【第三九話 すぐそこにある危機】


「あー。これは雨が降りそうだねぇ」


 焼肉店の打ち上げも終わり、支払いも済ませて解散となったので、シャイニング組はマンションに帰ります。

 駐車場まで歩いてる道中にて、マネージャーの対馬さんが空を見上げて呟いていた。


「なんか来た時よりも風が冷たくて強いですよね」


 凛ちゃんも同意してるようだけど、そうなの? 雨、降るの? 二人ともよく分かるね。


「そうすると、マンションに帰ってから出たんじゃ既に雨は降ってると思うから、帰りがてらに買い物は済ませておきたいわね」


「花梨さん、買い物って?」


「大広間の冷蔵庫の中身は心許ないものよ。明日の朝のお魚も無いんだから」


「えー! お魚無いの嫌だなぁ」


「でしょ? 美優ちゃんの朝食のお魚は絶対だものね。対馬さん、帰りにスーパーへ寄ってもらえますか?」


「それなら二手に分かれよう。僕がスーパー組を送迎するから、対馬くんはマンションまで直接頼むよ」


「分かりました」


「塊で居るよりは、バラけてた方が注目も浴びないからな」


 なるほどぉ。さすが田口さん。頼りになる。


 移動のワンボックスカーは、シャイニング用の予算が増えて二台になったから、こういう時に便利になった。

 今までは一台でギュウギュウで乗ってたから、助かっている。

 予算が増やされたのも、私達が売れてる証明だと実感出来て嬉しい。

 トゥインクルとの企画の効果は、こういう所にも表れているんだなぁ……と、しみじみ。


「買い物は私達で行くから、美優ちゃんと唯ちゃんと彩香ちゃんは先に帰ってて?」


 焼肉店に来るのにも二手に分かれて乗り込んで来たので、各自の荷物もあるし、そのままの方が楽だよね。


「分かった。お願いね!」


 駐車場に着いて、それぞれ乗ってきた車の方に乗り込もうとしている時には、ポツポツと雨粒が降ってきていた。


「あ、降ってきちゃった」

「急ごう。本降りになる前にマンションに着きたい」


 対馬さんが急かして、一番最後に乗り込もうとしていた私の背中を軽く押す。


 あ! コートのフードの中には、飛べない歩けないデブ鳥が居るから気をつけないと!


『おぶぇ——っ』


 止めてえっ。吐くなよ! 私のコートを汚すなよ⁉︎


 普段の身を隠す為のフードがまさかの担架になるとは思ってなかったよ。

 車の座席でも背もたれに背中くっつけられずにリラックス出来ないしで、世話が焼けるったら。

 脱いで置いておこうと思ったけど、あまり動かすと可哀想なので、コートは着たままでいるんだからね。感謝しろよ!




「何や? 邪魔なトラックやなぁ」


 どれぐらい経ってたんだろうか。不意に対馬さんが不快な口調で不機嫌を露わにしていた。

 唯ちゃんと彩香ちゃんで成人式の話で盛り上がってて、全然周りを気にしていなかった。


 一体どこを走ってるんだろう?


 見慣れない景色だ。オフィス街みたいで、夜も十時近いこの時間は明かりも少なく、人の通りも皆無に近かった。

 車のヘッドライトが照らす前方に視線を向けると、あまり広くない道幅で箱形トラックが後ろをこちらに向けて停まっていた。

 車が通れそうなスペースは無さそうなので、トラックが動いてもらわないと困る。

 右はビル群で、左は丈夫な柵に囲まれた公園。後ろには後続車として車が一台いる。


「対馬さん、ここ何処? 見慣れない景色……」


「あー。途中で工事中だからって、こっちに迂回してくれってあってね。迂回路はコチラって矢印の通りに進んでたんやけど。これです」


 対馬さんは感情が入ると関西弁になる。いつもその方が良いと言ってても、マネージャー業務時は標準語になっている変な人だ。

 でも凄く信頼しているし、信頼出来る人でもある。


「トラックの運転手、何してんねん」

「横は公園みたいだし、トイレじゃないですか?」

「う〜ん。ちょっと見て来ますんで、待っといて下さい」


 言うや、さっさと降りてトラックの方へ行ってしまった。雨はまだポツポツのままみたいで、フロントガラスに時折、水滴が出来る程度だった。対馬さん濡れちゃうから、まだそんなに降ってなくて良かったよ。

 やがて、トラックの運転席を覗き込んでいた対馬さんが首を傾げながら戻ってきた。


「あかん。トラック無人やしエンジンも切れてるようやし、後ろの車に言って下がってもらいますわ」


 トラックから戻って来て私達に一声掛けると、後ろの車に向かって行ってしまう。


「大丈夫かな……」

「ねえ、美優ちゃん?」

「ん?」


 何か腑に落ちないという表情の彩香ちゃんが真面目な目をしている。


「工事中の迂回路を進んでたらって、対馬さんは言ってたよね?」

「そう言ってたよね」

「おかしくない?」

「え、何が?」

「迂回路なんだから、もっと車の量が多いと思うの。何で後ろには一台しか居ないの? もっと後続車が続いてないとおかしいんじゃない?」


 言われてみれば、確かに。


「対馬さん、大丈夫か……なっ! 対馬さん!」


 後続車のヘッドライトが逆光になり、何をされたかはよく見えなくて分からなかったけど、対馬さんは運転席辺りから後ろに飛ばされて地面に倒れ込んで動かなくなってしまった。


 ——大変だ!


「対馬さぁん!」

「待って美優ちゃん!」


 車を降りて対馬さんの所に駆けて行こうとした私の腕を掴んで止めたのは唯ちゃんだ。


「私が行く。彩香、美優ちゃん宜しく」

「分かった」


 え……え?


「車の中だと、何かあった時に身動き取れないから外には出るよ。けど美優ちゃんは私から離れないでね?」

「う、うん」


 何か二人とも、いつもの二人じゃないみたい。


「彩香、エモノは?」

「持ってないわよ。ある訳ないじゃない」

「だよねぇ。ま、しょうがないか」


 エモノ? 何の話?


 三人で車を降りた時に、後続車からも人が降りてきた。

 二人の大きな金髪の外国人男性と、同じく二人の金髪の女性。女性二人は見覚えがある。

 私に媚薬を嗅がせて連れ去ろうとした人達だ。


 え、まさか仕返しに来たって事?


 前のトラックの荷台の後ろ扉が開いて、そこからも二人の大きな金髪の外国人男性が降りて来て、私達は車を背にしてぐるっと六人の外国人男女に囲まれてしまった。

 しかもトラックから降りた二人は木刀らしきものまで持ってるという凶悪さだ。


 私の直感が告げている。終わった……と。


「プリティー・ミユ! また会いましたね!」


 ニコニコと上機嫌なケリーはカタコトの日本語じゃなくて流暢に話している。もう隠す気はないみたい。


「アンタ達だったのか。私は会いたくなかったけどね。何しに来たの? もうクッダサーイて言わなくていいの?」


 精一杯の強がりだ。でも膝は恐怖で震えている。こんな大きな外国人男性を四人も前にして怖がらない女の子が居たら教えてくれ!


「あら? 本当にタイチの言う通り、減らず口だけは立派ね。ますます可愛がり甲斐があるわぁ」


 タイチ? はて。どこかで聞いた事あるような……う〜ん、思い出せない。


「私はいいから、唯ちゃんや彩香ちゃん。それに対馬さんは無事に帰して!」


「健気ねぇ。でもダメよ。皆んなで仲良くしましょ?」

「そうそう。彼らはマリーンだからタフよ? ミユのお友達も一緒に楽しみましょ」


 マリーンって、兵隊さんって事? それじゃ尚更、逃げられないじゃん。

 彼らは顔をニヤニヤさせながら私達を品定めするように視姦している。

 気持ち悪いというよりも、恐怖で鳥肌が立ってくる。

 それよりも、また自分の至らなさでメンバーを危険な目に遭わせてしまっている方が辛い。


「ごめん唯ちゃん。ごめん彩香ちゃん。私のせいで、ごめん……」


「美優ちゃん、この人たち知ってるの?」


「男の人は知らない。女の人はこの間、私を拉致ろうとしてたの」


「ふ〜ん。要は悪者って訳か」

「絶体絶命って状況なようね。木刀か……」


 こんな状況なのに、唯ちゃんも彩香ちゃんも妙に落ち着いている。

 シャイニングとして色んな経験してるから、度胸が身に付いていて肝が据わってるんだね。羨ましいな。

 私はリーダーだってのに、ダメだ。恐怖が先に来ちゃってる。もうヤダ。楽しくアイドルしたいだけなのに。何でこうなるのよ。


 誰か助けてよぉ。工藤さぁん……はっ!

 そうだ、工藤さんじゃん! また近くに居るかもしれない。


「ロッキー。飛んでって工藤さんに助けを呼んで来て」


『む、無理だ。腹が重くて動けん……』


 こんの役立たず! デブってんじゃねー!


「クドウていう探偵は来ないよ。タイチが引き留めてるからね」


「え!」


「この間は邪魔してくれたからね。今度は邪魔出来ないようにするのは当たり前でしょう?」


 うん、なるほど。確かにその通りだ。

 って、感心してる場合じゃない!


「ヘイガール。ドンムーブ」

「ひぇっ」


 木刀を持った一人の兵隊さんが私の腕を掴もうとしたその時、スッと唯ちゃんが割って入った。


「ヘルプ! ヘルプミー! 美優ちゃんと彩香は好きにしていいから、私だけは助けて! お願いよ!」


 兵隊さんの胸にすがり付いて必死に助けを求める唯ちゃんにビックリした。


 え、まさか自分だけ助かろうとしてるの?

 唯ちゃんてそんな非道い子だった⁉︎


「オウ!」


 ムッとして唯ちゃんに言い返そうとした次の瞬間には、兵隊さんは股間を押さえて膝から崩れ落ちていた。


 え、何が起きたの?


「彩香!」


 私がボーッとしてる横で、唯ちゃんは兵隊さんが落とした木刀を彩香ちゃんに投げて渡していた。


「ナイス、唯!」


 彩香ちゃんも彩香ちゃんで、難なく掴んで木刀を構えたと思ったら、もう一人の木刀を持った兵隊さんの手首に木刀を振り下ろしていた。


「アウ!」


 悲鳴をあげて木刀を落とし、手首を抑える兵隊さんは憤怒の形相で彩香ちゃんに迫っている。


「レッドゥーディズ——!」


 危ない! のは、兵隊さんの方だった。


 彩香ちゃんは距離を保って移動しながら突きを何回も命中させ、兵隊さんはよろめいた隙に額へ面打ちを食らい、地面に倒れ込んで動かなくなってしまった。


「シットゥ——」


 反対側の、女の人と車に乗っていた別の兵隊さんが迫ってくる。

 唯ちゃんも彩香ちゃんも背を向けてるから捕まっちゃう!


 私が気を逸らさないと——!


「ピッチャピッチャ、ピィロピィロ、クリンクリ〜ン。ピッチャピッチャ、ピィロピィロ、クリンクリ〜ン」


 咄嗟に頭に浮かんだのはジョウシがお風呂で口ずさんでた意味不明な歌だ。

 それに白鳥の湖のように腕を翼に見立てて軽く踊る。


『美優……揺らす……うぷっ』


 あの時、私はこの歌を聞いて一瞬思考が止まってしまったので、兵隊さん達も同じように一瞬止まるかと思っていた。


「ピッチャピッチャ、ピィロピィロ、クリンクリ〜ン」


 兵隊さん達の足は止まって、私を見ている。振り付けまで付けたんだから、効果抜群じゃん。


 さあ彩香ちゃん、今のうちに——!

 って、彩香ちゃんまで止まってるし!


 というよりその場の全員が立ち止まって私を見てるし!


「ハリアーッ!」


 最初に正気に戻ったブロンド美女の一人が発して、兵隊さん達も正気に戻り、唯ちゃんに向かう。

 そこからは、目の前の出来事がまるでスローモーションで流れてるように見えた。


 臨戦態勢が出来てる唯ちゃんに掴みかかろうとした次の瞬間には、兵隊さんは宙に舞い、背中をアスファルトに強打して伸びてしまった。


 唯ちゃんが投げ飛ばした! あの巨体を⁉︎


「ダミットゥ!」


 投げられないように警戒してるのか、兵隊さんはキックで唯ちゃんを攻撃してるけど、小柄な唯ちゃんはヒョイヒョイと華麗に避けている。

 ススっと兵隊さんの背後に回って肩からタックルしてよろめいた兵隊さんの先には彩香ちゃんが居た。


「ぐっな〜い」


 そう言って木刀を兵隊さんの額に一閃させ、その一撃で倒してしまっていた。


「さっすが彩香! 息ピッタリじゃん」


「当たり前よ。何年、唯と共にいると思ってるの? それに美優ちゃんが敵の注意を上手く引いてくれたから隙が出来たわ」


「だよね。さすがリーダー!」


 あははっ。えへへっ。私は今、どっちの笑いをしてるの? 


「オーマイガッ!」

「逃がさないよ!」


 ブロンド美女二人は車に逃げようとしてたので、唯ちゃんと彩香ちゃんがそれぞれ脚に攻撃して二人を転ばせていた。


「アウッチ! 痛いじゃない!」

「あら、もっと痛い目にあわせてもいいのよ?」


 抑え込んでる彩香ちゃんは不適な笑みを浮かべている。怖ぇえ……。


「彩香、そっちも落とす?」


 一人のブロンド美女は唯ちゃんが締め落としたの? ピクリとも動かない。


「こっちは喋らせるからいいわ。唯? コイツらの乗ってた車に縛る物何かある?」


「待ってねぇ。あ、ロープあるじゃん! 準備がよろしいことで」


「私達を縛る用のものだったんでしょう。さ、縛るから動かないでね? 動くと木刀の一撃をお見舞いするからね?」


 ブロンド美女は大人しく縛られていた。そりゃそうだ。兵隊さんを一撃で倒す威力の彩香ちゃんの木刀を受けたくないわ。


「くっ。覚えてなさいよ!」


 海老反り状態で手足を一つに縛られて転がってるケリーじゃない方のブロンド美女は、まだ悪態をつける程に元気だ。


 そうだ、対馬さん!


「対馬さん! 対馬さん! 大丈夫ですか⁉︎」


 倒れてる対馬さんに駆け寄って顔を覗き込む。顎から頬にかけて、大きなアザをつけてるけど息はしていた。


「良かった。気絶してるだけだ」


 唯ちゃんと彩香ちゃんは淡々と他の兵隊さん達の手足を、海老反り状態にして一つに縛っていってる。

 どこでそんな縛り方を覚えたんだか。見えているその光景では、どっちがプロだか分からなくなってきた。

 でも二人のおかげで、とんでもない危機を回避出来た。二人とも、あんなに強いなんて知らなかったから本当にビックリだけどね。

 シャイニングを卒業したら、アクション女優として推薦しちゃおうかな?


 立ち上がって二人を頼もしそうに眺める。


『うっぷ……美優、急に動くと……うっ!』


「わぁ! 待って、今吐かないで!」


 雨はまだポツポツと顔を少し濡らす程度で振る中、私の最も身近な危機は直ぐそこまで迫っていた。

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