第16話 友里恵⑥

「今日のところはここまでなんだが・・・」


 と言いながら、丈太郎が今までいろんなものが出てきた扉の右の高い位置にある4つ並んだいちばん左の取っ手の付いた引き出しを引く。


「あったあった。」


 と言いながら大小2種類の注射器が入ったトレイを取り出した。

 当然注射器もコーティングされているので真っ白で中は見えず、小さい方でもちょっと自分には使って欲しくないほどの大きさである。

 大きい方は浣腸用のシリンジサイズだ。


「昼に入れておくように頼んでおいたんだ。」


 と、作業台に置く。


「栄養注射だ。腕と脚の大動脈に打つ。この栄養を使ってナノマシンが姫の体を作り変えるんだ。」


「小さい方が腕ですか?」


「ああ、そっちは任せるから両脇の大動脈に打ってくれ。片方に1本だ。脚の方は俺が打つ、場所は鼠蹊部だ。」


 2人で手分けして栄養注射を打った。


「この後数日かけてナノマシンが体を作り変えるまで姫には安静にしてもらうために寝床に入ってもらう。」


 と言って丈太郎が先程の引き出しの方へ作業台を引っ張って行ったので、綾も合わせて後ろを押す。


「ここでいい。」


 丈太郎は注射器を取り出した引き出しを今度は大きく引き出した。

 引き出しの下から救急車で使うストレッチャーの様に車輪の付いた脚が飛び出す。

 綾が2m近く引き出された引き出しの中を覗くと中には人型に凹んだクッションが入っていた。


「主にインナーコルセットが癒着するとき、綺麗な姿勢で固まる様にオーダーメイドで作った型だ。」


 と言って凹みを叩く。

 コンコンと音がするところを見るとクッションではないらしい。


 丈太郎が友里恵をお姫様抱っこをして型に納めた。

 綾は友里恵の髪をできる範囲で整えてあげた。


「ヘアブラシが欲しいですね。」


「川田に相談してみよう。」


 引き出しを元に戻す。

 横に並んだ4つの引き出しを見て、洋画の死体置き場がこんなだったな。

 と綾は思った。


「さて、ちょっと休憩するか。」


 2人で更衣室に戻ってスツールに座った。

 綾は白衣を羽織ったが、丈太郎は腰にタオルを巻いたままだ。


「先生は白衣を着ないんですか?」


「俺が全裸に白衣を着たら変態っぽいだろう?君が嫌だと言うなら着るが、膝を揃えて足を流したりはできないぞ。」


「それはそれで嫌ですね。」


 綾は遠慮なく丈太郎の筋肉を鑑賞させてもらうことにした。


 黙って見ているのも気まずいので、綾は


「川田さんってどんな人なんですか?」


 と訊いてみた。


「俺とは大学の同期でな、俺は法医学研究室に居たのを川田に引き抜かれたんだ。

 ここではミュージアムスタッフの姉御って感じだな。

 東女史との関係は俺にはわからん。」


 女性の人間関係に深入りしない丈太郎は賢明と言えるだろう。


「この後は何をするんですか?」


「ミュージアムの姫たちのメンテナンスだ。個人差はあるが、だいたい数ヶ月のローテーションでこちらに回される、」


「その子はさっきの引き出しに?」


「ああ。今日は1人の筈だが、あの引き出しがいっぱいになっているところに新しい姫が運び込まれると家に帰れなくなる。」


「メンテナンスのスケジュールで調整できないんですか?」


「君が入って効率が上がったらできるだろうな。最近は自転車操業で、その皺寄せが全部俺のところに来ていた。」


「丈太郎先生はとても健康そうに見えるので、そんなに大変だとは思いませんでした。」


「ナノマシンのせいだな。誰も労わってくれん。」


「頑張ります。」


 とりあえず元気付けようと、綾はやる気を見せるのだった。

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