【第四四話 明日への系譜】
「保守的! クッキングアイドル——」
「
もう、何度目かのシャイニングのユーチューブチャンネルのクッキング動画撮影である。
あれだけ私が直訴しても、まどか監督は私から〝かっこかり〟のポジションを全く変更してくれない。
私が出てない回では、他のメンバーが交互に言ってたり、一緒に言ってたりしてるのに、私が出る時は必ず私がソロで言っている。
まどかは絶対に私をオモチャにしている。間違いない。
あれから何日が経ったかな。あの騒動は、もう過ぎ去りし過去のものとして、他のメンバー皆んなからも無かった事になりつつある。
襲撃してきたブロンド美女一味は、その後どうなったかは不明だけど、ニュースとかにも出ておらず、世間には何も知らされていない。
佐伯探偵事務所の人たちが、事後処理を上手くやってくれたらしい。
佐伯探偵事務所の存在は、ゼノンが警察沙汰にしたくなく、隠密に処理したい事案の時によく依頼する所だと、田口さんが他のメンバーには説明してるらしい。
私も過去、お世話になった事があって、佐伯所長とは旧知の中なんだと、メンバーには説明している。詳細は秘密だけどね。
なので本来の任務の事は、まだ私と凛ちゃんしか知らない。面倒だから言う気もないけどね。
対馬さんも、ケガの後遺症も無く回復に向かってるようで一安心です。
麗葉さんの携帯も、佐伯探偵事務所の人が盗まれたバッグからなにまで、全部を見つけてくれて、警察の方が無事に届けてくれたみたい。
バッグもそうだけど、よく全部見つけられるよね。探偵って凄いんだなぁ。
唯ちゃんは代々続く古武術の家の生まれらしくて、小さい頃からの武術漬けが嫌でアイドルになったんだと言っていた。
家にも迷惑はかけたくないのと、関わりたくないから、出身も武術の事も秘密でいてほしいとの事だった。
彩香ちゃんは剣道の全国大会で優勝した経験がある位の剣道の達人だという。
こっちは特に秘密にしとく程の事はないけれど、唯ちゃんを想って、唯ちゃんだけじゃなく自分も一緒に秘密にしているんだって。
彩香ちゃんって唯ちゃんの事、本当に好きで大事に想ってるんだね……素敵。
しかし……あっちからもこっちからも、それぞれに隠さなければならない秘密がありすぎて、私がボロを出してバレないか心配になってくる多さだよ。
そしてアニキさんこと
メイド服も洗濯してクローゼットの一番奥に仕舞ってそのままだ。
自分からは関わりたくないから、封印です。当たり前でしょ⁉︎
とまあ、なんやかんやで私達は無事に日常の活動を送れている次第であります。
今回の動画メンバーは凛ちゃんと二人でしている。なんだかんだで、お互いのスケジュールが合わなくて凛ちゃんとの撮影は今回が初めてなのがビックリだ。
このマンションに来る前の凛ちゃんとの同居生活では、ほとんど毎日のように二人でキッチンに立ってたから、なんだか懐かしい気分。
しかし今回の動画では、私も驚きのサプライズが別に用意されている。
「さあ、美優ちゃん。今回は私達二人での動画なんですが、実はもう一人。サプライズゲストが居るんですよね?」
「そうなんですよ。たまたま、このシャイニング・マンションに遊びに来てくれた日が、丁度これの撮影の日だったので、無理矢理にでも出てもらう事になりました」
「それでは、お呼びしましょう。トゥインクルの木田麗葉さんです。どーぞー!」
キッチンの入り口に立っていて、今か今かと出番待ちしていた麗葉さんは、画面に映る位置まで来て、私を真ん中にして三人が並ぶ。
遊びに来たというのは方便で、麗葉さんとは、お互いのクッキング動画にそれぞれゲストで出ようという話になっていた。
今日は麗葉さんがシャイニングの番組に出て、次は私がトゥインクルの番組に出る事になっている。
ユーチューブとは言え、トゥインクルの冠番組にゲストで出演するなんて、あまりに光栄すぎて、今から少しビビってます。
三人の立ち位置を、最初は麗葉さんを中央にする予定だったけど、シャイニングの番組で急なゲストだから控え目にしたいとの麗葉さんの要望に応えて、こうなっている。
「おはようございます。こんにちは。こんばんは。シャイニングの番組をご覧の皆さん、はじめまして。トゥインクルの木田麗葉です」
丁寧な挨拶と共にカメラに向かってお辞儀をする麗葉さんは、凄くカッコいい。
やはりこの人は絵になるなぁ。どこに居ても、何をしていても絵になる。
「今日はゲストにお越し頂いて、ありがとうございます」
凛ちゃんがお辞儀してお礼するので、倣って私もお辞儀でお礼をする。
「あ、大丈夫よ。ちゃんとコレが出るならね?」
麗葉さんは指でオッケーのマークを作り、胸の辺りで反転させている。そう、世間では〝お金〟を意味するジェスチャーだ。
もちろん、麗葉さんも本気で言ってる訳ではなく、番組を盛り上げようとしてのアドリブだってのは分かっている。
「それは大丈夫です、麗葉さん。美優ちゃんがちゃんと身体で払いますから!」
おいぃ! 凛ちゃんまで台本に無い事言わないでおくれよぉ。
いや、麗葉さんがアドリブかましたから、凛ちゃんもしっかりと返してるんだから、台本に無いのは当たり前だけどさ。
それより、自分で対応するんじゃなく、私に投げるのはどうかと思うんです。
まったく……皆んなして私をオモチャにするんだから。どうなっても知らないからね?
「あ……はい。私で良ければ、いつでも麗葉さんにこの身を捧げます……」
頬に手を充て、モジモジして答える。これで良いのかな? これで正解で良いのかな⁉︎
「そ、そうね。じゃあ、美優には今度、私の一日付き人を頼もうかしら。しっかり働いてね?」
シャイニングがあの新曲を獲ってから、クッキング動画はいつも新曲の衣装を着て撮っていて、今回も同じく、その衣装を着ていた。
麗葉さんは私服にエプロン姿だけど、私と凛ちゃんは猫耳メイドの格好をしているから、それに合わせた報酬を麗葉さんは頼んだようです。
……て事は、私が言った答えは正解ではないという訳ですよね?
その証拠に、カメラの向こうで唯ちゃん、彩香ちゃん、まどか、花梨さんと、皆んなが口元を手で抑えて笑わないように堪えているからだ。
テーブルに居るロッキーまでも、そっぽを向いて体を小刻みに震わせている。
だって凛ちゃんが身体で払うって言うから、てっきりそういう事だって思うじゃんか!
直ぐにそういう発想をする私が悪いんですか⁉︎
はい、私が悪いんです。知ってます。なので、きちんとやり直しをさせていただきます。
私だって、ちゃんとした返しが出来るってとこ見せないとね!
「は、はい!
ガッツポーズをするように、両手を前にして意気込みを見せる。なんなら鼻息まで荒くしてみせましょうか?
「ぷっ——ぷぷっ」
「あは——っ。美優ちゃ——ごめん。あは——っ」
麗葉さんも凛ちゃんも、頑張って堪えてるけど、堪え切れずに笑い声が漏れている。
「美優ちゃんて本当、サイコー!」
カメラの向こうのまどかが、笑いながら私を褒め称えてるし、他のメンバーも、収録用のマイクに笑い声が拾われるのも構わずに、声に出して笑っている。
一体何があったの……?
一人、キョトンとしてる中、凛ちゃんが笑いから立ち直ったのか、私の両手を掴んで胸の前で優しく包んでくれる。
「美優ちゃん。美優ちゃんは何も悪くないよ。間違えて覚える事は誰にだってあるの。私だってそうだし、麗葉さんは……無いかもしれないけど、とにかく美優ちゃんは悪くないからね?」
え……私、やっぱりまた何かやっちゃった⁉︎
「教えて、凛ちゃん! 私、何を間違ったの⁉︎」
「えっと……あのね? 〝その節は〟て言葉は過去の出来事に対してお世話になりましたって意味で使うの。に、日本語って、む、難しいよね——ぷふっ」
あ、なーんだ。そういう事か。これからしようとしてる事を過去形にしちゃって私は頑張るって言ったからか。
かしこまった言い方は慣れてないからか、お世話って単語に惑わされたのかもしれない。
意味不明な変な返しになってたのね。なるほどぉ……ふーん。
「凛ちゃん、私、超恥ずかしいじゃーん! まどか監督! オープニングからやり直させてぇ!」
「美優ちゃん、これカットしないからねー! ノーカットで一部始終、流すから!」
そりゃないよ、まどかぁあっ!
全国区に私の醜態を晒して、何が楽しいのよぉ!
私一人を除いて、その場に居る全員が笑っている。意図していない事でだけど、皆んなが笑顔なら、まぁいいか。
でも、楽しいな。こんな楽しい毎日がずっとずっと続けばいいのにな。
シャイニングとしての活動期間は残り二年と数ヶ月。その先の事はまだ何も決まってないけど、私は今が人生のピークだと思っている。
アイドルとして、シャイニングとして、今を精一杯輝こう。
かけがえのないメンバーと共に——!
改めてそう心に誓い、皆んなを見つめる顔は自然と笑顔になります。
微笑む私に気付いた麗葉さんや、他のメンバーも一緒になって微笑み合う。
ロッキーまで微笑んでるように思えた。
この環境で日々を過ごせる私は、とっても幸せ者です!
どうか残り二年半、何も無く楽しく過ごせますように……。
数日後、都内の建物のある一室にて。
一人の男がデスクに向かって椅子に座り、パソコンのモニターを眺めていた。その男は、女性のような端正な顔立ちに華奢な身体つきで、肩まで伸ばした黒い髪の毛も相まって、後ろから見ると女性そのものに見える。
男が観ているモニターには、笑い合いキッチンに立っているメイド服姿の女の子が映し出されていた。
「あなたにそんなアイドル趣味があったなんて意外だわ」
シャワールームから現れた女がバスローブを纏って、モニターを見る男に近づきながら驚いている。
この女も黒い髪の毛を肩まで伸ばしており、背格好も男とほぼ同じである。後ろからだと、どっちがどっちかは初見では判別不能な程に似通っていた。
「ふん。そんな訳ないだろう。こいつが俺達の次のターゲットなんだとさ」
「どれどれ、どの子?」
「真ん中の長い黒髪の小柄なやつだ」
女は男を後ろから包み込むように抱きながらモニターを確認する。
「ふぅん。可愛い顔してるじゃない。でも何でこの子なの?」
「先日、精神病と鑑定された長野組の元組員に会って話を聞いてきた。青白く発光したスカイラインに乗って、凄まじいドライビングテクニックで逃げたというのが、この女さ」
「そんな突拍子もない話、現実的じゃないからと、精神鑑定に回された訳ね。可哀想に」
女は男の胸元からシャツの中に手を入れ、素肌を静かに撫でている。
「注目すべきは、そのスカイラインの発光日時と〝ブルー・ピラミッド〟の発光日時が一致していたんだ。という事はだ……」
「その子が〝ブルー・ピラミッド〟に何かしらの方法で干渉した……て事ね」
女は男の正面に回り、バスローブを脱ぎ去り裸になると、男に馬乗りに跨る。
「〝ブルー・ピラミッド〟が発見されてから何度か発光しているが、原因は判明していない。しかし、同じ発光現象が別の場所で同一時間で起きたら、因果関係を疑って当然だろう?」
女は男のシャツのボタンを外し、脱がしにかかっているが、男は抵抗もせずに、されるがままでいる。
「そうね。そのアイドルの子が何か知ってるといいわね」
「それを調べて解明するのが俺達の仕事だ」
「そうよね。じゃあ、その仕事に入る前に……久しぶりなんだもの。たっぷりと楽しませてよね」
女は男の返事を待たずに、男の唇を強引に奪っていく。
『——はい。今日は、麗葉さんの為に、元祖〝美優シチュー〟の特別アレンジバージョンですよー!』
モニターに映っている女の子は笑顔で料理を紹介しているが、画面の向こう側のこの二人に届いているかどうかは怪しいものだった。
それからしばらく部屋には、パソコンのモニターから流れる動画の音と、男と女が激しく濃厚に交わす口づけの音だけが響いていた。
〜第二部 ライバル?バトル・アイドル〜
完
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