第27話 夕闇の酒宴

 信忠は小姓達の一部の者を集め、東屋で小さな酒宴をした。

近く、いよいよ長島一向一揆攻めが始まる。

最近になり小姓に加わった勝丸のような若輩は別として、

三郎、清三郎など十代半ばの小姓達は共に出陣する。

戦に出れば寝食を二の次にして忙しく立ち働くのが

小姓達だった。

 労いの意味を込め、

信忠は出陣組を呼び、酒を酌み交わした。


 岐阜には海がない。

しかし山と川の幸は豊富で、この時期はとりわけ鮎が出色だった。

 織田家が管理させている大きな簗場があって、

今夕はそこから鮎を取り寄せていた。

 新鮮そのものの鮎の塩焼きや燻製は小姓達を大喜びさせた。


 「若殿、頬が落ちるとはこのことでございます!」


 「月より団子、月より鮎ですね!」


 三郎を筆頭に皆、大いに食べ、飲み、楽しんでいる。

酔うのが早い者は早速、謡い、踊り始めている。


 信忠の両脇は三郎、清三郎だった。

三郎は色気より食い気で、尚も言うなら、

酒は一杯、二杯で、とにかく食い気先行だった。


 「鮎の塩焼き、握り飯に合いますよ、若殿。

鮎を食らえば飯が食いたくなり、飯を食えば鮎がまた美味い」


 「そうか。それは何より。食い過ぎだけは気をつけよ」


 「はい!」


 と言うが早いか、また次の握り飯に手を伸ばした。

そんな三郎は困ったものだが、可愛かった。

織田家に敗北し、臣従した土豪の子なのだから、

成り行き次第では当主や子は切腹、または磔、

その後は御家断絶という道も有り得たはずで、

当時、幼かった三郎も、

生命の危機を感じる日々があったに違いなかった。

苦労を感じさせない三郎が信忠は好ましかった。


 口数の少ない清三郎は黙々と桃を剝いている。

剥き終わると、木杓子で細かく切り分け、


 「どうぞ」


 と信忠の前に皿を置いた。

高位の武家の家臣としての素養はまだ足りないが、

甲冑商の息子だけはあり、武芸には長けていて、

小姓勤めの様々を懸命にこなそうとする姿勢も好ましい。


 桃を食べながら、信忠の思考は、やはり仙千代に飛んだ。

最初、池に小石が飛んだ音を何かが破裂したのかと危ぶみ、

石礫いしつぶてだと知った時は、

視界の悪い夕闇、しかも城内で誰の悪戯かと立腹したが、

仙千代が投げたものだと知ると、叱る気が失せた。


 腹が立たなかったわけではない。

やって良いことと、そうではないことがある。

城主の嫡男が居る方向に向けて石を放るなど、

断じて許されはしないことだった。


 仙千代の行為に苛立ちを覚えはしたが、

苛立ちの理由わけは、


 そんな子供じみた真似をして、

沙汰を下されかねぬ危険なことを……


 信忠とて、常に仙千代を庇えるわけではない。

信長も同様だった。

どれほど寵愛していようとも他の者の目というものがある。

上に立つ者が信を失えば組織は成立しない。

 仙千代が石を投げた時、

共に居たのが、信忠が褥に引き入れ、

仙千代に親しみを覚えている三郎や清三郎でなかったら、

あのままでは済まされなかった。


 そして、信忠が清三郎と睦む場面を目の当たりにし、

本来、慎ましいはずの仙千代が、

見境なく激情に走ったことも哀れに過ぎた。


 何故、いつまでも想っているのか、

もう嫌っても、忘れても、構いはせぬのに……

その方が、二人共が楽なのに……


 という思いからで、

むしろ苛立ちは信忠自身に向けられていた。


 あれほど酷いことを言われ、冷たくされて、

まだ思っているとは……

 儂はどれほど仙千代を傷付け続けるのか……


 桃の味がよく分からなかった。


 清三郎が仙千代の石投げの腕前を誉めた時、


 「最高は七段飛ばした」


 と答えた仏頂面も愛おしかった。

言い方そのものはぶっきら棒ながら憎めないものがあって、

つい、笑ってしまいそうになった。

そのような瞬間は、どうしても、

仙千代のかけがえの無さを再認識させられて、

周りの誰もが霞んでしまう。


 仙千代と話をしたい……

何の障害もなく、心置きなく、二人だけ……

語り合って、笑って、二人だけ……


 見果てぬ夢だと知っていた。


 「若殿、御酒はいかがです?」


 清三郎が酒をすすめた。


 首の赤い斑点を、

信長に吸われた痕だと放った仙千代も哀れでならなかった。





 

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