第23話 *褌*

 以前は触れられたなら身を硬くしているばかりであったのが、

信長に拓かれた身体は今や快楽の深い部分を知り始めていて、

口を吸われれば艶妖なその後の睦み事を思い、

股間が熱く、硬くなる。

 だが、芯に疲労をため込む質の信長が、

身を解されることを好むと知っているので、


 「いえ、もう少し。まだお疲れが残っておいでです」


 と、仙千代は言い、

凝り固まった肩や背に指を入れた。


 「うむ……まあ、それならそれで……夜はまだ長い……

ああ……仙は最高じゃ……他には居らぬ……」


 仙千代の指の動きに信長は陶然となっている。


 「ううむ……よう効く……妙なる技……」


 このような時も仙千代は漠然と為すのではなく、

日によって異なる凝った部位を探りながら手指を入れる。

それにより主の体調が伝わり、安らぎに身を任せているのか、

湧き上がる快感に酔っているのかの別も知れる。

 信長が身を委ねている心地良さが、

徐々に変化を遂げつつあることが、息遣いから伝わってくる。


 信長が全裸になるよう命じた。


 「何ゆえ……」


 逆らえないと分かっていても追い詰められたようになり、

呼吸がいったん止まり、脳の髄がカッとなる。


 「決まっておる。無粋なことを言うでない」


 困惑気味に恥じらいながら褌一枚になった。

海や川なら丸裸でも何とも思わないが、褥で命じられ、

絡む視線の前で裸体になることは羞恥以外何ものでもない。

 

 近ごろ仙千代は褌だった。下帯は暑くてかなわない。


 「脱がせてやろう」


 信長は横たわったままで仙千代の腰の白い布をするりと剥いだ。


 「スウスウ致します」


 両立膝の仙千代が股を閉じ気味にして軽く手で覆うと、


 「最も愛いういところが見えぬ。隠してはならん」


 どの箇所に眼差しが注がれているのか、

恥じらう気持ちから顔を背け気味にしていても感じられ、

唾を飲み、息が荒くなる。


 「美しく出来ておる……何処をとっても」


 何とも答えようがなく、薄っすらと汗が滲んだ。


 「やはり恥ずかしゅうございます……」


 「言いはせぬ。恥ずかしがらぬなら」


 結局、一糸まとわぬ姿で働くことになり、

徐々に異様な興奮が押し寄せてくる。


 水無月の終わりのことで陽が長く、空はいつまでも仄明るい。

先ほどまで眠気半ばで揉まれていた信長が、

今は間近から、毛穴さえ数えているように思われる。


 仰向けになった信長は純白の絹の小袖が寝乱れて、

下帯が覗き見えていた。

 初夏の陽は未だ沈みきらず、

生まれたままの格好で奉仕している仙千代は、

絡み付く信長の眼差しから逃げようとして、

姿勢がつい不自然になる。

 信長の手は仙千代の其処彼処そこかしこを撫で摩っている。


 「隠しても、隠れてもならぬ。

見えぬではないか、仙が今、どのような具合なのか」


 「不公平でございます、殿は御着物をお召しのまま。

私にばかり、このような……」


 「このようなとは?」


 切望する獲物を追い込んだ狩人なのか、

寵愛の生き物を睦む飼い主なのか、

戯れで弄ぶ響きが口調に含まれていた。


 「意地悪な御方は嫌いです……」


 拗ねたような台詞を放つと身を捩り、

信長の視姦から逃れようとした。

 半分は含羞で、半分は手管だった。

着衣の相手の前で素っ裸でいることは辱めに近く、

恥ずかしさで全身が火照ってしまうと同時、

信長の気分を察し、望むところを供しもする。


 信長の顔立ち、指や爪、それらは時に信忠を思わせた。


 若殿にこの姿を見られたら生きてはいけない……

ああ、でも若殿の心に、仙千代はもう居ない……

儂が誰と何をしていようとも若殿には興味の外でしかない……


 渦巻く痛みとせつなさは信長との褥で媚薬になった。

信長に信忠の幻を認めると燃え、

信忠を忘れたい一心で忘我の境地を追い求め、

信長に申し訳ないと思えば奉仕の限りを尽くし、

己への憐憫、嫌悪、様々な懊悩に苛まれては、

それが閨房での燃料となり、信長を悦ばせる。


 「仙のような者は初めてじゃ……仙ほどの者、他には居らぬ」


 愛欲の炎に火のついた信長の言葉を、

額面通りに受け取ることはしないが、

いくらかの真実が含まれていると知っている。

他に相手は居る上、

まだまだ子を増やそうという信長なのに、

仙千代が呼ばれる夜は減ることがなく、

時の余裕さえあれば褥での信長は執拗だった。


 仰向けの信長が仙千代の腰を抱き、

その顔面へ引き寄せると、仙千代の陽根を口に含んだ。

望まれた仙千代は軽く抗う真似をしながらも、

信長の顔を跨いだ姿勢で茎を舌で愛撫され、

互いの視線を絡ませた。

 天下人に等しい存在が、

さも愛しいのだという恍惚の面持ちで、

見下ろす仙千代の先に居た。




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