第119話 愛(ゆかり)④

「先生。ヒップリフターを縛るのは私の髪を使ってくださいね。」


 愛を仰向けに戻していると、ゆかりが言ってきた。


「それは構わないが、彼女の髪でも長さは足りるぞ。」


「ヘアアレンジ部門の人間として、卒業生の髪を目の前で3本も切られるのは見過ごせません。」


 どうやら色ボケしているばかりでは無いらしい。

 丈太郎はゆかりから受け取った彼女の髪でヒップリフターを縛った。



「昼はミュージアムで食べるのか?」


 後始末を終えて更衣室のシャワーで軽く汚れを落としながら丈太郎が訊ねる。


「先生さえよろしければ、ここで一緒に食べませんか?」


「俺はこれからコンビニに買いに行くから待ってもらうのは申し訳ない。」


 ゆかりは心得たように続ける。


「お口に合うかわかりませんが、先生の分もお弁当を作って来ましたから召し上がってください。」


「それは有難いが、俺が弁当を持って来ているとは思わなかったのか?」


 体を拭いたゆかりは、


「出張の翌日はお昼にお弁当を買いに行かれると部長さんから伺いましたので。」


 と言って白衣を羽織って準備室にお弁当を取りに行った。


 朝、珍しく部長が車で丈太郎を迎えに来たのはコンビニに行かせないためもあったのだろう。

 万事抜かりのない彼のやりそうなことだ。



 更衣室に戻ってきたゆかりは大小2つの弁当箱と水筒を持っていた。


「ありがとう。料理は好きなのか?」


 丈太郎は受け取った弁当箱を受け取ると蓋を開けてみた。

 高価なおかずは入っていないがコンビニ弁当よりは数段手が込んでいる。


「小さい頃からやらされていますから、好きかどうかと言われても自分でもわかりませんが、人に食べていただけるのは嬉しいですね。」


「良い奥さんになれそうなのに男日照りのミュージアムに居るのは勿体無いな。」


「あら、ありがとうございます。先生がもらってくださいますか?」


 ゆかりが頬に手を当ててあざとく上目遣いに丈太郎を見る。


「君は俺のことを知らないだろう?」


「噂はいっぱい知っていますから、この3日間で確かめさせていただきます。」


「間違った噂があれば火消ししてくれると有難い。」


「もらっていただけるなら、悪い噂はそのままにしておいた方が安心なのですが。」


「好きにしてくれ。」


 あれだけ年頃の女性がいれば噂話も盛んなんだろうと思い、丈太郎は噂の内容を想像するのを諦めて弁当に箸を付けた。

 茅野夫人の家庭料理とは違い若者向きの味付けだが、コンビニ弁当よりは遥かにヘルシーだ。ゆかりの弁当箱に入っていないおかずも入っていて、彼女の気遣いがわかる。


「うん。旨いな。コンビニ弁当と比べるのは失礼なぐらいだ。」


「ありがとうございます。最終日までお昼はご用意させていただきますね。」


 ゆかりは丈太郎の胃袋を掴む気満々だ。


「いいのか?こちらも何かお返しを考えないといけないな。」


「それでしたら最終日の夜はクルーザーのゲストルームに泊めていただけませんか?もちろんお掃除もさせていただきます。」


「そんなことでいいのか?」


「お料理以外もアピールしたいので。」


 丈太郎が若さに任せた積極性を微笑ましく思っていると、更衣室の扉がノックされた。


「女湯の側ですね。私が出ます。」


 ゆかりが白衣を羽織って扉を開ける。


「瞳さん?」


「本間先生。内田です。入っていいですか?」


「構わないが、どうした?」


 小さな巾着を持った瞳が女湯の側から入ってきた。


「ゆかりさんがおイタをしていないか見に来たんです。。ゆかりさん、裸でお弁当を食べたら綾さんに叱られますよ。」


 瞳が咎めるが、ゆかりは堂々と答える。


「お母さんじゃないんですから、綾さんも自分がいないところでの事までとやかく言いませんよ。」


「先生。私もご一緒していいですか?」


「俺はいいが堀江くんはどうだ?」


「構いませんよ。瞳さんどうぞ。」



 瞳は裸になって入ってきた。


「わざわざ裸にならなくていいんだぞ。」


「1人だけお洋服を着てるのは居心地悪いです。それにこれは練習なんでしょう?」


 瞳は少し迷ってから丈太郎の隣に座る。


「先生。ゆかりさんに誘惑されてませんか?」


 真面目な表情で訊いてくる。


「まあ、露骨にわかるのは無いな。」


 さすがに未成年の瞳に大人のおもちゃにされそうだとは言えないし、あれが誘惑だとも言い切れない。

 瞳は余裕の笑みを浮かべているゆかりを見ると、自分の弁当箱を開けた。



「先生。出張はどうでした?」


「ああ、今回は楽しかったな。生きている女子高生の裸も見られて参考になった。」


「それって大丈夫なやつなんですか?」


「姫の妹さんが助手をしてくれたんだ。」


 丈太郎は土日の出来事を2人に話して聞かせた。






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