【第三二話 花より団子?】
「お疲れ様でしたー!」
「お疲れ様でした!」
「お疲れ様でしたぁ!」
各所で収録の労いがあり、スタッフの人達はテキパキと片付け作業に入っている。
「美優ちゃん、何あれー? 超ウケた!」
まどかが駆け寄ってきて抱きついてくる。ちょっと待って。
「ウケた? 可愛くなかった?」
「私からは後ろ姿しか見えないもーん。後でモニターで見る! お耳とみたらしをかけた親父ギャグの決定的瞬間をね!」
「あは、あはは……は」
まどかに悪気は無いんだろうけど、あまり褒められてる気がしない。
こうやって苦笑いするしかないじゃない。
「そうね。トゥインクルの可愛いステージを親父ギャグで汚されてしまったものね。やってくれたじゃない?」
「麗葉さん……」
まだ怖い顔の麗葉さんの言葉は冷たくて、背筋に冷や汗が一筋走る。
蛇に睨まれたカエルってこんな気分なのかな。早く食ってくれと、ずっとギャーギャー言ってる団子君がうるさいおかげで、何とか平静を保ててるけど、すごく怖い!
「まあいいわ。これでトゥインクルの勝利は間違いないと思うしね――て、何?」
麗葉さんに、持っていたみたらし団子を差し出していた。
「聞こえません? みたらし団子君が食べてくれって言ってるの。麗葉さんも食べてあげて下さい」
『そうだ。食え食え! 早く俺を食ってくれ!』
「結構よ。私、下品なお団子は嫌いなの」
『げ、下品?』
怖い空気を変えたくて、みたらし団子を引き合いに出したけど、やっぱり麗葉さんにもこのみたらし団子の声は聞こえてたんだね。
「それじゃ、お疲れ様」
「はい。お疲れ様でした」
トゥインクルのメンバーに声をかけてスタスタと楽屋に帰って行く麗葉さんの背中をずっと見ていた。勝負は始まったばかりだ。
「美優ちゃん、モニター観に行こうよ!」
「あ、ごめん。ちょっと待って」
私の手を引っ張って行こうとするまどかを制して、片付けをするスタッフの人に声を掛ける。
「あ、すみません。このみたらし団子って、何処のお店のか分かりまか?」
「これ? 俺は用意してないからなあ。あ、ちょっと待ってね」
そう言って、近くの他のスタッフに聞いて回ってくれている。別に気にしなくても良いんだろうけど、何となく気になってしまう。
この団子はおそらく、工場などで作られた物じゃなくて、職人が手作りしてるお店の団子だろう。魂を込めて作ってるから団子に魂が宿ったのね。
待てよ。団子に聞けばいいんじゃん。
「ねえ、あんた。どこのお店の子なの?」
聞く場所と聞く人が違えば、それなりにそれなりな質問だけど、健全に団子に聞いている。
『俺かい? 知らね。固くなるから早く食えよお!』
ダメだこりゃ。一個食べれば満足するのかな? 試しに一個食べてみる。
『おぉう。食われてる! 食われてるよ! あぁ……幸せ――』
そんなに幸せなのか。まあ食べ物なんだから食べてもらってなんぼだしね。
それにすごく美味しい。団子自体に甘味があるし、タレが甘すぎないので、何本でも食べれてしまいそうだ。
「ほら、一個食べてあげたよ? 質問に答えて。あんたはどこで作られたの?」
しかし、返事は無い。え、無視ですか?
「せっかく食べてあげたのに、そんな態度なら残りは生ゴミにしちゃうわよ?」
生ゴミは嫌でしょう? さあ、返事は……無い。
「え、まさか消滅しちゃった? 食べてもらえたから?」
有り得る。串には四つの団子が刺さっているので、それぞれに魂があるかと思ったけど、完成形の一本で一つの魂だとしたら……だとしたらどうなの? 分からん! 後でロッキーに聞くしかない。
「すみません、伊吹さん。ちょっと今は分からないですねぇ。その団子、気に入りました? なんなら後で調べてマネージャーさんに伝えておきましょうか?」
「は、はい。それでお願いします」
ニコニコ笑っているこのスタッフは、私の親父ギャグで気に入ったと言ってるのか、食べかけの団子を見て、純粋に味が気に入ったと思ってるのかどっちだろうね。でも真相を知るのも怖い。
「何なら、何本か持って行きます? もう使いませんし、せっかくだから皆さんで召し上がって下さいよ」
――後者だったか!
「あ、ありがとうございます」
どこにあったのか、タッパーに団子を入るだけ入れて、渡してくれるのは良いんだけど……「早く食え」という合唱が聞こえるのは私だけなので良いんだけど……正直、うるさいのよね!
テーブルに残された団子たちの悲痛な絶叫と、タッパーに入ってる団子たちの早く食えコールも重なって、気になって仕方ない。
こうなったら強制的に食べさせて黙らせるしかない。
「まどか! あのね…………」
「オッケー! 任せて!」
ノリの良いまどかは直ぐに理解してくれて、団子の皿を片手に笑顔で、スタッフさんに団子を強制的に食べさせに行っている。
「おみみたらし団子、あ~んだにゃん」
一口目を食べさせたら団子は手渡し、次から次へと食べさせに行く。
残りの団子も半分くらいになった時には、逆に私とまどかの両方に列が出来て並んでいる状態だった。
「あ~んだにゃん……」
最後の一本の団子が売り切れました! やっと静かになったよぉ。
団子君たちも次々に食べられて幸せそうだったし、スタッフの人達もニコニコと幸せそうだし、良かった良かった。
この時、鈴木マネージャーにこの光景を動画で撮られていると知ったのは、かなり後の事だった。
「美優ちゃん、この決め台詞イケるね! 曲のサムネにしようよ!」
「プロデューサーが〝うん〟と言えばね?」
「言うよ! てか、言わせるから大丈夫!」
複雑だ。まどかを応援する気持ちと、プロデューサーに同情する気持ちが両方ある。
「それよりモニター観に行こうよ! 皆んなも確認してるんじゃない?」
「う、うん……」
まどかは嬉々として私の手を引っ張って行くけど、本人としては恥ずかしいんだよなぁ。
一台のモニターの前には人だかりが出来ていた。さっきのパフォーマンスのオンエアが、どういう形で流れたのか、それぞれ皆んな確認している。
麗葉さんは……居ないみたい。
(おみみたらし団子、あ~んだにゃん……)
やがて、モニターにどアップで映し出される自分の痴態。
今まで、自分で自分の映像を観るのに抵抗は無かったんだけど、流石に今回は照れた。
「こりゃあ、荒れるなぁ……」
そう呟いたのが誰なのかは分からないけど、その場に居た全員がそう思っただろうな。
自分で言うのも何ですが、モニターの伊吹美優は、めっちゃくちゃ可愛いかったのです!
視線は色っぽくて儚げで、胸チラもしっかりしてて、自分で自分にキュンキュンしちゃったよ。
団子もだけど、美優を食べたくなってくる。私、色んな意味でヤバい!
「はい、では今日はもう帰りましょう。各自、SNSで宣伝はしておいて下さいね」
はぁい。対馬さんから帰ると言われたので帰りましょう。恥ずかしくて、この場からさっさと立ち去りたい気持ちがあったので、助かった!
対馬さんも対馬さんで、何か感じるものがあったのだろうか。
皆んなを急かすように促している。でもその表情は嬉しそうにしているので、私も嬉しい。
間接的に「よくやった」て褒めてくれてるような気がしたのだ。
もちろん、シャイニング・マンションに到着するまでの車内は、メンバー同士で私というオモチャの取り合いになった事は言うまでも無い。
可愛い子にモテるって最高ね!
マンションに帰り、お風呂も済ませ、広間のリビングでエゴサーチをしつつ、自分のSNSを更新していたら、夜も十時を過ぎていた。
どうやら世間の評価は概ね好評みたいだった。みたらし団子が好きだからって意見もあれば、伊吹美優が好きだからって意見もあった。
私をSNSで語る時の愛称が〝みたらし団子〟に塗り替えられてしまったのはどうかと思うけど。
何より嬉しかったのは、曲調に合わせたパフォーマンスをしたのは伊吹美優一人しか居ないって意見が多く見られた事だ。
でも、仕方ない。猫耳のメイドさんの衣装なんだもの。可愛くしたいよそりゃ。サビの振付もポップな感じになってたし。
むしろ会社はワザと曲調と反対のパフォーマンスをするように仕向けてたかもしれない……なんて考え過ぎかな?
荒れるなぁ。と、誰かが呟いてた通りに今夜は至る所で荒れていた。
テレビやネットはもちろん、SNSでも〝みたらし団子〟がトレンドに上がる程に世間は沸いていた。
放送後にゼノンの投票サイトはアクセスが集中しすぎてダウンしてしまうし、復旧後もアクセス制限してるので繋がりにくいと苦情が来る始末らしい。
私達の放送が夕方六時位からだったけど、四時間経った今でも、その熱は冷めないでいるみたいだ。
嬉しいんだけど、皆んな騒ぎ過ぎなんじゃないかと少し思う。
でもこの盛り上がりも、シャイニング単体では起こってないんだろうな。トゥインクルと一緒だからこその、トゥインクルと新曲をかけての勝負だからこそなんだ。
そう考えると私が起こした予定に無いアドリブは、本当に突飛な奇襲で、トゥインクルのフィールドを汚したとも言える。
私のアドリブに賛否両論あるけれど、否定的な意見を挙げてる人の気持ちも、何となく理解出来る。トゥインクルのファンなら尚更よね。
本当にあれで良かったのかなぁ。私、間違った事してるんじゃないのかなぁ。
やってやった! って気持ちよりも、今は罪悪感の方が強い。そんな私に畳み掛けるように悲報はやって来る。
「美優ちゃん! 大変よ! これ見て!」
広間のリビングにはシャイニングメンバーは全員居る。それぞれが自分のSNSを更新したりコメント対応をしていた。
テレビのワイドショー的な番組を観ていた凛ちゃんが驚いた声で指差したのは、速報のテロップだ。
【速報。トゥインクルの木田麗葉さん。交通事故で救急搬送。意識不明の重体】
え……うそ……。
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