夏梅高校オカルト研究部怪奇譚

城島まひる

第1話 男嫌いとタロット占いの話

下校のチャイムが鳴り終えてもまだ部室に残っていた私は、偶然部室前を通りかかった国語教師に見つかってしまい嫌々ながらも下駄箱に向かった。上履きから学校指定の靴に履き替えようと、下駄箱を覗くと手紙が入っていた。手紙を開き中身を二行ほど読んだところで、ルーズリーフ5枚に及ぶ熱列なラヴレターを破り捨てた。


私、咲杜茉莉さきもりまつりは男性が苦手だ。その理由は父にある。父は母とは違い昔から厳格な人で、私や姉である恋花に男友達ができるとすぐに別れるよう怒鳴りつけてきた。毎日毎日職場から帰宅する度、父は私たち姉妹の部屋を訪れては男友達とはちゃんと別れたのかと確認してくる。私はそんな父にうんざりして生返事を返していたけど、恋花れんかは真面目にちゃんと返事をしていた。


父は私たちが男友達を作っていないと知ると、そうかそうかと笑いアロマオイルを渡してくる。最初渡されたとき何故そんな物をと思ったが、父曰く高校生の女の子に渡す良いものが思いつかず、職場近くのデパートを探索した結果アロマオイルに落ち着いたらしい。高校生はストレスがたまりやすい時期だからと言っていたが、父が定期的に渡してくるアロマオイルはイランイラン。リラックス効果のあるラベンダーなどとは違い、そう性的欲求を高める効能を持つ。恋花はそんな贈り物の正体など知らず嬉しそうに毎晩使用していたが、以前からアロマテラピーに興味があり勉強していた私は、父の異様なまでの男友達嫌いとアロマオイルの効能から一つの気味悪い想像をせずにはいられなかった。恋花にアロマオイルの使用をやめるように忠告したことも何度かあったが、姉は私の忠告を聞き入れず最後には「お父様がせっかく選んでくださったのに失礼よ」


と言う始末。私は姉の純粋さに対し、心配というよりも憐れみの目を向けるようになっていた。恐らく恋花は一度痛い目を見ないと、嘘吐きだらけの現実を直視するのは無理だろうと確信した。そして案の定、私の咲杜恋花は一生癒えない痛い目を見ることになった。父の手によって。


 


 *


 


「今日は本当にごめんなさい。委員会の仕事で文化祭の準備が遅れてしまっているのは私が原因なのに...」


「なーに気にしない気にしない。恋花さんは委員会のあるから文化祭の準備が遅れるのもしゃーないって」


「でもそのせいで貴方の時間を奪ってしまったわ」


「だから気にするなって。委員会の仕事もやって文化祭の準備をしている恋花酸を見てるとさ、こう俺も頑張らなきゃってなるっていうか」


私の姉である恋花は図書委員長を務めており他の図書委員より多忙だ。そのため文化祭の準備が始まってもなかなか参加できない。そんな状況をあの真面目な恋花が良しとするわけもなく、こうして下校時間ギリギリまで学校に一人残り文化祭の準備をしている。この日は幸いにも同じ図書委員の男子生徒が恋花を手伝ってくれ、そのまま一緒に下校してきた。ただその光景を仕事帰りの父に見られていたことを除けば幸いだった筈だ…


この後、起きたことは姉の恋花の名誉のためにも詳しく書く気はない。ただ恋花はもう気になる異性に捧げるものを失くしてしまったこと、そしてあの忌まわしい父はこの世にいないこと。その二点だけ理解してくれれば充分だ。…いやもう一点知っておいて欲しいことがある。この父の失踪事件を境に私たち姉妹は血の繋がり以上に固い絆で結ばれたということだ。


 


 *


 


控えなノック音が私たち姉妹が属するオカルト研究部の部室内に響いた。どうぞと私が入室を促すと扉を開けたのは一年上、つまり三年生の男子生徒だった。


恋花は男子生徒を見るなり小さい悲鳴を上げ、窓を背に座る私の後ろに隠れた。そんな姉の反応に困り果て、部室の出入り口で棒立ちしている男子生徒に声を掛ける。


「占いをご希望?それなら私の前の席に座って」


私は相手が年上でも男なら敬語は使わない。男に敬意を払うくらいならそいつにつば吐いて、死体が見つからなそうなところで死んでやる。しかし男子生徒は私が敬語を使わなかったことを指摘してくる素振りもなく、黙って私の前の席に着いた。どうやら本当に占ってもらいに来たらしい。そもそも私たちオカルト研究部は占いを通した相談室的な活動などしていなかったが、ある女子生徒の相談にタロット占いで対応したところそれが噂となり全校に広まったらしい。以来、たまにではあるがこうして相談を持ち込む生徒が訪れるようになった。私としては恋花を不要におびえさせるだけのため辞めてほしいが。


「実は俺…今付き合ってる子と別れようと思ってて、それで別の子に乗り換えようかなって思ってるんだ」


「ふーん…ヤリ捨て?」


「えっ?違う違う、もっと好みの子が見つかったからそっちに乗り換えようかと」


ガチンッという音が背後から聞こえそっと背後に視線を向けると、恋花が爪を噛んでいた。聞かなくてもわかる。この男子生徒の言動が信じられないのだろう。そしてその言動と心理に怒りを覚えている。でも知っている。所詮女は男に敵わない。その想いと現実の差がストレスとなって今、恋花に圧し掛かっているのだ。私だって本当は今すぐこいつの頬を引っ叩き、廊下に蹴り出してやりたい。でもそれでは喧嘩になり問題になるだけだ。私たちが抱える問題は私たちの中で片付けなくてはならない。それが社会であり、大人になるということだろう。


「それで何を占ってほしいの?」


「あぁだから乗り換えようとしてる子と俺の相性。もし今付き合ってる子を捨てて、気になる子にアタックして玉砕したらやばいからさ」


ガチンッガチンッ...


「そう。じゃあその気になる子の名前を教えて」


「嫌だよ。だって君たちに伝えてそれを今付き合ってる子にバラされたらたまんないし」


ガチンッガチンッガチンッガチンッ...


私はそっと左手を後ろに回し、恋歌の腕を掴む。それ以上、爪を噛むのは姉の健康的にも私の衛生面的にもやめてほしかった。


「分かったわ。ならゲマトリアではなく、タロットを使いましょうか」


「ゲマトリア?タロット?なんか知らねぇけどカッコいいねぇその響き」


普段であれば占いを行いながら丁寧に手順の意味を教えるスタイルでやっているが、目の前の男子生徒には一刻も早くここから出ていってほしかった。私は黙って占い実践していく。実践するのはタロット占いの中で比較的容易なタイムアローと呼ばれるスプレットだ。占い対象者の前に三枚のタロットカードを並べ、右から順にその意味を読み解いていくものだ。タイムとだけ付いているだけあって右のカードは過去、中央のカードは現在、左のカードは未来をそれぞれ差している。そして展開されたカードは下記のものだった。


 


【過去:X運命の輪】【現在:XXI世界】【未来:XVIII月】


 


「うーんと、どういう意味なんだこれ?」


男子生徒の質問を無視して読み解いていく。占い対象者がどんな野郎でも火があれば熱と光を生むように、占いは選り好みせずただ答えを示してくれる。


「"過去"の変化点にて自分が選んだ選択によって"現在"一つの物語が終わりを迎える。でも"未来"は対話よって開かれることを暗示している」


「えーと…どういうことだ?」


「過去の変化点と現在の物語の終わり。つまり貴方がもっと好みの子を見つけた時点で、今付き合ってる子と別れるのは確定しているってこと。そして未来にある月が暗示しているのは対話。つまり貴方とその好みの子とのコミュニケーション次第ってことね」


「ほー…それなら今の子と同じ方法で堕とせそうだな」


「あっそ、好きにしなさい」


男子生徒は満足げにうんうんと頷くと勢いよく立ち上がり、部室の出口に向かっていった。やっと目の前から消えるかと思いきやふと思い出したかのように一言。


「あっお前さ、先輩にはちゃんと敬語使えよ。俺は高田 幸喜、今度会ったら幸喜センパイって呼んでくれよ」


じゃあなーっと言って去っていく高田なんとかという男子生徒に対し、私は中指を立てながら見送った。無論、彼には見えないように。


 


 *


 


「ねぇ茉莉ちゃん...あの人もう行った?」


「えっ、あぁごめん恋歌姉。ずっと腕握ったままだったね。それとあのクソ野郎ならもう居ないよ」


私は涙ぐみ爪がボロボロになっている恋歌の頭をそっと撫でてあげる。私たち姉妹は一人で背負うには重すぎるものを背負ったしまった。ならせめて姉妹で支えあえば、乗り越えていけると信じている。だから恋歌が悲しいときは私が、私が悲しいときは恋歌がそっと触れて一人じゃないってことを気づかせてやらないといけない。


「ところとで恋歌姉、一つ聞いてもいい?」


「なにかな茉莉ちゃん」


「私が使ったタロットカード。確か昨日開封してまだ未使用だったよね?」


「そうだけど…どうかしたの?」


ううんなんでもないと私は首を横に振った。当たり前の話だが私は占いの最中、左手で恋歌の腕を掴んでいたから右手しか使えなかった。つまり本来シャッフルしてから使用する筈のタロットカードをそのまま使用したのだ。未使用ということは1から22まで順番にカードが並んでいるため、22, 21, 20という順番でカードが出ないとおかしい。しかし結果はどうだ。実際には10, 21, 18という順番で展開された。その事実に気づいた私の背筋に冷たいものが走り、展開していない山札を確認したい衝動にかられた。しかし結果から言えば私は確認しなかった。その方がいいに決まってる。もし確認して、山札が1から22の順番通りだったら...そう考えると怖くて確認できなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る