよ、紅茶味のお菓子」
「知ってるよ」
かろろ、と乾いた音を立てて木製の器にクッキーがすべる。小さく山になったソレを一枚つまんで、ひょいと口に放り込めば、伯母の入れたミルクティーにも負けず劣らずの香りが鼻に抜けた。こういった菓子にはアールグレイが定番な気がしたけれど、どうにも違う気がする。どこかスパイシーな雰囲気を持つこれは、独特な風味ではあるけれど、間違いなくおいしいかった。さくさくと二枚ほど食べ進めて、ミルクティーを一口。ほう、と息をはいて、もう一枚。
そんな俺に笑いながら対面に腰を落ち着けた伯母は、改めて、と何かのファイルを三冊、テーブルに並べた。透明のファイルと、黒色のファイル。それから少し日に焼けた青色のファイルだ。
「それは?」
「症候群の記事やニュースのスクラップ。こっちは地域から外へ行った人の名簿…みたいなものだね。個人情報だから連絡が取れたうえで同意を得られた人だけだけど。これで名前の類似性に気付いたんだよ」
透明のファイルには、新聞や雑誌の記事、インターネットで拾ったのだろうウェブニュースまでも印刷されてスクラップされていた。日付は……今から二十年前。おそらく伯母が町を出た頃からなのだろう。次に見せられたのは青色のファイルで、漢字とカタカナでフルネーム、生年月日に、町を出た日付、帰省の回数やその日付、家族の有無…個人情報ではあるが、メインはあの町に関するところばかりだ。一、と番号のふられた一行目には、伯母の名前がつづられている。
「で、これ」
「うん」
「さっき言った、近親婚の情報」
一番薄い、黒色のファイル。表紙をめくった伯母が、まるで飲食店のメニューをみるように、俺の前に広げた。お堅い書式のそれは、伯母の言ったとおり、終戦の翌年までの日付が残されている。婚姻についての、という契約書のようなものまでピックアップされていた。手書きで達筆なものも散見される。
ぺら、ぺらと何ページかめくっていると、ふと知っている名前をみつけて、動きが止まる。それは、間違いなく俺と伯母が同じくして名乗る文字。手を止めた俺に、伯母が手元を覗き込んできて、アァ、と感嘆とも相槌ともとれない声を出した。
「そう、"うち"も、割と直近まであったんだよ、近親婚」
具体的には、アタシの母親、アンタのばあちゃんの代まで。
続いた言葉に、こくりと喉が上下した。近親婚が必ずしも悪だとは俺は断定できない。けれど、それ以上にリスクは看過できないもののはずだ。
くあ、とあくびをしたリクが、ピョンとひざから飛び降りて、先ほどのクッキーを取り出した棚の上に登っていった。そこにはリク用にクッションが置かれていて、しっかりとした昼寝ポジションになっている。
「知ってる? 遺伝子情報が近すぎると、子どもができにくかったりするっていう話」
「う、ん……理科か、社会でやったと思う」
「そうなの? 学校の勉強も捨てたもんじゃないね」
からっと笑った伯母は割れて半欠けになったクッキーを口に放って、ブラックコーヒーをすすった。彼女の肩にかけただけの薄手のカーディガンが揺れる。先日までの猛暑が嘘のように急に冷え込んだため、朝に二人して寒い寒いと言いながら慌ててカーディンガンを取り出したのだ。俺は濃い青色の、伯母は柔らかく淡い紫色。二人そろって寝間着の上にそれだけ着て、身を寄せ合って温かいスープを朝食に用意したのはつい数時間前だ。
「精神疾患、絶対ではないけど脳にも問題があると踏んでる。実際どんな影響が出るかってのは定かじゃないけどね。ない話じゃないと、思うよアタシは」
「そう……だな。うん」
人魚症候群。はじめは声の出し方が分からなくなり、話せたり話せなくなったりを繰り返して最終的には言葉を失う。その後に片足か両足か、足の自由をなくして自立行動が難しくなり、次第に身体が水に触れていないと呼吸できなくなる。水に触れている部分は足先だけでよい、という話から湯船のように半身以上浸かっていないといけないという説もあったという。おそらくはそれもきっと進行度合いに近いのだと、思う。そして最後には、とても幸せそうに泡と還るのだと笑って、息を引き取るのだそうだ。当然症候群の進行の過程で食べられるものが変わっていったり、睡眠がとりづらくなったり、どんどん身体は衰えていくのだ。
区分は精神疾患ではあるが、もしも近親婚による遺伝子情報の影響であるのなら、それは人災ともいえるのかもしれない。
「あの町から出たところで、遺伝子を持っている以上、症候群から百パーセント逃れられるわけじゃない」
「うん」
「けれど、絶対治せないわけじゃない」
「うん」
「覚悟しておきなよ。アタシの持てるすべてで、解明して見せるから」
俺は三度「うん」と頷く。まるで、それ以外の言葉がわからなくなってしまった様に。
***
リオン(漓遠)
主人公。地元でまことしやかに流れる奇病の話と、どこか閉鎖的な考えに嫌気がさして思い切って町を飛び出した。
リノ(離乃)
リオンの父親の姉、伯母。リオンの絶対的な味方。仕事はフリーの医療ジャーナリストで、界隈では結構有名。自分より十歳若い同性の恋人がいた(過去形)。
リク
リノの愛猫。メス。美人。
父親
リオンの父親で、リノの弟。昔から姉には頭が上がらない。リオンが町を出たいと言った時の目が、二十年近く昔に町を出た姉とそっくりだったので送り出した。うまくやれよ。
母親
リオンの母親。生まれも育ちもこの町。良くも悪くも町の人なので因習をおかしいと思ったことはないし、近親婚も必要であれば受けるつもりもあった。けどうっかり現旦那に惚れ込まれて口説き落とされた。
つけたし
人魚=海=夏か? という安直なアレだけど、こねくり回した中身がちょっと陰鬱な感じになったので華やかさ(猫)をつけ足して、晩夏~初秋という雰囲気。高校一年生のリオンはまだたぶんオリゴ糖に出会ってないんじゃないかな……。という雑な想定。オリゴ糖に出会ったら瞬く間に発症するし、伯母はこの時点できっと悟ってる。
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