第7話 とあるサキュバスの想い②
「ふんっ!えいっ!とおっ!」
「……?」
戦いの爪痕の残る玄関前の広場。そこで響く可愛らしい声に、台所へつまみ食いに行こうとしていたククルの足が止まった。何事かと庭を覗くと、そこには小さな手でラダナ石を握り色んなポーズを取りながら汗を散らすカリナの姿があった。
腹の虫の音に急かされながらも寄り道に興ずるククル。
「……何やってんの?」
「ニョッ!?」
不意に背後から声を掛けられ耳と尻尾が過敏に跳ねる。振り向いた先で腕組みをしていたサキュバスの美女に獣人の少女は手にしていた魔石を掌に乗せて見せた。
「魔法の練習です!」
「……あぁ。ラダナ石ね」
もう興味は失せたと言わんばかりに本来の目的へ足を向けようとするククルをカリナが呼び止める。
「ククルさんも魔法が使えるんですよね?」
「……まぁ」
「どんな魔法ですか?やっぱりチャームです?」
「アレは、まぁ、そうだけど。……別にもある」
彼女が使う催淫魔法はサキュバスという生物が元から有している能力としての魔法であり、彼女自身が使える魔法はまだ別にあった。言葉足らずなククルの説明であったが、魔法に強い憧れを抱き続けているカリナの好奇心を満たすのには充分であった。
「実際に使ってるところを見てみたいです」
「……」
そのおねだりに眉間を狭めるが、少しの沈黙の後、カリナの足元に転がっていた小石を指差した。小石は透明性を帯びた黄色い光に包まれ静かに浮き上がる。そしてククルが適当に指先を振るうとその動きに合わせ小石は縦横無尽に二人の頭上を飛び回った。
「わ。わ。凄い。凄いです」
じゃらされる猫の如く小石をキャッチしようと飛び跳ねるカリナ。いつも通りの不愛想な表情を浮かべてはいるが、ククルの指先は忙しなく、そして楽しそうに動き回っていた。
「物を浮かせる魔法ですか?」
「……まぁ、ね」
「えぇっ!?凄い!カッコいいです!」
大袈裟に飛び上がり瞳を輝かせ悦ぶ少女を前に少し得意気に鼻息を漏らすと、ククルは小石を石畳に勢い良く叩きつけた。小石は一切の傷を負うことなく堅い石畳に深くめり込む。浮かせるだけでなく、その対象を彼女の魔力で包み込むことで強度を向上させる事も可能なようだ。
「人にも使えたりするんですか?」
「……」
問いに答えるように、腕を組んだククルの身体が音も無くその場に浮かび上がる。翠の髪が扇形に広がり、妖しい光が黒き瞳に灯る。その神々しい姿にカリナははちきれんばかりの興奮を顔に湛えていた。
「凄い……!凄いです……!」
「……別に。大したことじゃないわ」
とは言うものの、その場で回転して見せたり壊れた噴水の周りを飛び回って見せた。ある程度見せびらかしたところで元居た場所に舞い降りるククルに少女は食い入るように詰め寄った。
メイド服を押し上げる巨大な胸の下から可愛らしい獣耳が覗く。
「その魔法、私にも使えますか!?私も浮いてみたいです!」
「……」
普段ならそんな頼みは聞かないのだが、今この時のククルは少し上機嫌であった。
「……動かないでね」
魔法の先輩は少女にそう告げ仄かに息を吐くと、腰の辺りで両腕を小さく広げ、半開きの手の指先に力と意識を込める。すると、カリナの身体が奇妙な浮遊感に包まれた。
身体の中身が一瞬上方に引っ張られる嫌悪感の後、カリナの足が地面から離れる。
「わ、わわわっ」
「あっ、オイ、バカ!」
驚いたカリナが咄嗟に暴れたせいで魔法の制御が失われてしまい、カリナは小さなお尻を堅い地面に強かに打ち付けてしまった。
だから動くなと言ったのに。その呆れた声は興奮冷めやらぬ少女の耳には届かなかった。
「す、凄いです。感動です。何と言うか、川で溺れた時の事を思い出しました!」
あまり肯定的でない感想な気もしたが、ククルはそっぽを向いて頬を掻いた。
「ククルさんって、魔法が得意なんですか?」
「まぁ」
「良かったら、私に教えてもらえませんか!?」
「いや、それは……」
「
「……!」
前述したとおり、魔法というのは産まれ持った才に寄る要素が多いため人に教わる事はなかなか難しいものである。それを解っているからこそ断ろうとしたのだが、カリナの『師匠』の一言が、誰かに慕われるという初めての快楽をククルに植え付けた。
何とも言えぬ未曽有の高揚感にククルの言葉が詰まる。心の天秤が羽一枚の軽さで拮抗を崩してしまう程度には彼女は悩んでいた。
と、そんな時。
「聞いたぞ聞いたぞ!空、浮かべるらしいじゃないの!」
どかどかと庭へ現れるジル。傍らにはにこやかな表情を浮かべるセラが。どうやら彼女が一連のやり取りを主人に告げ口していたらしい。
天秤は負の方向へ一気に傾いた。
「俺も浮かせてよ!ねぇ!俺も空を飛び回ってみたいんだよ!」
「……」
わざと聞こえるように舌を打つも、鼻息を荒くしたジルはお構い無しに笑みを浮かべる。ククルは本当に嫌そうに目を細め、告げた。
「動くなよ?」
「ハイッ!」
景気の良い返事と共に直立不動の姿勢を取るジル。ククルは両手を彼の前へ掲げ、魔法を発動させた。途端にジルの身体は浮き上がり、周りで様子を見ていた侍女たちも歓声を上げる。そしてククルはそのまま掲げた両手を大きく頭上へ構えると、勢いよく前方へ振り下ろした。
情けない悲鳴を放ちながら遥か彼方へと飛んでいくジル。慌てて追いかけるセラ。
その様子を呆然と見守るカリナに何も言い残す事無く、ククルは気だるそうに欠伸を浮かべながら台所へと足を運ぶのであった。
――後日。
再び自分を師と仰ぎに来たカリナに対し、めんどうだからときっぱり断るククルであったが、それ以降もカリナが魔法の練習をしている時にふらっと現れてはその様子を眺めているのであった。
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