第14話 斬るか。逃がすか。

 絵都の胸騒ぎは的中した。あのあと、すぐに喜十郎は大村圭介を伴って篠崎の屋敷を訪れ、勝手口から出入りする商人や小者を片端から尋問して回った。正面きって「祐馬殿はどこにいるのか」などと聞けるわけもなかったからだ。


 半日ほど篠崎家の勝手口に張り付いただろうか、若い中間ちゅうげんに声をかけたところ、その小狡そうな男の顔色がさっと変わった。


「お前知っているな、話せ!」


 いまにも刀に手をかけそうな喜十郎の勢いに震え上がった中間は、篠崎祐馬をに誘ったこと、賭場は徳應寺の別院であること、篠崎に金を貸していること、ここ数日篠崎が帰宅しないでいることなどを白状した。


「殿さまは、今度こそ祐馬さんを勘当するとおっしゃって……。祐馬さんを賭場に誘ったのがわたしだと知れたら、わたしも同罪でクビになります。どうか、どうか、このことはご内密に……」

「よし、黙っていてやる。その代わりにおれたちをその徳應寺の賭場に連れて行け」

「ひえ」

「いやなら、このまま篠崎殿へ注進に及ぶまでだ、どうする」

「……ご、ご案内いたします」


 篠崎家の中間の案内で、徳應寺の賭場に入り込んだ喜十郎と大村が、篠崎について聞き込みをはじめると、賭場の男は、ああ、あの若い侍かと、あっさりと篠崎の消息を教えてくれた。


「あの侍なら、借金のかたに連れて行かれたよ」

「どこへ」

「さあな、頬に白い傷跡のある山のような侍に聞いてみな」

「そいつはだれだ」

「知らねえよ」


 賭場の元締めはでっぷりと太った初老の男で、はらのすわった博徒だった。喜十郎が刀をチラつかせたところで恐れる風もない。


「正直に言わんとこの賭場のこと、寺社奉行へ訴え出るぞ」

剣呑けんのんなことはなしにしましょうや、旦那」

「おれは本気だ。それとも――」


 喜十郎は刀を引きつけて凄んで見せた。


「抜かせてみるか」


 とっさに大村が喜十郎の腕を抑えたほどの気迫だった。これにはさしもの元締めもきもを潰したらしい。


「怖いお人だ――頬に白い傷のある侍は、賭場の用心棒さ」

「どこの賭場だ」

「ここと違って、この国いちの胴元が締めている賭場だよ。知ってるだろ、奇妙公の山御殿やまごてんさ。奇妙公の用心棒にその侍は連れて行かれたよ」

「奇妙……公?」


☆☆☆



「繋がりましたね」


 喜十郎の報告を聞いた絵都は、すぐに支度をして屋敷を出た。「連れていってください」と手を引かんばかりに先へ立ってゆく。従う喜十郎は訳がわからない。


「いくってどこへですか」

「橘さまのお屋敷です」

「えっ」


 絶句する喜十郎を尻目に絵都はどんどん歩いてゆく。


「先日、橘さまが帰城の途中、何者かに斬りつけられことはご存知でしょう。犯人はとても体の大きな侍だったそうです」

「それでは――賭場の用心棒だという?」

「そう。しかも橘さまを襲撃したのは、政道について対立するらしいと兄が……」

「あのお方――奇妙公?」

「そうです。篠崎さんがに取り込まれたのなら、それはきっとあの人――新二郎どのの差金さしがねです」


 喜十郎にも絵都があわてて屋敷を飛び出した理由がわかるような気がした。あの男が――板野新二郎が関わっているとなれば、じっとしてはいられない。緻密で冷酷な意思が動いているに違いないからだ。


「一刻も早く、橘さまにお知らせしないと」


☆☆☆


 絵都の話を聞いて橘厳慎たちばなげんしんは、秋の観月会から公務へ復帰する計画を打ち明けた。観月会の二日前のことだった。観月会への出席を見合わせるよう説得する絵都に対し、橘が首を振って提案したのが――


「観月会には出席する――その代わり、わしの駕籠には影武者を立てよう。そうだな喜十郎ならぴったりではないか?」


 仰天したのは喜十郎である。まさかと思ったし、絵都と橘の考えすぎだと呆れてもいた。しかし、月明かりの下、白く光る道の上に抜刀した篠崎祐馬が現れては、絵都と橘の慧眼に感服せざるを得なかった。道場の後輩は暗殺者となって喜十郎の前に現れたのだ。


 斬るのか。

 逃すのか。

 そもそも――おれにこいつが斬れるのか?

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