【第三三話 団子よりブロンド美女のダンゴォ】
浅草の街並みは古くからの日本そのものなのに、道を行き交う人々は外国人が半分は占めてるだろうか。
私もこの地には初めて来たけど、観光地って凄いのね。って、当たり前か。
ニット帽にマスク。髪の毛も後ろに一つに束ねてる毎度おなじみの一般女子の格好だし、誰も私がシャイニング伊吹美優だと気付かないだろう。
気付いてても大体の人はスルーしてくれている。それは前回の電車で学習済みだ。
それに外国の人は日本のアイドルは良く知らないだろうし、興味も無いはず……だと思う。
実際にこうして歩いてても、誰も声を掛けてこないし、私をジロジロ見たりしていない。
それに何より周りの目を気にする余裕が、今の私自身に無い。
トゥインクルとの新曲を賭けたパフォーマンス合戦から、麗葉さんが交通事故に遭ったと知った日から今日で三日が経っている。
今日は午後からの仕事らしいので、十二時にはマンションに帰っていなければならない。
時計を見ると午前九時半。まだまだ時間はある。
駅から名物の雷門は徒歩三分程なので迷いはしない。だけど今日の目的地は雷門からまた少し歩く。
『美優、何だあれは! 日本にあんな物があるのか!』
駅の構内を出るや、コートのフードから肩に移動したロッキーが興奮気味に問いかけてくる。田舎者かよ。
「東京は浅草の観光名所よ。美味しい食べ物屋さんだって沢山あるみたいよ?」
『ほほぉ。して、何を食べに来たのだ?』
ロッキーの口調からして食い意地が勝ってるのが良く分かる。
「ロッキーには胃袋じゃなくて別の腹を満たしてもらおうと思って来たのよ」
『ふむ、別の腹とな……』
マネージャーの対馬さんから、例の団子のお店が何処かを電話で聞いたのは昨日の夜の事だ。それを知った時から、ある計画が私の中で生まれている。
実は団子とは別にもう一つ、麗葉さんの事を対馬さんに聞いていた。ずっとずっと気になっていたんだ。
対馬さんがくれぐれも内密に、と教えてくれた麗葉さんの容体は、詳しい事は教えてくれなかったけどかなり悪いらしく、芸能界への復帰は難しいだろうとの事だった。
いちタレントでしかない私に、そんな社外秘の情報を教えてくれるなんて、対馬さんは社員失格と呼べるよ。
でも逆に考えれば、そこまで教えてくれるほどに信頼されているとも言えるし、この間のパフォーマンスが余程胸に刺さったから褒美代わりに教えたとも言える。
「とにかく今は私にやれる事をやらなきゃね!」
『で、そのやる事とは何なのだ?』
あ、つい口にしてしまってた。
「着いたら教えてあげる」
もしかしたら麗葉さんを救えるのは私しか居ないかもだし。いえ、私の他に誰が居るって言うんだ。
目的地に向かって進める足と、真っ直ぐに見つめる視線は使命感に燃えていた。
「さ、着いたよ」
雷門から十分ほど歩いて辿り着いた目的地。
人が三、四人位しか並べないような間口にショーケースが正面を向いている。
お客さんはショーケース越しに品物を店員さんに伝えて買うようだ。
対馬さんに聞いた店の名前と同じ。ここで間違いないはずだ。
ショーケースに並んでる数々の団子達を覗いてみる。
『嬢ちゃん! 俺を食いに来たのか? 俺は美味いぞー! なんたって最高の
『バカか、てめぇ。若い女の子は決まって、みたらしの俺なんだよ』
『バカはお前らだ。三色団子の存在を忘れてるようだな。お前らみたいな口が汚れるようなもん、女の子が食うかってんだ』
『んだと、てめぇ!』
『やんのか、ごるぁ!』
『お嬢さん、バカどもは放っといて、栄養価が高いよもぎを練り込んだ俺を食った方が賢いぞ?』
『あ! てめぇ、何抜け掛けしてやがる!』
まったく……相変わらずここの団子はギャーギャーうるさいなぁ。
「ロッキー。見た通りよ。コイツら全部の魂を吸収しちゃってよ」
『美優の目的はこれか? 随分と威勢の良い団子どもだな。だが
「後で解るよ。さ、お客さんが居ない今のうちに早く!」
『ふむ。では、最速で済ませよう』
目を閉じて青白い光に包まれるロッキー。メロウを吸収した時と同じ現象ね。
ごめんね……人の口に入って昇天したかっただろうけど、麗葉さんを助けるのに貴方達の力が必要なの。また違う日に買いに来るから。ごめんね……。
『おうおうおう。何だこの鳥野郎は!』
『何だ! 俺の意識が――』
『ま、待て。ま――』
ショーケース全体が青白い光に包まれたと思ったら、次の瞬間にはロッキーの中に収まってしまっていた。
「終わった?」
『うむ。滞りなく全て頂いた。かなりのエネルギー量を確保したぞ』
「また足りなくなったら、ここに来れば補充出来るよ? 良かったね」
『うむ。ここの団子屋の主人は相当の腕前だな。ほぼ全ての団子に魂が宿っておったぞ』
どっちの意味の腕前だと言ってるんだか。
「お客さんかねー?」
奥からタスキとエプロンを着けて出て来たのは七十歳ぐらいの白髪のお爺さんだ。
「あ、ううん。ごめんなさい。買おうかと思ったんですけど、お金無くって……」
苦しい言い訳だな、おい。
「おやおや、こりゃ驚いた。伊吹美優ちゃんじゃないか」
「え! 知ってるんですか?」
あっさり一目でバレてるのね。この変装って本当に意味無いんだな。何か別なの考えよう。
「いっしっし。ファンクラブに入っとるがな」
「本当ですか! わぁ、ありがとうございます!」
「美優ちゃんがテレビでやってくれたアレのおかげか知らんが、みたらし団子ばっかり売れる。他の団子も美味いんだがのぉ」
そういう影響もあったのか――!
「あ、なんていうか、その……」
「ええんて、ええんて。美優ちゃんは気にしなさんな」
うちのお爺さんとは違って優しそうな人だな。そういえば、お爺さん元気にしてるかなぁ。
「美優ちゃん、ちょいと待っててくれ」
そう言うと、大きめの入れ物に団子を次々と入れている。結構な量の団子がビニール袋に入れられて差し出される。
「これ、メンバーの子らと食べなぁ!」
「ええ! 悪いですよ!」
「売上げに貢献した美優ちゃんへのワシからのお礼だ。それともファンからの差入れ……と言った方が良かったかの? ま、実家の伊勢屋の味にゃ敵わないけどな」
そう言われると、これは受け取らないって訳にはいかないな。
「すみません、ありがとうございます。皆んなで食べますね! ここのお団子美味しかったんです、本当に美味しかった」
「ほ。うちの団子、食った事あるんかい?」
「え、知らなかったんですか? あのテレビで私が持ってた団子がそうですよ?」
「なんと! そうだったんかい。それで買いに来てくれたんかい?」
「ええ。お金忘れちゃったんですけどね」
この言い訳は最後まで通そう。
「あ、記念に一枚、写真とかダメかい? 伊吹美優ちゃんが買いに来たって事でさ」
「えっと、ごめんなさい。事務所から撮影はダメだって言われてるので」
「そうかあ……」
お爺さんは、お菓子をねだって断られた子供のように落胆している。ここまで極端に落ち込む老人も珍しい。
優しい人だし、お団子のお礼もあるし。そして何より私のファンだし。ここは一肌脱ごう!
「あの……私のスマホで自撮りを撮らせてもらっちゃダメですか? お爺さんも一緒に。例のお団子を買いに来たって、私のSNSにアップするので」
「ええ! 本当かい? いや、嬉しいなあ」
お爺さんはショーケースの横にある出入口から素早く出て来るとお店をバックにピースして、もうポーズを決めている。
ノリノリやんか!
「じゃ、何枚か撮りますね」
スマホを取り出し、マスクも外してお爺さんと並んでピースして、何枚か自撮りする。
ロッキーはいつの間にかフードの中に隠れてしまっていた。照れ屋さんか?
「いやあ、ありがとう美優ちゃん」
「とんでもないです。私の方こそ、ありがとうございました」
お礼の為に頭を下げるとフードも動くから、中に居ると大変だろう……くっふっふ。
「お爺さんは一人でお店やってるんですか?」
「んな訳あるかい。嫁と息子夫婦とでやってるよ。ちょうど今は留守にしててな。美優ちゃんが来たって言ったら悔しがるだろうな!」
お爺さんは今日一番の笑顔だ。その気持ちは良く分かる。うん。
「そうなんですね。じゃ、私は行きます。お団子ありがとうございました」
「あ、美優ちゃん。変装するなら伊達でええから、眼鏡をした方が良いぞ?」
「眼鏡……ですか?」
「そう。美優ちゃんの一番の魅力は、その目なんだよ。サングラスでも何でも良いから眼鏡をした方が良い。でないと直ぐにバレよるぞ」
なるほど。そうだったんだ。目か。
「はい。アドバイスありがとうございます。今度からそうします」
「気いつけてな!」
「ありがとうございます。失礼します!」
もう一度、深く頭を下げてお礼をする。フードの中は大変でしょう……うっふっふ。
『隠れる場所を考えた方が良かったのかの』
手を振って歩き出すと、フードから出て来て文句を言うかと思えば、自分自身への反省とは意外だ。
「別にフードに入る必要あったの? 外なのに」
『我の姿を公表する必要も無い。変な輩に目をつけられては美優が困るからな』
「何それ? 珍しい鳥だとでも言うの?」
そう言えばロッキーの鳥の種類って何だろう。今まで全然気にしてなかったけど、一万五千年前から存続してる種類かぁ。
『我のこの
「なるほど。確かにそうね」
『美優も有名人だが、違う意味での有名人にはなりたくないであろう』
ごもっともです。
「じゃあさ、伊勢屋の鳥の饅頭は大丈夫だったの?」
『あれは我の模倣で作ってあるし、写真など無いからな。ただの青い鳥としか分からんから心配無い』
ふぅん。意外に色々と真面目に考えてるのね。
「用も済んだし、ちゃっちゃと帰ろ――」
「イクスキューズミー。アーユーア、シャイニング?」
「え? 私? はい」
急に飛んできたシャイニングという単語に、ついつい反応してしまった。
話し掛けて来たのは、肩までのブロンドの髪の毛が綺麗なお姉さん二人組。
「オー! プリティー・ミユ!」
いきなりハグされて、マスクの上からほっぺにキスをされてしまう。一瞬のうちだったので何にも抵抗出来なかった。しかも凄く甘くて良い匂いがする。
「えっ……え!」
「ゴメンなさーいね。彼女、あなたのファン。許してくっださーいね」
もう一人の人が謝ってきてくれたけど、日本語喋れるのね。
びっくりしたけど、ハグとキスは向こうの文化だったよね。
「あ、そんな事ないです。ありがとうございます。サンキューベリーマッチ」
「日本に来て、まさかミユに会えるなんて思わなかったわ! 来て良かったぁ!」
急にハグしてきて未だにハグを解かない人の方が日本語、上手なんですけど!
「に、日本語お上手なんですね」
「どうもでぇす! プリティー・ミユ、今日は休み? 時間ある? デートしましょ!」
「え、時間か……」
まだ一時間以上は余裕がある。少しぐらいなら大丈夫だ。
「その感じーなら、オーケーね。ワターシの家がそこーだから、そこーでお茶しーましょ」
「ケリー、ナイスアイディーア! 行きましょミユ!」
「え、ちょ――!」
なんて強引な人たちだ! てか、何で私に時間あるって分かったのよ!
左右から腕を回されてブロンド美女二人に連れられて行く。有無を言わさぬ拉致り方に戸惑う事しか出来ない。
「プリティー・ミユ、近くで見るとワタシよりも白い肌してるんじゃない?」
「イェース。この間のダンゴォよーりも柔らかいでーす」
耳たぶや首筋、マスクの下のほっぺたなど色々と触られる。どうしていいか分からずに、ただただ戸惑うばかりだ。
ロッキー! 助けれくれぇ!
てか、何処に行ったんだ? フードに居る気配も無いし姿が見えない。うぉーい!
「ダンゴォ。ワタシたちもダンゴォのように繋がりましょう。ラブミー?」
「メニーメニーラブターイム」
うっそぉ! え、えっえぇえー!
こんなナイスバディ(おそらく)のブロンド美女二人に私……さ、され……されちゃうの?
きゃーどうしよう。興奮しちゃうっ!
凛ちゃんともレズった事あるけど、舌を絡める所までで、その後は未遂で終わったし。
は、初めて女の子と最後までしちゃうの? しかも複数で? 相手はブロンド美女で?
私、アイドルなのに……いいの?
ダメよダメダメ! スキャンダルなんて事になったら夢も何もかも終わるんだよ! 早く毅然と断らないとダメじゃん!
でも私の理性は興味と興奮には勝てそうもない。
だってそうでしょう? ブロンド美女二人に愛撫される機会なんてこの先ある訳ないじゃん! されたいじゃん!
足は自然と前に進み、顔に熱が集まってるのが分かる。鼻息も荒くなってるのが分かる。
私の頭の中は不安や恐怖、アイドルとしての心得など消えていて、期待と興奮、甘美な女の悦びしか残っていなかった……。
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