第2話 大いなる苦難
悩んでいた。
常時頭の中が快晴のジルが、悩んでいた。
最近は思案する機会が増え、軽い頭を抱える事が日常茶飯事になってきているのだが今回ばかりは本気の本気で悩んでいた。
「ん゛ん゛~…………」
机に肘を突き頭を抱える男は背中を情けなく曲げる。絞り出したような濁った声は思考が難儀している証拠である。
ジルは、奴隷のハーレムを築くという野望が早くも頓挫しかけている事態に大いに頭を悩ませていた。
実は近々三人目の奴隷を迎え入れる算段を立てていた。それも、性格も見た目も何から何まで特別淫らで分かりやすく男の欲を満たしてくれるような、そんな奴隷を。
しかし、ジルは実行に移せずにいた。
金が無い?
否。金は傭兵時代に稼いだ分が金庫に唸る程ある。その気になれば娼館ごと買収することなど容易い額だ。
では何が問題なのか。
それは、彼には、ジル=リカルドには、女性に対する耐性が著しく欠如している、ということである。
絵に描いたようなむっつり童貞のジル。女性の身体を触るどころか半裸を見ただけで動悸が早まり血が沸騰しまともに話せなくなってしまう。この前のクエストの時もそう。ちょっとセラの胸に、しかも分厚い服の上から触れてしまっただけで彼はのぼせ上ってしまっていたのだ。
そんな彼がもし仮に先述した性の塊のような奴隷を傍に置いてしまった場合、一体どんな失態を犯すのか分かったものではない。これはハーレムキングを目指す上で致命的な問題であった。
しかも、最近風呂に同行するようになった十三歳のカリナにまでセラと同様の動揺を見せてしまう始末。自分の守備範囲の広さに驚くと同時に、より一層の前途多難に彼の野望は暗礁に乗り上げてしまっていた。
更に悪い事に、湯舟を共にする際に最初は初心な反応を見せていたセラとカリナが、何時の間にか余裕を見せ始めているのだ。彼女達の方が精神的に大人なのかジルが未熟過ぎるだけなのか、兎にも角にも主人の威厳は地に、いや、湯舟の底に沈んでしまっている。
このままでは野望を叶えることは出来ない。何としてもこの状況を打破しなければならない。しかし、自分にはどうすれば良いのか分からない。童貞特有の拗らせたプライドのせいかこんな情けない事を相談できる相手も居ない。
「…………相談?」
ふと、ジルはある噂を思い出した。それは、レムメルの町外れにある小さな教会の噂。確かあそこは匿名での相談を受け付けてくれるシスターが居た筈。
「……これだ!!」
善は急げ。時刻は夕暮れ間近であったがセラに夕飯迄には帰ると告げ屋敷を飛び出した。
そんな怪しい行動を見守る従者が二人。主人の背中が見えなくなったところで二人の美女は顔を見合わせた。
「何かあったんですかね?」
「う~ん。何でしょうか……。随分と嬉しそうに息を荒げてましたけど……」
「何となく、嫌な予感がしますね……。帰って来たら警戒しておいた方が良いかもしれません」
じっとりとした半目で口を尖らせるカリナ。
「あら?それは何故?」
「獣の勘、というやつかもしれません」
可愛らしい獣耳をぴこぴこと動かしながら見えなくなった主人の背中を睨み続ける少女。そんな少女の頭をセラは優しく撫でた。
「大丈夫ですよ。ジル様は優しい人です。警戒は不要ですよ」
そう言うと、夕飯の支度をすべく台所へと向かうセラ。確かに少し邪推し過ぎたかもしれない。カリナは少しだけ反省の色を浮かべると、姉貴分のエルフを追った。
—―二時間後。
「へへへ……。ただいま!!」
ねっとりとした笑みを満面に湛えた主人が屋敷へ帰還した。その足取りは軽く、そのイヤらしい笑みと謎に上ついた機嫌は食事の時間も続き、流石のセラもどこか不審がっていた。
「やっぱり、何か変ですね……」
「そうですね……。カリナちゃんの言っていた事、正しかったみたいですね」
皿を洗う音に紛れ、従者二人はぼそぼそと話し合い。
「どうします?今日はお風呂、止めておきますか?」
「……そうですね。今日はカリナちゃんの助言に身を任せた方が良さそうです」
何か良からぬ気配をひしひしと感じる二人であったが、その後は特にこれと言って異変が起きたわけでもなく、万が一の夜這いに備えて二人はおめかしをしていたのだがそれも徒労に終わり、結局その日は何事も無く終わりを告げた。
最早恒例となったセラの部屋での女子会でもその事が話題に挙がったが、結局杞憂であったという結論に落ち着いていた。
しかし、翌日。ついにジルが動き出す。
そして彼女達は知ることとなる。
ジル=リカルドという男の真の姿を……。
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