──ライヒトゥムベルクの魔法陣──悪霊転生新訳

コウベヤ

第1話 闇の転生①

 世界に同じ顔の人間が三人はいると言う。では同じ顔の街はいくつあるのだろうか。


 とある行商のキャラバン一行が峠を超えると、眼下に広がる大平原と森と海の中にあるリュド王国の美しき王都が視界いっぱいに飛び込んで来た。


 そこで休憩していると一人が標石をみつけた。数年前に来た時には無かったものだ。さらに妙なのはこの標石にリュド王国という文字はどこにもなく、変わりに聞いた事もない国の名が。


「ここはリュド王国ではないのか……ではこの街は一体……」



 リュド王国と同じ顔で違う名前の謎の国、それはさておきこれは大商家ゴールドパーク家の一人娘「ファブリーゼ・ゴールドパーク」の伝説の物語の序章である。



 長い金髪の女が白馬を駆り、颯爽とルービア王家の馬場を駆け抜ける。

 彼女が駆け抜けるところ歓声が沸き上がる。

「きゃー城下で有力な大商家ゴールドパーク家のファブリーゼ・ゴールドパークお嬢様よ」

「なんて優雅なおすがた」

「なんとお美しい」

「新記録だわ」

「うわぁときめくなぁ」

 ここに集うのは王族や貴族、城下の豪商など有力者の子女ばかりだ。


「うっかり新記録を出してしまいましたわ。ここに記念碑を建てないといけませんわね」

 馬から降りて茂みを眺めている短命種の美少女こそこの物語の主人公、ファブリーゼ・ゴールドパークである。


「そこに記念碑を建てられては困ります」

 茂みの中から出て来たその少女の姿を群衆がとらえると、さっきの数倍はある歓声が沸き上がる。

「きゃールービア家の第一王女にして、神聖なる浄化の使命を受けたルツィア・ルービア女王陛下よ」

「なんて超優雅なおすがた」

「ふつくしい……」

「なにもしてなくても新記録だわ」

「うわぁ超クールだなぁ」


 そして、もう一人茂みから出て来たのはルービアの護衛を務めるミレミヤ・ミハーカだ。

「姫様、肩にモモンガがついておられます」

「まぁ」

 彼女は二人の間に割って入り

「悪いが今日の所はお引き取りください。ここの馬場は姫様の訓練を行うためにしばらく王家以外に貸し出していないはずですが」

 ときり出した。

「お姫様が何を訓練なさるのです。この馬場で踊りのお稽古でもなさるのかしら」

 するとルービアは目を丸くして

「まぁ知りませんか。私は近日、異世界の……えーとパパンでしたっけ」

「姫様、ニホンです」

「そう、ニホンから召喚されて来る勇者様と冒険の旅に出るんですよ」


 自分以外の人間にはまるで興味の無かったファブリーゼは全く知らなかった情報だ。道理で近頃の城下は浮ついている訳である。

 だが、そんな事は彼女には関係ない。

「あら、ルービア王家はこの公共施設を一人占めされるのかしら」

「ここは王家の所有物です。賢明なるルービア王家の国民ならばご協力願います」

「わたくし、ルービア王家の国民などと名乗った覚えはありませんわ。ここを退かしたければそうね……馬は私が有利ですし……、あなた達エルフの得意なエルフ相撲で勝ったら退きますわ」


「なんと」

 ミレミヤ絶句。だが当のルービアは

「まあ面白そう。そうね、冒険に出るんですもの。これも修行ね」

 と言うので

「姫様がそう仰られるならば」

 ミレミヤは特別に土俵を作って行司までしてくれる事になった。


「東、ルツィノ山、西、ファブ竜」

 二人は土俵の上で睨み合い

「はっきよい、よい、残った」

 ミレミヤの掛け声でぶつかりあった。


 ファブ竜は明確な勝算があって相撲を持ち掛けた訳ではない。

 ただ、箱入り娘のお嬢様相手なら互角の勝負が出来そうで、あえてエルフ相撲という相手の土俵に上がる事で寛大な自分を群衆に示す事が出来ると思ったからだ。


 ルツィノ山は意外と力強い踏ん張りを見せた。だがファブ竜も負けてはいない。勝負はまだ互角。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 ぶつかり合う二つの魂が熱く燃え上がった時。


「その勝負まったぁぁぁ」

 何か小さいものが叫びながら四足で走って来る。

 これはレッサーパンダだ。かわいい。

「サタケ」

 と呼ばれたレッサーパンダはファブ竜に飛びかかってひっくり返った。彼女こそゴールドパーク家に仕える天才レッサーパンダメイドのサタケなのだ。


「うちのおアホのお嬢様が大変失礼しました。お嬢様にはよくぶって叩いて聞かせますんで、それではごきげんよう」

「ちょっとサタケ、放しなさいってぇぇ」

 サタケはファブリーゼを引っ張って二足歩行で退散してしまった。

「…………」

「…………」

 ルツィアとミレミヤは何も言葉が出て来なくて、ただその場で立ち尽くすばかりであった。





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