第4話 ロマンと魔法にあこがれて① 

 容赦無く降り注ぐ矢のような日射の中、べっとりと肌に張り付いたインナーの感触に内心舌打ちしながら歩くキザったらしい金髪の男が一人。


 彼の名はロバート。今日は休暇を利用して一応友人であるところのジルの屋敷へと遊び来ていた。


「……ぁ……つぅ……」


 あまりの暑さに来たことを若干後悔していた。これならねぐらにしている宿に女でも呼んで水浴びでもしていれば良かった、と。とはいえ目的地はもう目の前。巨大な屋敷とその前に鎮座する噴水が見えてきた。


(やれやれ、どんだけ広い庭だよ。すっかり汗だくに……?)


 ふと、宝石のように眩い冷水を散らす噴水の後で何やら蠢く影。その影の正体は赤褐色の鱗を纏う翼の無いドラゴンであった。ロバートには信じがたい事であったが『彼女』はどうやら薪割りの真っ最中だったようで、四本しかない指で斧を器用に握り人間の太腿大の丸太に振り下ろしては、のどかな庭に快音を響かせていた。


「……!」


 斧を杖のように地面に突き立てやれやれと片手で腰を打つドラゴンであったが、来客に気付くと慌てて斧を噴水の縁に立て掛け、玄関脇に備えてある保冷庫から冷えたタオルを取り出すと、巨体を揺らしながら二足歩行で金髪の男の下へと馳せ参じた。


『ガゥ』


「お、おぅ。ありがとう……」


 見上げる程のドラゴンから受け取ったタオルで顔の汗を拭く。ロバートはこのドラゴンの事に関して既知であったため動揺はせずに済んだが、『彼女』の事を何も知らない他の客だとすっ飛んで逃げて行くだろう。


 大きな紅い瞳に見詰められ居心地の悪さを感じながらもある程度汗を拭う。そのタイミングを見計らっていたかのように差し出されたドラゴンの手の平にタオルを丸めて置いた。『彼女』は満足そうに頷くと保冷庫の傍に置いてあるカゴに放り込み、玄関扉の取っ手に爪を引っ掻け器用に扉を開いてみせた。


「あ、あぁ……。どうも……」


 まるで長年名家に仕えてきた執事の如き素晴らしい出迎えについ頭を垂れてしまうロバート。彼が屋敷に入ったのを確認すると背後の扉が少しだけ大きな音を立てて閉じられた。


「あら、ロバートさんじゃないですか!いらっしゃいませ!」


「うん、やぁ。どうも」


 出迎えたのは絶世の言葉が相応しいエルフの美女。いつもの彼ならばここで気の利いた賛美の言葉を送ろうというものだが、今日は若干頭が混乱していた為随分そっけない言葉が漏れる。しまったと後悔したが、出迎えたメイド服姿の侍女は軽やかな笑みを浮かべ気持ち良くロバートを迎え入れた。


 靴を脱ぎ屋敷へと上がる中、ふと庭の方へ耳を澄ます。重厚な扉の向こう側からは、先程耳にした快音が再び響き始めていた……。



 ―――――



「ドラゴンが薪割りしてるところなんて始めて見たぞ」


 紅茶を啜りながら半笑いで漏らす客人。風通しの良いバルコニーに用意されたティーセットにて、ジルと他愛の無い談笑に興じていた折に出た話題であった。ジルはセラの作ったパイを頬張りながら呆れたように鼻から息を漏らす。


「薪割りだけじゃないぞ。最近は料理なんかもしやがる。簡単な計算や農作業もお手の物だ。このままだといつか人語を話し出しそうで怖い」


「すげぇなぁ……。昔は人間と共生していたって聞くけど、あの姿を見ればそれも納得だな。人間様の役に立ってるぜ」


「役に立つと言えば役に立つんだけどなぁ……。食べる量が凄いんだコレが。五日分の食料を一日で食べるからな。そのせいでわざわざアイツ用の食料貯蔵庫を地下に作らざるを得なかったんだよ」


 喉の奥に張り付いたパイ生地を温い紅茶で流し込みながら愚痴を漏らすジル。文句は言うもののナナの為に尽力はしているようだ。


「まぁ、ドラゴンだからな。そりゃ食うだろ。にしても前に見た時よりも随分デカくなったよな。まだデカくなるのか?」


 ナナは今、高身長のロバートに影を落とす程の巨躯である。これ以上大きくなろうものなら更なる食費の増加に加え屋敷内に入れておく事も難しくなってくる。が、ジルはその問いに手を振った。


「専門家に聞いたところによると、あの辺で頭打ちらしい。助かったよ。これ以上デカくなられたらたまらん」


「そうか。そりゃ良かった」


 三段に連なる皿の上に並べられた色とりどりのクッキーに手を伸ばし、癖の無い甘みを口に感じながらロバートは徐に庭を眺める。そこでは件(くだん)のドラゴンに混じり、エルフと獣人のメイドが水の掛け合いをして戯れていた。


 珠のような水滴がカリナの褐色の肌を艶めかしく流れ、セラの飴細工のように美しい金の長髪を輝かせる。時たまスカートから覗く眩く張りのある太もも。濡れて透けた服に浮き出す下着。そしてセラの躍動感あふれる二つの果実。屈託の無い笑みを浮かべ楽しそうに、まるで姉妹のようにじゃれ合っている美女達の姿に野郎二人は鼻の下を伸ばし、しばし観覧していた。


「……イイな」


「あぁ。イイ……」


 目の奥が浄化されていく感覚を覚える。此方に気付いた二人の女神が満面の笑みを浮かべ大きく両手を振って来たのに対し、男二人は力強く親指を立てて応えた。


「そう言えば、その後どうだ?」


 ロバートの探るようなイヤらしい笑みにジルの眉が潜む。


「どうだ、とは?」


「とぼけんさんな。奴隷の件だよ。お前、結局どこの誰にするのか決めたのか?」


「あぁ……それか……」


 以前、ロバートにサキュバスの商館に連れていかれた後もジルは他の商館も見て回っていた。時には自分で、時にはロバートに紹介してもらって、そして時にはロバートと共に行き、品定めを繰り返していた。


「まだ決めかねているであろうお前にアドバイスをしてやろう」


 ティーカップと皿をテーブルの隅に押しやり両肘を突く。ジルもその道の達人からの突然の助言に慌てて姿勢を正した。


「おっぱいだ」


「……おっぱい……?」


 神妙な表情から出た丸っこい言葉にジルも息を呑む。


「そう、おっぱいだ。おっぱいはロマンだ。お前にはそのロマンが足りていない。次に買う奴隷は間違いなく巨乳の奴隷にすべきだ。男に産まれたからにはそのロマンを追い求めないでどうする」


「待ってくれ、ロバート。おっぱいならセラが居るじゃないか。彼女のおっぱいはそれはもうロマンの塊と言っても差し支えないぞ?」


「甘いな。確かに彼女のおっぱいは豊満だ。だがしかし、あの程度ではロマンの体現者としては成り立たない。勿論、彼女を否定しているわけではない。むしろ逆だ。彼女の場合、おっぱいも勿論素晴らしいのだがそれ以外の要素が強過ぎるんだ。おっぱい以外の部分があまりにも美しく目立っているが為におっぱいそのもののインパクトが薄れてしまっているんだ」


「な、なるほど……っ!!」


 言われてみれば確かに。ジルは腕を組み唸る。


 確かにセラは完璧で眩く美しい。しかし完璧過ぎるが故に、全てが突出しているが故に、逆に突出した何かが無いという印象にもなり得る。良いところを上げろと言われれば『全部』と答えるしかないかの如く。


「良いか?まずセラちゃんはオールラウンダー。全ての頂点だ。そしてカリナちゃんはケモ耳褐色ロリッ娘というこれまた隙の無い属性を持っている。となると、やはり欲しいのはおっぱいだ。巨乳だ。男の本能を掻き立てしかしそれでいて劣情を受け止め包み込む母性を有した女神だ」


「ぼ、母性か?つまり性格や見た目が柔らかい方が良いのか?」


「そこはお好みだ。きつめの性格もそれはそれでアリだ。兎に角おっぱいだ。一見した自己紹介が『おっぱいです』ぐらいの勢いで丁度いいだろう。おっぱい要因さえ埋まればお前のハーレムの布陣もより強固なものになるだろう……!」


「ッ……!ロバート……お前ってやつは……!!」


 男と男の熱くカタい握手が屋敷中に響き渡る。ロバートは半ば面白半分で協力しているだけなのだがジルにとっては値千金の助言であり、彼は誰よりも頼りになる指導者なのだ。熱い友情に二人の口から自然と笑声が漏れる。


 そしてその頃、庭で遊んでいたセラは尖った耳の先をほんのりと赤らめ苦笑を浮かべ、カリナは自分の発展途上の控えめな胸を抑えながら小刻みに震えていた。


 エルフであるセラも獣人であるカリナも人間と比べてかなり耳が良い。その事に気付かぬまま、二人の男子はその後小一時間程おっぱい談議に明け暮れていた……。

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