【第三七話 ニャンとワンだフル】


「美優ぢゃあぁあん! ドキドキが止まらないよぉ!」


 今、感じてるこれはデジャヴじゃなくて、言わばルーティンだよ本当。


「まどかは、いつまでたっても、まどかのままだねぇ……だが、それがいい!」


 ぎゅっと抱きしめて頭を撫で撫でしてあげると、まどかも落ち着くのか、深呼吸を繰り返している。

 さ、いつものように残りの四人も順番待ちしてるので短めに切り上げて、次の唯ちゃんに両手を広げてウェルカムをする。


 シャイニング恒例のステージ前の〝抱擁の儀〟は、今日も漏れずにスタッフの人に撮影されていて、これも動画で配信されるんだろうな。

〝抱擁の儀〟は、たまに額や頬にフレンチキスをする事もあるが、それは本当に私の気分次第で決まる。

 今日は気分じゃないのでハグだけです。許せ。


 衣装で着ている猫耳メイドはシャイニングバージョンとして新たに新調したもので、遠くからだと白黒の二色に見える。

 でもやはりツギハギ衣装がシャイニングの特徴なので、今回もシャドーストライプや、シャドーチェックの柄をごちゃごちゃと繋ぎ合わせた衣装になっている。

 この衣装を、あの発表の日から僅か七日で用意して、公開発表も兼ねてのミニライブのセッティングまで出来ちゃうんだから、ゼノンの手際の良さは大したものだよ。感動すら覚えるよ。


 ここで起きた事が七日も前の出来事なのに、昨日の事の様に鮮明に覚えている。

 トゥインクルとシャイニング……どちらが新曲を歌うのかの発表はこの会場で行われたのよね。




「いよいよね、美優。おみみたらし団子の動画が驚異的な再生数の伸びみたいじゃない?」


 隣の座席に居る麗葉さんは、まだ歩けるほどに回復してないので車椅子に座っている。

 今日、退院したばっかりなのに、もうこうして仕事に就いてるんだから凄いったら。

 あれから麗葉さんとは毎日のように連絡を取り合っていて、どんどん仲良くなっていってるのが本当に嬉しい。

 こんなに嬉しい事ばかりが続くと、反発力が作用して嫌な事が起きないか心配になる。


 大丈夫だよね私。普通にアイドル出来るよね?

 もう変なことに巻き込まれるのだけは勘弁してほいしいよ。


 三百人は入れる観客席の一番前に、トゥインクルの人気上位が十人。シャイニングが六人、一列に並んで座っている。

 注目の新曲をどちらが獲るかの発表は、ユーチューブでライブ配信される事になっていたので、こうして本番の舞台に呼ばれるまでの残り数分をみんなで待機しているという。


「そうみたいです。スタートダッシュで出遅れた分、巻き返してトゥインクルを追い抜いちゃったりしてるかもしれませんよ?」


「確かに、おみみたらし団子の美優は私が認める程、可愛いかった。でも結果は分からないわよ? 私達だってSNSでアピールしてるし、皆んな頑張ってたもの」


「負けませんよぉ? ファン投票も、社員投票も私が貰いますから!」


「まあ、ここで言い合ってたって仕方ないから、大人しく結果発表を待ちましょう? どちらの投票もトゥインクルだという発表をね?」


 麗葉さんとの間に交わる視線は激しく火花がバチバチと……出る事は無く、優しい微笑みをお互いが交わしている。


 こういうのいいな。


「美優ちゃん……」


 麗葉さんと反対側の隣に座っているまどかが怪訝そうな表情で、指でつんつんと突いてきた。


「ん? どうしたの、まどか」

「いつから麗葉さんとそんな仲良くなってるの? 名前で呼ばれてるし……」


 あ、そうか。皆んなは何があったか知らないから不思議に思っても仕方ないか。


「まあちょっと色々あってね」


「ふぅん。でもどうしたの? 社員投票は新曲を獲れなかったグループの方から選出されるんだよ? どっちも獲れないグループが可哀想だからって。聞いてなかったの?」


「え?」


 え、そうなの? いつそうなったの?


「麗葉もよ。そんな大事なこと忘れるような麗葉じゃないでしょ? 大丈夫? まだ退院しちゃダメだったんじゃない?」


 麗葉さんの隣のトゥインクルの子も麗葉さんを心配している。


 私と麗葉さんは、その書き換わった過去を過ごしてないから知らないのは当然だ。

 でも言われればその通りで、新曲も社員投票のご褒美も貰えないグループは確かに可哀想だよね。


「えっあ……そ、そうだったわね。やぁね。事故の後遺症かなぁ。美優のボケボケがうつったのかも。あはっ」


 ボケボケって言いますか。そうですか。


「そっか! 私、麗葉さんにボケボケうつしちゃったか。あは……は」


 二人して苦笑してると、何かを誤魔化してるようで余計に怪しまれないだろうか? もう遅いけど。


「怪しい……」


 目を細めて、じとーっと見つめてくるまどかが……か、可愛いんですけど!


「やん、まどか! 嫉妬してるの? 可愛いぃ!」


 頭を撫で撫でして、まどかの気を逸らす。流石にこんなので誤魔化すのは厳しいか。


「そ、そんなんじゃないもん!」


 頬を赤く、ぷくーっと膨らませるリアクションをまさかリアルで見れるとは思わなかった。

 天然で貴重な存在だよ、まどかは。

 まさしくアイドルオブアイドルだよねぇ。シャイニングになくてはならない存在です。


 そしてなんと、誤魔化せてしまったではないか! ちょっとびっくりだよ。

 トゥインクルの子も、それ以上は麗葉さんに聞こうともしていなかった。

 疑う気持ちよりも、本当に麗葉さんを心配してるのが見てて分かる。


 慕われてるんだねぇ麗葉さん。


「ねぇ見て、美優ちゃん。もう二万人の人が見てるよ?」


 まどかの隣に座ってる凛ちゃんがスマホの画面をまどか越しに見せてくれる。

 ライブ配信のURLを開いていて、私達の頭は画面の下に見切れていて見えないけど、正面のステージが映っている。

 BGMは例の新曲がテレビ放送された時に使ったと思われる収録曲か。

 視聴者数が二万人を越えて、まだまだ増えていっている。


「すごいね。もうこんなにスタンバってるんだ。まどか、みっともない姿は見せられないよ?」

「美優ちゃん、それ酷くない? そんな事しませんよーだ!」


 またしても、ブーたれる姿が可愛いまどか。チューしたくなっちゃうぐらいに可愛い!


「はい、それでは皆さんお待たせしました。僕が合図するまでは、まだこちらの音声は流れませんので安心して下さいね。合図があればカメラは引いて、皆さんの後ろ姿も映ります。音声も画面の向こうに届きますので宜しくです」


 ステージに登壇してマイクで説明するのは、麗葉さんのマネージャーの坂口さんだ。司会をやるのかな?

 なんて呑気に構えていると、坂口さんはサッと右手を上げてパチンッと、指を鳴らす。


 え? 説明した直後、間を置かずに合図しちゃうの⁉︎ せめて心の準備くらいさせてよ。


「はい。画面の向こうの皆様、こんにちは。皆様の画面下にトゥインクルとシャイニングの後頭部が映ってますよ!」


 いきなりそう言われたもんだから、慌てたように後ろを振り返って手を振ろうとしたのがまずかった。


「ぅああ!」


 映画館や劇場の座席は、背もたれに折り畳めるものが多い。この会場もその座席だった。

 後ろを振り返るのに、半立ち状態でお尻を外したものだから、折り畳まれた座席がお腹に当たり、おっとっと——と、盛大にずっこけてしまった。


「美優ちゃん大丈夫⁉︎」


 体勢を整えるのに手伝ってくれるまどかは一生懸命に笑いを堪えてくれている。唇がプルプルしてるのが分かる。


「あ、ありがとう……大丈夫、大丈夫」


 うわぁ……恥ずかしいったらありゃしない。


「みっともない姿を晒すなと舞沢さんに言ってたのは、自分がするからやめてねって意味だったのね? 流石はエンターテイナーの美優ね。感服するわ」


 ちょっと前の麗葉さんなら皮肉たっぷりの文句に聞こえるけど、今の麗葉さんは本当に感服してそう。


 ていうか、わざとじゃないからね!


「みたらし団子、コケる。てコメントだらけだよ、美優ちゃん」


 凛ちゃんまで淡々と追い討ちかけないでよ!

 それよりも世間様は私の事を〝みたらし団子〟じゃなくて、美優って呼んでよー!


「はい。それでは伊吹さんも席に着き直した所で、プロデューサーの横山から今回の新曲を勝ち取ったグループの発表です」


 ステージに横山さんが登壇して、皆んなの苦笑や失笑が消える。いよいよ発表か。私のズッコケが華麗にスルーされてるのは、もぅどうでもいいや。


「横山です。それでは発表します」


 ここで一瞬の間を置いて沈黙が辺りを包む。ドラムロールが流れてもいいのに、それすらも無い本当の沈黙。


 ゼノンという芸能事務所に一年半所属して気付いた事がある。

 それは、この会社の人間はみんながみんな合理的で無駄が無い事だ。

 時間の使い方もそうだし、資料の作り方一つとってもそう。

 ライブのステージ構成だって、必要な演出なら入れるけど、いらないと判断したらどんどん削っている。

 演出で売るのではなく、タレントの魅力を売る事に注力してるからと誰かが言ってたな。だから魅力が無い人はゼノンに所属すら出来ないと。


 よく私ゼノンに所属出来てるな。


 いつでもどんな事でも、シンプルでコンパクトを徹底していて〝遊び〟部分が全く無い。

 会社の方針なのか、たまたまそういう人達しか集まってないのか判らないけれど、仕事が速くて正確なのは、こういう所が利点として活かされてるんだろなぁ。


「今回の新曲【聞いてほしい子猫のように】を、ファン投票で獲得したグループは……」


 また一呼吸置いて〝間〟を演出する横山さん。あーっドキドキする!


 シャイニングメンバーは横並びで手を握り合っていて、繋いでるまどかの手にはギュッと力が入り、気持ちまでも伝わる。


 うん。私もだよ、まどか。


「シャイニングです!」


 さっきよりも一段階声を高くして、私達を手で示した横山さん。


 え、マジ?

 やったやったやったー!


「わぁー! やったぁー! やったよ、美優ちゃあん!」


 立ち上がってメンバーと順々に抱き合って喜びを分かち合う。本当にシャイニングが新曲を獲れたんだ。嘘みたい。


「おめでとう、美優。やったわね」

「ありがとう、麗葉さん。ありがとう」


 麗葉さんの瞳には優しさしか感じられない。心から祝福してくれてるんだ。嬉しいなぁ。


「それではシャイニングの皆さんはステージまでどうぞ」


 司会の坂口さんに促されて、順番にステージに移動してる間に、横山さんがまだ何か言っている。何だ?


「そしてもう一つ発表します。ゼノンの社員投票の当選者の発表です。これはゼノンが当選者の願いを一つだけ、何でも叶えるというものです。一億円くれと言ったら差し上げます。凄いでしょ?」


 ライブ配信だから画面の向こうに説明してるのか。社員投票はトゥインクルのメンバーが選出されるはず。


「その当選者は…………木田麗葉です!」


 麗葉さんが⁉︎


「やったね、麗葉!」

「当然だよね!」


 口々に麗葉さんを称えるトゥインクルの子たちも、その口調に嫌味や妬みなんて無い。


「ありがとう、みんな。みんなが頑張ってたのに私でごめんね?」


 麗葉さんの言葉も他のメンバーの子を思いやる気持ちが表に溢れてて、気持ちが良い。

 慕われてるリーダーっていいな。私もあんな風になれるかなぁ。なりたいなぁ。


「麗葉が選ばれてなかったら、横山さんぶん殴ってたよ!」

「おっとそれは危なかった。僕は殴られなくて良かった」


 ステージに登壇して、隣に並んだ横山さんがおどけてみせてる。

 ちゃんとお茶目な所もあったんだね。ライブ配信の動画を盛り上げてくれている。


「社員の方は全員知ってますよ。麗葉くんが事故で動けなくても、SNSでメンバーのアシストに全力で奔走してた事を。そんな頑張りを評価しての票が多かったんです」


 そうなんだ。麗葉さんは他のメンバーの為に……凄いなぁ。私なんか自分の事でいっぱいいっぱいだったってのに。


「では、麗葉くんもステージへどうぞ——」


 坂口さんが車椅子を押して麗葉さんをステージに連れてきてくれる間に、シャイニングが正式に新曲を獲れたという挨拶をする。


「皆さんに投票して頂いて、こうして新曲を歌わせて頂ける事がとても嬉しいです。本当にありがとうございます」


 ここは流石の私でも真面目にやりました。コケた挽回をさせてもらいましたよ。


「シャイニングは七日後、ここでお披露目ライブがありますからね? ちゃんとレッスンするんだよ?」


「えぇーっ! なんてサプライズ!」


 七日後? ここでライブ?

 あまりにもサプライズすぎません? 


「さ、麗葉くんの番ですね」


 ちょ、横山さーん! 話の切替えも早すぎるって! 麗葉さんメインで、シャイニングがおまけみたいになってるじゃん!


「麗葉くんはゼノンに何てお願いをするのかな?」


 置いてけぼりのシャイニングは追いやられ、麗葉さんに皆んなの視線は注目する。


「はい。もう何日も前から願い事は決まってました」

「ほほぉ。さあ、発表して下さい」


「シャイニングに負けない元気になれる明るいテンポの新曲を下さい。シャイニングが猫耳なら、トゥインクルはワンコの垂れ耳で。シャイニングがメイドならトゥインクルは巫女で。年末には披露したいです。年末年始にトゥインクルがワンコの垂れ耳巫女姿で、明るい曲で日本中を。いや、世界中を元気にしたいです!」


 な、なんですとぉ⁉︎


「麗葉……」

「麗葉、ありがとう!」

「それいい! 最高!」


 トゥインクルのメンバーは麗葉さんの願い事を全面支持している。


 当たり前だー! 何だその願いは!


「いいでしょう。麗葉くんの言う通りの新曲をトゥインクルにプレゼントします。一週間下さい。ゼノンの総力を上げて作ります」


「ありがとうございます。まだまだシャイニングにトップアイドルの座は渡せませんから」


 ニッコリと笑って私を見る麗葉さんの目は優しいままだけど、闘争心も感じる。


「トゥインクルの新曲が出るまで、頑張ってね美優! 応援してるわね」




 いたずらっぽくウインクする麗葉さん、可愛かったなぁ。あれで垂れ耳ワンコの巫女姿なら無敵じゃん。

 その時ばかりは、麗葉さんを越えるなんて不可能と感じて、あの日をちょっとだけ後悔したよ。

 救うだけ救って復帰させずに素直に引退させておけば良かったと。

 シャイニングが越えるべく山を、自分で更に大きくしたようなものだもんね。


 いや、それでこそ私じゃん。


 元々、山は大きかったんだ。ちょっと小さいんじゃないかと錯覚してたんだ。正しい山の大きさを確認出来て良かった。

 自分の目標は簡単じゃないんだと再認識出来たんだ。絶対に越える。やったろうじゃないの!


「はい。それでは本番入りまーす!」


 スタッフの人の掛け声があり、現実に戻る。


 よし。マイナス思考はお終い! 私は前に進まなきゃ。麗葉さんとも約束したし、シャイニングの夢を叶えるためにも、立ち止まってなんていられない。


「皆んな、団子は持った? 準備はいい? シャイニングの時間の始まりだよ!」


「「おー!」」


 突き上げたその手には、みたらし団子の形をしたマイクがあった。

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