第2話 何であれ一番は良いことだ
自分の仕事も忘れ駆けだすセラ。少しして二階から何やら物音が聞こえたかと思ったら、鼻息の荒いジルを連れて降りてきた。
途端、ククルの顔に濃い影が落ちる。
「聞いたぞ聞いたぞ!魔力、見えるらしいじゃないの!」
どかどかとククルの下に駆け付けるジル。既に鎧を生成済みであった。
「俺のも見てよ!ねぇ!俺の魔法ってどんな感じなの!?ねぇ!」
「……」
わざと聞こえるように舌を打つも、主人は一言、『命令!』と、きっと満面の笑みを浮かべながら言い放つ。最近、随分と容易く命令の文言を受けている気がしてならないククルは眉間に嫌悪と殺意を刻みながら敵愾心丸出しの鋭い視線をジルに送る。
そして、呟く。
「一言で言えば、『バカ』ね」
「ばっ……。そ、それってどんな魔力だ?」
セラもこれには首を傾げる。
「あ、もしかして、あまりにも真っすぐでシンプルに強過ぎるとか!きっとそういう意味ですよ!」
「ははぁ!なるほどね!そう言う事ね!まいったなこりゃ!」
フォローを入れるセラに、理解したフリをするジル。少しでも呼吸すれば脳内が花畑に汚染されてしまいそうな空間で、ククルは今にも白目を剝きそうになりながらも正常な感覚を何とか保っていた。
「お~っす。ジル、金貸してくれ~」
そんな中、更なる異物が混入してくる。怠惰を絵に描いたような呆けた表情と足取りで現れたその金髪の男は、友に対し開口一番に金銭の融通を迫った。
「お、丁度良い、大陸一のバカが来た。ククル、ちょっとコイツのも見てみてよ」
「何だ~?誉めても何も出ないぞ~?出すのはお前だぞ~?」
ホレホレ、と差し出されたロバートの手を叩くジル。
「誉めてねぇよ」
「何であれ一番は良いことだ。で、何の話だ?」
セラが端的に状況を説明すると、突如として湧いた金髪の男は突如として上着を脱ぎ捨て、その引き締まった肉体美を披露する。
「いくらでも見てくれたまえ」
表情を恍惚に染め、顔を斜に反らし、大きく胸を張りポーズをとる。自己肯定と承認欲求に溢れた大胆さのくせして乳首だけは人差し指と中指できっちりと隠している繊細さにジルもククルも心に波が立った。
本当に、心底、自死と天秤にすら掛けていそうなまで嫌悪に満ちた表情を浮かべ主人を睨むククル。鎧男の申し訳無さそうな頷きに、彼女は舌を鳴らす。
「……アンタら二人、似たり寄ったりよ」
ロバートは景気良く指を鳴らし、ジルの肩を抱いた。
「だとさ!やっぱり俺達は似た者同士らしいな!」
「今日ほど死にたいと思った日は無い」
「そうかそうか!死ぬ前に遺産は全部俺に譲ると遺書に書いておけよ!」
「先にお前をぶっ殺してからに決まってんだろこのバカ」
暑苦しい男の腕を振り払い、ジルは鎧を解く。そして、ククルに礼を告げた。
「ありがとう、ククル。楽しめたよ。よかったら、また一緒に遊んでくれ」
屈託の無い笑み。そこにはククルに対する慈愛と敬意、そして感謝が込められていた。ジルは静かに彼女の前へ歩み寄り、寝癖の酷い小さな頭へ手を乗せた、その瞬間。
――平手ではなく、拳で手を叩き落された。
「キモッ……。マジでキモい。死ね」
ジルのそれがめいっぱいの慈愛であれば、彼女のそれはめいっぱいの嫌悪であった。ジルの手に触れた拳の部分を汚れでも拭うかのように床に擦り付けた後、誰にも一瞥をくれることもなくその場から立ち去った。
手を弾かれたままの体勢で石化したように固まるジルの肩を、ロバートが優しく叩く。
「いや、うん。今のはお前が悪いよ」
「……お、俺はただ、頭を撫でようと……」
「うん。うん。だからね?それがダメなの。キモいの。キッツイの。普通に考えてみ?特に仲が良いわけでもない異性に頭を撫でられて喜ぶと思うか?」
「お、俺は嬉しいと思うが……」
「うん、うん……。そうだな。お前、そんなにも童貞を拗らせてたんだな……。ごめんな?俺がもう少し早く気付いてやれれば良かったんだが……」
「え?え?何で?俺、何か変な事した?セラもカリナも、コレすると喜んでくれるぞ?なぁ、セラ?」
救いを求める心の手を両手で包み込むように、セラは力強く頷き主人を全肯定した。その光景に、ロバートの顔からいつもの軽薄さが滲み出た表情が消え、どこか憐れむような、哀しく穏やかな笑みが浮かんでいた。
「大丈夫だ、ジル。俺が助けてやる。俺ならまだ、お前を救えるかもしれない。だから取り敢えず、俺に金を貸せ。な?」
「いや、何でそうなるんだよ……」
二人は取り留めも無いやり取りをしながら自然な流れでジルの部屋へと向かっていった。セラは慌てて浮遊板を片付け、紅茶の準備に取り掛かる。
その後、部屋にてどんなやり取りがあったかは知らないが、ロバートはまんまとジルから金を借りることに成功していたのであった。
―――――
「……」
その日は、中々寝付けなかった。
その日は、珍しくベッドに横たわりブランケットを被っていた。
その日は、少し歩けば全身に汗が滲むような熱帯夜であった。
しかし、彼女の身体は震えていた。
「……」
恐る恐る、瞼を開く。映るのは暗闇。瞼を閉じている時と変わらぬ景色。
「……」
今日、彼女は見た。見てしまった。見てはならぬものを。
彼女はサキュバスである。そして彼女は生物の持つ魔力を見る能力を有していた。
『見える』のではなく『見る』、である。常時魔力が見えているわけではなく、見ようと意識して見るものである。しかし、あの時は違った。『見える』の方であり、『見えてしまった』ものであった。
『冷たい』。何とか捻り出した言葉を思い出す。そう、確かにあのエルフの魔力は冷たかった。しかしそれは物理的な意味で言ったわけではない。
殺意。
あまりにも無慈悲で、冷徹で、残酷な、どす黒い……。
「……っ!」
記憶から逃れるように、彼女はブランケットをより深く被り、瞼を固く閉じる。その恐怖心故か、はたまた魔力に当てられたせいか。その日は最後まで見てしまった。
それは、目の前で家族が殺されたあの日の夢。『見えてしまった』、魔力の夢……。
(……ママ……)
哀しみと、そして憎しみが、彼女の心を少しだけ偏らせていた……。
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