第8話

A県に戻った僕は夏休みの間だけと決めて始めたバイトに没頭した。


倉庫内でピッキングを行うバイトだった。

台車を押しながらハンディを片手に指示された品物をあらかじめ決められたバケットに入れて集荷して行く。

同じ事の繰り返しの単調なこの仕事はとにかく離職者が多く、いつも人手不足だった。

バイト同士で勤務中に会話なんてしようものなら社員が飛んできて注意された。

そんな堅苦しい雰囲気も人手不足に拍車をかけた。

僕は特に友達も居らず、元々人とコミュニケーションを取るのが苦手な性格だった為、独りで黙々と行えるこの仕事はむしろ性に合った。

集中力が切れるとピックミスの原因になるという事で、ここでは2時間おきに10分間の休憩を取る事をすすめられた。

詰所で休憩していると1人の女性が入ってきた。

社員の佐原さんだった。

年齢は僕より2つ上で、僕がこのバイトを始めた時の僕の教育係だった。


『お疲れ様。律君、帰省してたんだって?』


『はい。すいません、お休み貰っちゃって』


『それは良いんだけど、こんな短い帰省で良かったの?もっとゆっくりしてくれば良かったのに』


『いや、あんまり休むと給料に響くし、佐原さんに忘れられちゃうんじゃないかと思って』


『上手い事言うわねぇ~。まっ、律君が良いならこっちは助かるんだけどね。』


佐原さんは僕がこのバイトを始めた日から何故か僕の事を下の名前で呼んだ。

佐原さんはとても綺麗な人だった。

僕が居るフロアのマドンナ的な存在だった。

そんな佐原さんから親しげに下の名前で呼ばれる僕は同じバイトの男性からだけでなく、社員の男性からも嫉妬の目で見られた。

僕は若干の居心地の悪さと優越感を同時に感じていた。


佐原さんが職場に戻った後、僕は一枚の紙片をポケットの中から取り出した。

そこにはある女性の住所が書かれてあった。


父は僕に何かを頼んだ訳ではなかった。

『会いに行ってくれ』とも『今の俺の状況を知らせてくれ』とも言わなかった。

ただ一言『一目で良いから会いたい』と。

そう言ってこの紙片を僕に手渡した。


父の希望を叶えてあげたいと思う一方、そんな事を望む父はあまりに身勝手だとも思った。

しかし余命1年・・・

そう考えると、父のその望みは、とても切なく、とても悲しい事の様に思えた。

会いに行ったところでどういう反応をされるか全く予想がつかなかった。


僕は会いに行く事に決めた。

カチっと音がした。

そんな音がここで聞こえるはずはなかったのだが、僕には確かにその音が聞こえた。


それはずっと嚙み合わないまま空回りしていた歯車が、綺麗に嚙み合った時の音だった。

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