美少女ミュージアム
溝口 由貴
第1話 失われないもの
今から数十年後の未来。
感染症によるパンデミックに対して何の力も持たなかった宗教は、その力を失い、ウィルスとの戦いの障害となっていた「人権」は宗教由来の概念であった事もあり、その野放図な解釈の範囲を著しく減じた。
その結果、社会に新しい商品が流通することになった。
死体である。
パンデミック前、死体は遺体と呼ばれ侵されざる物だったが、宗教が力を失った今、人工的に作るには膨大なコストがかかる医療資源が最も簡単に手に入る宝の山となった。
ただ宝と言っても価値はそれぞれだ。
臓器などは貴重だが、皮膚や骨、脂肪などは培養が容易なこともあり、医療分野ではほとんど価値を持たない。
そう、医療分野では・・・。
パンデミックの時代、人権という枷が軽くなった医学は著しい発展を見せ、臓器を持たない人体のパーツなら単体でも損なうことなく維持することが可能になり、重篤な患者の場合は心肺の負担を軽減するために一旦四肢を切断し、治療によって体力が回復した後に接続することも普通に行われている。
この技術は医療以外にも展開を見せ、死後も美しい自分を残したいナルシストや愛する人との別れを受け入れられない人々の需要を満たすために発展していった。
新しい商品が生まれると、それから効率よく金を生み出すシステムが生まれる。
その中の1つが美少女のみを対象とする奨学金制度「エターナルビューティー」だ。
奨学金を受ける少女は、毎月面接と身体検査を受け、その評価に応じた額の返済不要な奨学金を受ける代わりに、万一その期間中に死亡した場合、その肉体の全てを奨学金基金に提供することになる。
死亡の確率から言って全く成立しないビジネスモデルの様に見えるが、どうせ臓器の移植を受けるなら美少女の物がいいという正直な変態は多く、個別予約制で返金なしという形態が「奨学金を提供しているのだ」という自分に対する言い訳と、これまた変態的な特典もあって審査の厳しい会員制であっても審査待ちが会員数を上回るほどの盛況ぶりだ。
その特典は、自分が予約している少女が無事に奨学金期間を満了して、単なる「足長おじさん」で終わった変態や、彼女が不幸にも期間中に命を落としたのにも関わらず、予約者数が多すぎて臓器を移植されない変態にも適用される。
それを用意するのがネクロマンサーと呼ばれる
「部長! 奨学金の審査を厳しくしてください。このままでは体が持ちません!」
朝一番の部長室で丈太郎は今年何度目かの直談判をしていた。
「本間君、珍しく早いねぇ。」
呑気にコーヒーを勧める部長に丈太郎は
「一昨日から帰ってないんです!」
と詰め寄ったが、顔に数枚の書類が挟まったクリップボードを押し付けて
阻止される。
「これは?」
「君に助手を付けようと思う。ミュージアムもこれからしばらくは大きくなり続ける
から奨学生を減らす訳にはいかんからねぇ。」
自分のコーヒーを飲みながらクリップボードを差し出す部長に丈太郎は
「野郎と一日中裸の付き合いなんてゴメンですよ!」
と、それを押し返す。
「まあ見てみろ。美人だぞ。」
言われてクリップボードに目を落とすと、奨学生になってもおかしくない童顔の
美人の写真が目に入った。2枚目からは身辺調査の報告書らしい。
今時紙の書類とは、これも一種の変態である。
「あんた、処置室の労働条件をわかって言ってんのか?」
思わず口調が荒くなった丈太郎だが無理もない。
処置室は細胞活性化のためのナノマシンが異物の影響を受けないように人間の遺伝子を持たない固体は全てに特殊コーティングが必要なため、一切の衣類が持ち込めないのだ。
おかげで照明はガス灯である。
「第1期奨学生だから大丈夫だと思うんだけどねぇ。」
それを聞いて少し頭が冷えた丈太郎は履歴書を読み始める。
「専門分野はバッチリ合ってるが、男と一緒に裸で仕事をすることになることは話してあるんでしょうね。」
と念を押すと、部長は目をそらして
「仕事に関する技術資料は読んでもらっているからわかってるんじゃないの?」
とうそぶいた。
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