第3話 絶望の影③
「単刀直入に言おう。貴様に我らの仲間になってもらいたい」
「申し訳ないが、お断りする」
必死に冷静を装うセラ。予備のソファーの上で苦い笑みを浮かべるクルス。
セラ特製の紅茶が並べられてから今まで他愛ない世間話に付き合っていたが、痺れを切らしたジルが今回の訪問の理由を問うた結果出てきたバラドの言葉であった。
来客の前に置かれた紅茶は一口も付けられることなく熱を失っている。
「まぁ、話を聞け」
「聞いたところで返事は変わらない」
ジルの明確な拒絶を無視し、バラドは話し始める。
「今、反乱軍の人数は日に日に増加している。しかし所詮は烏合の衆。特に兵役経験の無い民衆に至っては雑用のできる案山子程度の価値しかない」
バラドは拳を握り、声を荒げる。
「それではダメだ。数だけでは戦には勝てぬ。今、我々が真に求めているのは数を遥かに凌ぐ圧倒的な個の力。そして有能な指揮官に、多くの武功と誉を持つ戦士だ。だからこそ、貴様が必要なのだ」
まるで興味がない。その意図を示すよう深い溜息を吐き捨て、鎧を着たまま紅茶を啜る仕草を見せるジル。カップの中身はとうに空であった。
「貴様は何とも思わないのか。この帝国の圧政を、横暴を、理不尽を」
「思わないわけじゃない。でも、俺には関係無いことだ」
「フン。関係無い、か……」
嘲笑混じりに漏れた言葉を皮切りに、それまで柔和に徹していたバラドの表情が崩れ、好戦的な笑みへと変貌する。
「よくもそんな言葉が吐けるものだ。良いか?俺は今、あくまでも勧誘という譲歩したかたちをとっているが、貴様は既に反乱軍として帝国と戦う責務があるのだぞ?」
「は?何を勝手な」
「トラナ王!」
ジルの反論をバラドが怒声にて遮る。狭い応接室が揺れた。
「……トラナ王が殺されたのは、貴様も良く知っていよう」
「知っているが……。それと俺が何の関係があるんだ。まさか、トラナ王が殺されたのは俺のせいだとでも言いたいんじゃないんだろうな?その責任として俺に反乱軍に入れと。そう言いたいわけか?」
「物分かりが良くて助かる」
あほらし。吐き捨てるようにそう呟くとジルはソファーに体重を預け、後頭部を背もたれに乗せた。
「今日アンタらがここに来たことは黙っておくから、早いとこ出て行ってくれ」
バラドは動かず。巨大な歯を露わにする。
「残念だが、トラナ王が貴様のせいで殺されたというのは事実だ」
「まだ言うか」
「実際そうなのだよ。貴様が起こした一件で帝国の威信に大きく傷が付いた。反骨の灯火も大きくなった。それを鎮火する目的でトラナ王は殺され、トラナ公国は滅ぼされたのだ。貴様はその責を受け反乱の象徴になる義務がある。そう、トラナ王のような象徴に、な」
「酷い理屈だ。こじつけにも程がある」
「貴様に義理人情は無いのか。受けた恩を何とも思わないのか。貴様もレギンドの大戦では随分と世話になっただろうに」
「世話になった覚えはない。俺は別動隊だったし、会話どころか直接会ったことすら無い。勝手に恩を着させないでもらいたいな」
「連合国の、そして反乱軍の希望の星であった。我々の崇高な理念の象徴であった。貴様とて、弱き民の解放の為、帝国の悪逆非道を滅す為に戦った筈だろう」
この男は最初から会話をしに来ているわけではない。自らの意見を押し付けそれを無理矢理正当化し、否が応でも自分を引き入れるつもりなのだとジルは悟った。
乾笑を漏らした後、ジルは視線をバラドに戻す。
「俺は傭兵としての仕事をしただけだ。そこに連合国だの帝国だのは関係無い。まぁ、帝国が嫌いだったのは事実だが、だからといって反乱軍に混じって打倒しようとは欠片も思っていない。出来ればどちらとも関わり合いになりたくないね」
「ではあの一件は何だったのか。帝国と真っ向から戦争していたではないか」
「あれは向こうから勝手に仕掛けてきただけの事だ。向こうから手を出してこないのであれば俺も奴等に関わるつもりは無い。それは帝国にも伝えてある。俺はもう、戦争はしないししたくもない。平和にのんびり暮らしていきたいだけの男だ。悪いが、力にはなれない」
「平和ボケしたか」
「平和ボケの何が悪い。生乾きの過去に縋り聞こえの良い正義に酔うよりよっぽどマシだ。もう戦争は終わった。連合国も壊滅した。アンタに指図される覚えは無い。俺は、俺の生きたいように生きるだけだ」
指を揃え、退出を促す。セラが静かに出入り口の扉を開いた。
クルスもバラドも動かない。バラドは爬虫類のような瞳を歪め、嘲笑を浮かべる。
「その答えが、この家族ごっこか」
「……」
安い挑発であった。それ自体は微風の様に感じられた。だが、大切な家族に向けられる狂人の邪な視線は、ジルの殺気を高めた。
鎧を着たままでも解るその変貌ぶりに、クルスは全身を強張らせ、バラドは悪辣な笑みを浮かべる。
「なんだ。そういう貌もできるんじゃないか。安心したぞ……」
「さっさと出て行け。無理やり追い出されたくなかったらな」
「出来るものなら、な」
深く腰を下ろし、組んだ両足を勢いよくテーブルに乗せるバラド。セラが何か言おうとしたが、ジルは彼女の前に手を翳し制した。
「言論の決着は、何時だって闘争だ」
「独り善がりな正義の押し売りか。こんな将なら、帝国に勝てないのも頷ける」
熱気と殺気が充満する部屋の隅で、セラは相変わらず冷静を装いながらも、心の中で必死にジルを制止していた……。
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