第11章 

第1話 警鐘①

 ギルド対抗戦も幕を下ろし、人々は近付く祭りの終わりにもの寂しさを抱きながらも達成感にも似た雰囲気に包まれていた。


 最終競技の芸。どの演技も素晴らしく採点が非常に困難であったという前置きの下、優勝者に選ばれたのはガーワインであった。


「二人ともお疲れ様。とても素敵だったよ」


 月並みな誉め言葉と力強い拍手で、ジルがブースに戻って来たセラ達を迎える。セラは少しはにかみながらメイド服のスカートを揺らした。


 優勝こそ逃したが彼女達が見せた演技は観客の心にしっかりと残っており、ブースに帰って来る道中でも多くの者に拍手や賞賛の言葉を贈られていた。


「いやホント。凄く見ごたえがあって楽しかったよ。優勝しても何もおかしくなかった!」


 酒の入った樽ジョッキを片手にそう告げるロバートの隣ではカミタカが満面の笑みで頷いている。セラとカリナは今一度、ギルドのメンバーから暖かな拍手を受けた。


 ナナは帰って来るなり再び絵を描き始めていた。彼女を待ち望んでいたギャラリーからも歓喜の声が上がる。あの会場でお絵描きさせておいた方が優勝できたのでは、と、その様子を横目で眺めるジル。


 祝宴ムードの中、ガーワインが遠くから歩いて来るのが見えた。頭一つ抜けた長身に眩い銀の髪と黒いコートだ。否応にも目立つ。


「やぁ」


「おやおや。これはこれは。ウチの自慢のメンバーを差し置いて偶然にも優勝されたガーワイン殿ではありませんか。嫌味の一つでも言いに来たか?」


「どんだけ大人げないんだよお前は……」


 早々のジルの棘のある物言いに、ロバートもガーワインも苦笑を浮かべる。セラ達が優勝を逃したことを一番気にしているのは他でもないジルであった。


「ごめんね」


「素直に謝られるとそれはそれで腹立つ」


「何なんだよお前……」


 当然、ガーワイン優勝者としてのマウントを取りに来たわけでは無い。共に競い、そして楽しんだセラ達へ賞賛の言葉を贈りにきただけだ。


 そして、用事はもう一つあった。


「カリナちゃん。コレ……」


 ガーワインがコートの中から取り出したのは、一体の小さな人形。淡い褐色の肌と藍色の瞳。そして黒い髪からひょっこりと覗いた可愛らしい獣耳。どことなく、カリナに似ている。


「わ、わ。え?これ、私ですか?」


 差し出された可愛らしい人形を前に瞳を輝かせるカリナ。


「うん。ホラ、お人形、欲しいって言ってたから。あんまり似てないけど、良かったらどうぞ」


「え……!良いんですか?」


「うん。どうぞ」


「わぁ~……!」


 カリナは人形を受け取ると、両手で抱え頭上に翳した。木材で作られ関節もしっかり作り込まれているその人形は手足をだらりと垂らす。よく見ると背中に細い棒が二本と細やかな糸が備えられていた。どうやらパペット人形のようだ。


 カリナは早速棒を手に取り、慣れない手つきで人形を操る。カシャカシャと音を立てて謎の踊りを披露する人形を前に、セラが感嘆を漏らした。


「まぁ~!可愛すぎます!カリナちゃん、良かったですね~!」


「えへへ……。ガーワインさん、ありがとうございます」


「どういたしまして」


 ミスラやククルもその輪に混じり和気藹々とした空気が流れる中、傍から見ていたとある一部のメンバーから漂う負のオーラ。


 発信源はジル。そして、非公式にて結成されたカリナファンクラブのメンバーだった。


『あの野郎……。メンバーでもねぇくせにカリナちゃんに馴れ馴れしく話しかけやがって……』

『俺達に無断でプレゼントとは、ふてぇ野郎だ』

『クソッ。カリナちゃんは人形が欲しかったのか。あんなに喜んじゃって……』

『どうする?今ここで始末しておくか?』

『まて、相手はガーワインだ。ここは彼の意見を仰ごう』


 不穏な密談を交わしていたファンクラブのメンバーは、カリナの主へと一斉に視線を送る。


 ジルは眉間を深く刻み、小さく頷いた後、親指で首を掻き切るジェスチャーをした。


「アホか」


 隣に居たロバートが暴君の頭を平手で叩く。


 ぴょんぴょんと跳ね、喜びを顕わにするカリナの横では、セラが羨ましそうに人形を見詰めていた。


「お前も作ってみれば?」


「……割と真剣に考えている」


 冗談のつもりだったのだが、真剣な、かつ殺気の籠った面持ちで彼らのやり取りを眺めているジルにロバートは眉を垂らし肩を落とした。そんな中、カミタカが自慢の大胸筋を唸らせながら皆の前に躍り出る。


「みんな本当に素晴らしい!!とても感動したよ!キミ達は我らがギルド『ゴゴリア』に入団する権利が大いにある!是非とも今すぐ移籍してくれたまえ!」


 突然の勧誘に皆が唖然とする中、ジルがセラにポツリ。


「通訳を頼む」


「同じ言語ですね」


 聞くところによると最近『ゴゴリア』は深刻な人手不足らしく、人員の補充が急務なんだとか。今回魂礼祭に参加したのもどちらかというとそれが大きな目的らしい。


 ギルドの特異性故に勧誘は思うようにいっていないらしいが、今のようなカミタカの勧誘方法を見ればそれも頷ける。


「苦労してんだな、お前のとこも」


 勧誘に失敗したカミタカに酒を渡すロバート。


「傭兵崩れはよく来るんだけどね~。ついてこれなくて辞めていく人が後を絶たないんだよ。そりゃウチのギルドは色々と厳しいけど、でもそれ以上に来る人の実力が低過ぎるのがね。あれじゃ、食い扶持が増えるだけだよ」


 そんな苦労話も交えつつ、他のメンバーも交えつつ、皆が酒やジュースを酌み交わした。


 何だかんだで魂礼祭も終盤。長いようで短かった楽しい時間も終わりが近付く。


『はいは~い。皆様~。お楽しみのところ誠に申し訳ありませんが、御成長して頂けると幸いで~す』


 今だ喧騒ひしめくセラセレクタの街に響くミリナナの声。彼女と、来賓と、そして運営であるアルテレスが、南の大広場にあるステージに開催式と同じように集っていた。


『皆様、ギルド対抗戦はお楽しみいただけたでしょうか?私は大いに楽しませて頂きました!それはこちらに居られる来賓の方や……』


 長い前口上の後、ギルド対抗戦の結果を発表する旨が伝えられる。


 沸き立つ群衆。ギルドのブースでは多くのメンバー達が固唾を呑んでいた。


『それでは!発表いたします!!』


 ――しかし。その言葉を掻き消すように、街中に激しい鐘の音が鳴り響いた。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る