第10話
その日は朝からどうにも落ち着かなかった。
『感情の起伏が乏しい』と周りから言われている僕にとって、それは珍しい事だった。
とりあえずいつものルーティンをこなそうと、パンとヨーグルトの朝食を取り、洗濯物を干して、シャワーを浴びた。
そして髪を乾かした後ベッドに座ってテレビをつけた。
何も頭に入ってこなさそうだったので、テレビショッピングの番組をぼぉーっと眺めていた。
司会者が1日一粒服用するだけで膝の痛みが劇的に改善されるというサプリを熱心に視聴者にすすめていた。
如月麗子の自宅はA県のH市にあった。
僕が住んでいるN市からは僕の原付で一時間弱で到着出来る距離だった。
途中で買い物する事を考慮して早めに出発する事にした。
テレビを消し、ヘルメットを手に取り部屋を出た。
外は快晴だった。
僕は途中で花とケーキを買った。
ケーキは僕が気に入っているお店で僕が見繕った。
花は正直何を買って良いか全くわからなかった。
女性の店員に『贈り物ですか?』と訪ねられた。
色々説明するのが面倒くさくなってきたので『歳上の女性に贈るつもりだ』と答えておいた。
名前はわからなかったが何種類かの花を綺麗な花束にしてくれた。
道は空いていた。
風が気持ち良かった。
正午少し前に目的地に着いた。
平屋の北欧風とでも呼ぶべきなのかとてもお洒落なたたずまいの一軒家だった。
庭が広かった。
そこにはテーブルと椅子が置いてあり1人の女性が座って本を読んでいた。
原付のエンジン音で僕に気付いた様だった。
僕はエンジンを切りヘルメットをシートの下に入れた。
そして前かごからケーキと花束を手に取った。
椅子に座って本を読んでいた女性は本をテーブルに置き、こちらを見た。
彼女と目が合った。
肩より少し長い位の、たぶん白くなるにまかせたままの髪を無造作にアップにし、グレーのワンピースを着ていた。
雑誌やテレビで何度も見た事のある、今日僕が会いに来た、如月麗子その人だった。
彼女はゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。
僕は歩み寄る事が出来ずにその場で立ち尽くしていた。
『律君ね』
そう言って彼女は微笑んだ。
僕は緊張のあまり挨拶も出来ず、
『これ・・・』
とケーキと花束を手渡した。
彼女は御礼を言い受け取った。
そして、
『貴方が選んだの?』
と花束を指差した。
僕は首を振り、花の事はよくわからなくて店員さんに選んで貰ったんだと言った。
『何て言って選んで貰ったの?』
『歳上の女性に贈る用だって言って・・・』
『確かに歳上の女性で間違ってはないけど』
そう言って彼女は笑った。
『中でいただきましょう、このケーキ」
そう言って彼女はそっと手で僕の背中を少し押した。
如月麗子。
父が愛し、そして父の子供を生んだ人。
僕は彼女の後について歩いていった。
これから何が起こるのか僕には全くわからなかった。
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