第13話

仕事の電話が終わりリビングに麗子さんが戻って来てからの3人での会話を僕はあまり覚えていなかった。

ただルカの方をあまり見ない様にしていた事は覚えていた。

「見ない様にしていた」というより「見れなかった」という方が正しかった。


昼食の御礼を言い帰ろうとする僕を麗子さんは何度か引き留めた。

それは形式的なものではなかった。

父「桂木 明」との繋がりを持つ僕をもう少し側に留めておきたい・・・

そんな麗子さんの意志を感じるものだった。


僕はやはり麗子さんと父を会わせたかった。

母の気持ちを考えていない訳ではなかった。

僕は母をとても愛していた。

「如月麗子とその娘」

の存在を知った時の母の混乱や悲しみは僕には痛いほどよくわかった。

それでも僕は麗子さんと父を会わせたかった。


姉にこの一連の出来事を全て打ち明け、相談してみようかと一瞬考えた事もあった。

だが、何故父が僕だけにこの事を打ち明けたのかという事を考えたらそれは出来なかった。


僕は定期的に実家の母と姉と連絡を取りながらバイトに没頭した。

どこかに遊びに行く訳でもなく、

「部屋とバイト先の往復」

だけの夏休みを過ごしていた。


僕はバイト先の詰所で携帯のディスプレイを眺めていた。

ルカとは携帯番号の交換をしていた。

麗子さんの家を訪問してから一週間経ったが特にルカからの連絡はなかった。


ルカはあどけなさと少しばかりの大人っぽさが微妙に同居する魅力的な女の子だった。

同年代の男が放っておかないだろう。

僕の様な地味で社交性にかける一緒にいても特に面白くもない男に興味があろうはずがなかった。


『今日給料日だね』


特に人の気配を感じてなかったので僕はビックリして顔を上げた。

社員の佐原さんだった。


『あっ、そっか。今日給料日だ。ここはバイトも社員さんも給料日同じですか?』


『同じだよ。だから私も給料日』


『律君、誰かからの電話待ってたの?連絡を待ち焦がれてるって顔してたわよ』


『そんな人、居ないですよ・・・ていうか、僕、そんな顔してました?』


『してたわよ。』


『あのさ、律君って彼女とか居るの?』


『居ません。そんな兆候すらないです』


『律君ってさ、自分では絶対気付いてなさそうだけど、結構女性陣から人気あるんだよ』


『絶対嘘です、それ。ここでバイト始めてから仕事の事以外で女の人に話しかけられた事一度もないです』


『バカねぇ~意識してる相手にはなかなか話しかけれないものなのよ。恋愛感情のない相手には気軽に話しかけれるけど、気になる相手にはなかなか話しかけれないものなの』


『佐原さんはこんな風に気軽に僕に話しかけてくれるから、僕は恋愛対象外なんですね』


話を合わせる為に僕は話の流れでそんな風に答えてみた。


『私は・・・ちょっと違うかも』


『えっ?』


その時、館内放送で佐原さんが呼ばれた。

意味ありげな笑顔を僕に向けて佐原さんは職場に戻って行った。


僕は以前から何となく佐原さんを意識していた。

自惚れではなく、佐原さんの僕に対する言動は

「好意を持ってくれてるのかな?」

と思えるものだった。

だから先程のやり取りは僕にとってとても嬉しく思えるはずだった。


でも、さっき詰所で佐原さんに言われた事、あの言葉は少なからず僕を動揺させた。


『律君、誰かからの電話待ってたの?』


僕は佐原さんに嘘をついた。


僕は、


自分でも気付かないうちに、ルカからの連絡を待っていたのだ。

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