【第三六話 名もなき唄】
「ふぅ~う。なんか、どっと疲れが出たなぁ……」
自分の声が狭い空間に反響する。こうして自分の部屋のお風呂に浸かってる時が、一番心が落ち着く。
「あぁ~極楽、極楽……」
古くから伝わる台詞だけど、言いたくなる気持ちが今は良く解る。
「お風呂は命の洗濯」と言ってた、どこかの誰かの台詞もすごく良く解る。
『お疲れ様、美優。僕で遊べばもっと癒されるよ!』
アヒルのジョウジがプカプカ浮かんでクルクル回っている。
普段ならそうして癒されてんるだろうけど、今日は頭の中を整理する作業に集中しておきたいんだ。
「ごめんジョウジ。今日はゆっくり考え事したいの。そのまま浮かんでてぇ……」
『分かったよ! 浮かぶのは僕の使命さ!』
『
「好きにしてぇ……」
洗面器にお湯を張って行水のロッキーは本当に行水で終わるのか。
お風呂を楽しめないのは人生で損してるぞ?
麗葉さんの病室から真っ直ぐ帰ってきて、午後の仕事が終わったのが夜の七時。
シャイニング全員揃っての雑誌の撮影とインタビューだったってのもあって、時間が押してしまった。
そこから他のメンバーは個々に、ラジオやテレビの収録にと、また違う仕事に行っている。
他のメンバーは皆んな仕事してて、自分だけお風呂入ってるのは気が引けたけど、このお風呂タイムは私にとって、頭の整理整頓に必要なんだ。
過去がどう変わったのか、リサーチした結果を自分の中でまとめとかないと混乱しちゃう。
まず麗葉さんは交通事故は起こしてたけど、完全に被害者で、肋骨にヒビが入ったのと足首の捻挫で入院しているんだとか。
事故の時間と場所は違うみたいだけど、結局は事故る運命だったのね。
でも、貰い事故なら仕方ないよね。その程度の怪我で済んだなら良かったよ。
むしろ、加害者の方に同情しちゃうわ。怪我をさせたのが木田麗葉だと知った時の動揺は私でも容易に想像出来る。
私なら完全に病む。病んでない事を祈ってるわ。
病室の外には工藤さんがちゃんと待ってたし、病室に連れてきてくれたのも工藤さんというのも変わってなかった。
どういう経緯でそうなったかまでは聞けなかったけど、携帯の連絡の履歴も変わってなかったんだから、たぶんそのまま変わってないんだろうな。
だって私の手には団子のビニール袋があったんだから。
次に、みたらし団子について。どうやら私はテレビのオンエア終了後に、みたらし団子のパフォーマンスをしたらしい。
やる事はやったけど、収録後にスタッフに団子を配る時に、シャイニング全員で共にやってただけみたいだ。
そこも少ししか変わってない。
これだけか。落ち着いて整理してみると、今回はなんとも変化が少ない書き換えだろうか。
ちょっとしたタイミングが違うだけで、こうも人生変わるのね。
ま、細かい事はいいや。麗葉さんが軽傷で済んだ事に変わってるだけで万々歳だ。
「ねぇ、ロッキー」
『ん、しばし待て……よし。で、何だ?』
洗面器に張ったお湯の中で羽をパシャパシャさせて洗ってるんだか、遊んでんだか分からない動作を終えて、キリッとして返事をするロッキーは完全にただの鳥だ。
「お団子の魂のエネルギーってやっぱり必要だった? あれがないと今回の過去の書き換えって出来なかった?」
『そうだな。前回のメロウを吸収したエネルギーを少し消費しているが、団子共の魂はあって良かったと思うぞ? いざと言う時のために蓄えは必要だからな』
「そっか。ありがとう」
お団子達の魂は無事に役に立ったんだね。人に食べさせてあげれなくて、ごめんね。
次は何に生まれ変わるか分からないけど、来世で必ず幸せになってね。
『ピッチャピッチャ、ピィロピィロ、クリンクリ~ン。ピッチャピッチャ、ピィロピィロ、クリンクリ~ン』
……何だこれは……。
急に聞き慣れない単語とリズムが聴こえてきて、シリアスな思考がストップしてしまった。
ジョウジが鼻歌っぽい歌声を響かせながら、お風呂に浮いている。いや、浮くことしか出来ないんだけどさ。
しかし、あまりにも突飛な歌なので、何も考えられずに聴き入ってしまっていた。
他に歌詞も無く、リズムも変わらず、ずっとそのフレーズを繰り返していた。捉え方によっちゃ、よもやよもやだぞ!
「ツッコミを入れるかどうか悩むわ」
『ん? 何?』
「何でもないわよ。好きに歌ってな?」
『うん! ピッチャピッチャ、ピィロピ――』
上がろう。
バスタオルを巻いて、同じくジョウジの歌をこれ以上聴いてられないという表情で、一緒に上がったロッキーをタオルで拭いてあげてる時だった。
「美優ちゃん、居る! 大変だよ!」
部屋のドアが勢いよく開いて、ドカドカと足音が
各自、部屋の鍵は掛けないようにしようと約束しているので鍵もなく簡単に凛ちゃんは入って来ている。
お互いの信頼性を損なわないようにとの花梨さんの提案だけど、その提案の真の目的は私を夜這いに来る目論見なんじゃ……と、不安と期待で少しドキドキしていたのは、私だけの秘密。
結局、未だに襲われてないんだけどさ。いや、襲われたい訳じゃないから。うん。
「凛ちゃん? どうしたの?」
バスタオル巻いただけの姿で出迎える。髪の毛は濡れたままだ。
「美優ちゃん、お風呂上がり? なんか色っぽいな……」
近寄ってきて肩を、つ・つ・つ~と指でなぞられると……か、感じ――!
「え、ちょっと凛ちゃん?」
目がトロンとしてますよ? その目は見覚えがあるぞ?
「もう……気が早いよ美優ちゃん。私はシャワー浴びてないんだよ? でも美優ちゃんがそのままでいいって言うなら……いいよ」
あ……凛ちゃんの指が……唇が……そ、そこは……あっそんな。
遠くから凛ちゃんの声がする。私の名前を呼ぶ声が……名前を囁きながらするの?
凛ちゃんて、そんなテクニシャンだったの?
でもその呼び方はちょっと口調が強すぎない?
今のそんな雰囲気に似合わな――。
「美優ちゃん! 美優ちゃん! どうしたのボーッとして! 戻って来て!」
ハッとした。
「あ、凛ちゃん……」
「あ。じゃないよまったく。のぼせたの? 大丈夫?」
「だ、大丈夫大丈夫。ごめんね」
のぼせた……のかな? 色んな意味で。ジョウジがピチャピチャなんて変な事言うからだ。きっとそうだ。うんうん。
「で、どうしたの?」
何も無かった事にして平静を装う。バレてないかな……ドキドキ。
「そうそう! 美優ちゃんの〝おみみたらし団子〟の動画の再生数が凄い事になってるの!」
「へ?」
そんな動画なんて上げたっけ?
て、言葉を出しそうになって飲み込んだ。私の知らない私の書き換わった過去だからだ。
私、そんな事してたんだ。
「え、どのぐらい再生いってるの? 二万とかいってたりして!」
クッキング動画も一万七千回が最高だったから、今の目標再生数は二万台だった。
「何そんな低い事言ってるの。二百万だよ、二百万!」
「え……」
に、二百万? 嘘でしょ?
「うそ……」
「本当だって! ほら、見てよ」
凛ちゃんが見せてきたスマホの画面には、私が団子を持ってポーズを取ってる画にサムネで〝おみみたらし団子~〟と文字打ってるタイトル画面のページが写されていた。
「うわぁ、何この子! めっちゃ可愛いんですけど! 私ってこんなに可愛く写ってるの?」
「美優ちゃんは可愛いんだよ! 何、今更な事言ってんの。それより下の再生数見てよ」
凛ちゃんに鋭いツッコミを入れてもらいたかったけど、逆に可愛いと言われてしまったじゃないか!
嬉しくて顔がニマニマしまくる。
顔の復元はせず、そのままで再生数を見てみる。いち、じゅう、ひゃく……本当に二百万越えてる!
「えぇーっ!」
「ね! 凄いでしょ!」
動画のチャンネルはシャイニングの公式チャンネルか。舞台裏などの動画を流してるから、トゥインクルとの合同テレビ出演の裏側って事で上げて……ないじゃん!
私の〝おみみたらし団子〟メインの動画やないかい!
「凛ちゃん、ちょっと再生していい?」
「いいよ。はい」
真ん中の再生の三角をタップしてみる。
まんまだ。私がモニターで見たのとまんま同じ映像が流れている。
違うのは後ろに麗葉さんが居なくて、私一人だって事だけだ。
その後はシャイニング全員で、スタッフに団子を配ってる動画内容だ。もちろんポーズをつけて「あ~んだにゃん」と言いながら。
「これが二百万再生……」
「これがね? SNSでも拡散されててね? シャイニングに新曲を歌わせようって運動が、あちこちで立ち上がってるみたいなの」
「え?」
「中間発表とかは無いんだけど、この流れならトゥインクルに勝てそうじゃない? 私達が新曲獲れそうじゃない?」
嬉々としてそう言う凛ちゃんに申し訳ないんだけど、世の中そんなに上手く事が運ばないってのは覚えておかなきゃね。
「そんなのまだ分からないよ? でもトゥインクルに追いつけるかもしれないね。投票期間は残り三日だっけ。私達も個人のSNSで、どんどんアピールしてこ!」
「そうだね! さすがシャイニングのリーダー、美優ちゃんだね。気を緩めちゃダメだよね! 私もお風呂入ってこよ!」
「うん。あ、他の皆んなは?」
「まだ帰ってないみたいだね。じゃ後でね!」
そう言って、凛ちゃんは自分の部屋に行ってしまう。
「ね、ロッキー」
『んむ?』
体を震わせて羽の水分を飛ばしてるロッキーは気のない返事だ。
やっぱりお風呂で気分良くなってんじゃん。毎日入れよな。
「こんなに自分に都合の良い展開になるの? 書き換えって。麗葉さんも救えて、尚且つ新曲も獲れそうだし。いや、まだ分からないけど……なんか怖くなってきた」
『前にも説明したろう? 自分の都合の良い過去に書き換えられると。だがそれには魂が込められた願いでないとならん。あの者を救った事も、新曲とやらの事もな。美優が心から願った事がそのまま反映されておるのだ。中途半端な願いは叶わぬ。美優が望んだ書き換えは、魂を込めた願いだったのだろう』
魂を込めた願い……か。猫耳メイドは諦めたようにしてたけど、心の底では本当は諦めてなかったんだろうな。無意識のうちに願ってたのかもしれない。
「それでもやっぱり悪用は出来ないし、乱用も出来ないね。女王が使う人を限定したのも解る気がするよ。危険すぎる」
『美優がそういう人間で、シャレアティス女王も安心しておるだろうな』
「だって
『ふっ。都合の良い時だけ前世を認めるのか?』
「にひひーっ」
鳥の表情は分からないけど、私と同じくニヤっとしてるのは、雰囲気で分かる。
「さ、着替えを済ませて、皆んなが帰って来るまでに何か作って待ってよう」
『
「うどん好きだねぇ。ま、私もだけど。そう言えばロッキーと初めて食べたのもうどんだったっけ」
『うむ。あの赤いカップうどんだな。あの時初めてうどんを食したが、その時から我はうどん派なのだ』
「え? 前から好きだったみたいな事言ってなかったっけ?」
『うどんも知らぬ無知なモノと思われたくなかったからな。その時は知ったかだ』
「せっこー!」
何それ? どんだけ見栄を張るのよ。
『我にも見栄の概念はあるのだ』
「なるほど。良いよ! 時間も遅いし、あまり重いものは食べない方がいいから、味噌煮込みうどんにしよう!」
『賢い判断だ』
素直に喜べよ……たく。
『ピッチャピッチャ、ピィロピィロ、クリンクリ~ン。ピッチャピッチャ、ピィロピィロ、クリ――』
あ、ジョウジをお風呂場に置きっぱなしだった。てか、まだ歌ってたのね。
『ピッチャピッチャ、ピィロピィロ、クリンクリ~ン――』
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