かき氷の彼女

和田一歌

かき氷の彼女

 ぼくが彼女を見かけるのは、いつもかき氷を食べる姿だった。



 身体から汗が噴き出す。止まらない汗を、徒労だとわかっていながら拭い続けた。額から流れて顎をつたい、そして地面へと落ちる雫を皮膚感覚で感じる。

 部活の荷物がギッシリと詰まったカバンを肩から下げながら、今日もこの道を歩く。さすがに夏休みの部活はキツイ。肩にかかる重さを実感しながら、学校への道をなんとか進んでいた。


 部活が終わり、行き以上の汗を流しながら同じ道を歩く。

 部活は好きだ。そもそも好きでなければ部活なんて所属しないし、こんな炎天下のなか毎日学校へ行かない。

 しかし、これとそれとは別なのだ。暑い。暑い。熱い。


 進む道の先に、こじんまりとした食堂が現れた。これ幸いと、引き戸を開け中に入る。室内はクーラーがギンギンに効いていて、生き返る思いがした。

 この食堂ではかき氷も売っている。馴染みのオバちゃんにかき氷を一つ頼み、空いていたカウンター席に座る。ぼくが座った席の隣には、同い年ぐらいの女子がイチゴのシロップがかかったそれを美味しそうに食べていた。

 普段から部活一辺倒のぼくには、女子の隣に座るという行為自体に緊張が伴う。しかもぼくが通っているのは男子校だ。なおさら女子への免疫がない。昼時なので、他に席が空いていなかなったのだ。

 オバちゃんが氷を削るのをなんとなく見つめる。大きな四角い氷が徐々に削られていくのはおもしろい。立方体が直方体になり、小さくなっていく。

 隣に座る彼女と同じイチゴシロップをかけてもらう。子供っぽいと言われるかもしれないが、ぼくは子供の頃からイチゴシロップ一択だった。白い氷にイチゴシロップの赤が映えて好きだったのだ。

 オバちゃんに手渡され受け取る。早速一口食べると、氷の冷たさとシロップの甘さが口の中で合わさっておいしい。毎年食べている味なのに、この季節になると必ず食べたくなる。

 ガッツキたくなるが、頭が痛くなるのは嫌だ。一口一口味わって食べる。芯から身体が冷めていく感覚が気持ちいい。


 周囲の事も気にせず味わっていたが、不意に隣からクスクスという笑い声が聞こえた。そちらを向くと、その女子は気まずそうに苦笑した。

「すみません。あなたがすごくかき氷を美味しそうに食べるから」

「えっと…………」

「突然こんなこと言われても、困りますよね。ただ、普通のかき氷になんでそんなに味わって食べるのかなって」

「それは、……、ぼく部活帰りなんです。だ、だから、あつくって」

 しどろもどろに返答する。その女子はなるほどっと、意味わかった気に頷いた。こんな説明で本当に理解しているのだろうか。自分の事ながら、もっとうまい説明はあっただろうと思う。

「今のでわかったんですか」

「ええ、だいたいのニュアンスは。私も似たようなものだから」

「似たような?」

 その女子の姿を改めて観察する。白いワンピース姿で、とても運動した後には見えない。

「私の場合は知恵熱かな。受験生だから」

 彼女は澄ましたような顔で言った。彼女の皿はもう空っぽだ。僅かに底に水とシロップが混ざった液体が残っているだけである。

「ごちそうさま。あなたの、溶けちゃうよ」

 彼女は言葉に慌てて、自分のかき氷に意識を向ける。言葉通り、明らかに先程よりも溶けてきていた。

「じゃあね」

「は、はい。さようなら」


 不思議な人だ。いつのまにか、彼女のペースにすっかり巻き込まれてしまった。ぼくはまた一口、彼女が食べていたものと同じ味を感じる。



 彼女とは、また会える気がした。

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