【第二〇話 まさかの意外なモノガタリ】


 佐伯探偵事務所の所長室には、所長の佐伯涼介さんと工藤さん。工藤さんと先輩の葉山さんと、我らが横山さんが居た。

 険悪な雰囲気で待ってるかと思われたけど、そんな事は無く、和やかな雰囲気に逆に拍子抜けしてしまった。


「伊吹さん! 香山さん! 無事で良かった! 知らせを聞いた時はどうなるかと思ってたんですよ!」


 部屋に入るなり、座ってたソファから駆け寄ってきた横山さんは、父親のように安堵の表情を浮かべていた。


「ご心配をおかけして、すみませんでした」

「もう済んだ事だ。何より二人が無事なのが嬉しい。良く頑張りましたね!」

「あ、ありがとうございます……」


 もっと怒られるのを覚悟してたから、この対応にどうしていいか分からず、凛ちゃんと顔を合わせて不思議に思っていると、ソファにかけていたもう一人の人が歩み寄って来た。


「佐伯探偵事務所、所長の佐伯涼介と言います。この度は危険な目に合わせてしまって申し訳ありません」


 頭を下げられるとこっちが困ってしまう。


「そんな! 悪いのはあいつらで、皆さんは悪くないですから! ね、凛ちゃん」

「そうです! 全部私がバカなのが悪いんです!」


「いやいや。そういう危険から守るのも我々の仕事なので。今後はしっかりとガードを固めますので」


 別にいいのに……単純にあいつらが悪いで済ませられないのかな。

 変なとここだわるのよね、大人って。

 私もいつか理解出来る様になるのかな。


「あ、はい。ありがとうございます……」


「いえ、私があいつと付き合ってたのが悪いんです。あいつの口車に乗せられた私が悪いんです」

「凛ちゃん! そうやって罪悪感に自惚うぬぼれるのも、もうお終いにしよ! もう終わったの。私達は一ヶ月後のライブの成功に全力を尽くすだけだよ!」

「美優ちゃん、ありがとう。でも、あのね……」

「まだ言うの?」


 凛ちゃんが困ってる表情をしている。責任を感じるのも分かる。しっかり者な凛ちゃんだから、自分を許せないんだ。

 分かるよ。でも今回は私達皆んなに甘えようよ。


「ほら、横山さんも何か言ってあげ……横山さん?」


 横山さんは口に手を当てて笑いを堪えている。見ると、一同全員が笑いを堪えている。


 え、何かあった?


「香山さん。伊吹さんもこう仰ってる訳だし……その……う、自惚れるのは、止めましょうか? ぷっくく」


 自分で言って自分で笑う横山さん。それに釣られて、失笑が止まらない男性が三人。


「もう! 皆んな何がおかしいんですか⁉︎」


「美優ちゃん、あのね? 正しくは、罪悪感にさいなまれるって言うの。自惚れるって事は、罪悪感を自慢してる感じになっててね……ごめん!」


 説明してくれてる凛ちゃんも途中で笑い出していた。


「いやはや。流石は横山先輩が見込んだだけある子ですね!」


「でしょう? この子を見た時からシャイニングの構想が一気に完成したんだよ。エンターテイナーとして、類い稀なアイドルです」


 これって褒められてるのか、バカにされてるのか、リアクションに困るよね?


 あは……あははっ。


「香山さん、伊吹さん、安心して下さい。今回の犯行に及んだ、及川隆と小柳太一は私どもが圧力をかけさせていただきました。一般のファンとして、観客に居るかもしれませんが、彼らがあなた方に対して何かをするという事は、今後発生しません」

「え! 本当ですか? どうやって……」


 佐伯所長は淡々と言ってくれるけど、そんな保証なんてどこにもないんじゃないのかな。


「信じられないって顔をしてますね? まあそうでしょう。それを可能に出来る程、うちの探偵事務所は特別なんですよ。何かご依頼があれば是非ともご利用くださいね?」

「あ、はぁ。ありがとうございます……」


 まだ何か腑に落ちないけど、まぁいいか。きっと大人の事情ってやつでしょうよ!


「佐伯、後は僕が言っておくよ。ありがとうな」

「とんでもないです」


 横山さんを先輩って呼んでたし、また大学からの仲なのかな? 人脈が広いのね、横山さんって。


「さ、君たちは僕が家まで送ってくよ」


 佐伯所長を始め、工藤さんや葉山さんにお礼を言い、横山さんの後に続いて駐車場まで歩いて行く。

 駐車場に到着するまでずっと無言だったのが妙に怖くて、凛ちゃんと二人で不安がっていた。

 横山さんの車は白のレクサス。

 そりゃそうよねぇ。お金あるよねぇ。


「さ、まずは香山さん家まで行きますか」


 後部座席に座る私達に向かって、シートベルトを締めながら言う横山さんの口調は普段通りな気がする。


「すみません。宜しくお願いします」


 凛ちゃんも少し緊張してる?


「さてさて。わざわざ僕が迎えに来て送ってく理由を教えようか?」


 やっぱり。今からが本番のお説教タイムだったのね。誠心誠意、謝らなきゃ!


「まず、佐伯探偵事務所の事は内密にお願い出来るかな? 君達の不祥事はそれで無い事にする。この意味が分かるかな?」


 不祥事って……まぁ、結果的に不祥事と呼ぶんだろうけど。

 要は探偵を使って身辺調査をしてた事を他の人に漏らすな。そうすれば今まで通りにアイドルとしてやっていけるぞ?

 と、横山さんから取引を持ちかけられてる訳だ。


「はい、分かります」


「宜しい。佐伯は僕の大学の後輩でね。前職は内閣調査室と言う諜報機関に勤めてたんだ。その頃のコネと技術で探偵業をやっている。調査力は一流なので、ゼノンの依頼は全て佐伯にしてある」


 横山さんはスピードを出す人なのね。結構な勢いで飛ばしてるけど、全く怖くない。

 メロウのあれに比べたら揺り籠と一緒だ。


「僕は結構なスピード狂いだけど、怖くない?」

「いえ、全然。大丈夫です」

「私も平気です」

「そっか。肝が据わってるねぇ。君達のこれからが、ますます楽しみになるね」


 メロウの耐性のおかげです。


「ありがとうございます。頑張ります!」


「うん。で、話の続きだけど。佐伯が言ってた圧力ってのは、小柳太一の所属する暴力団が、関東一の勢力の長野組って言ってね? その長野組に圧力をかけたのさ。ゼノンとは無関係だから安心してくれ。佐伯のコネを一つ使ったまでだから。シャイニングにちょっかい出すと命が無いとなれば、大人しくなるだろう?」


「え、じゃあ本当にもう……」


「そう。圧力の内容まで僕は知らないけど、佐伯を信用しているし、実際に信用出来る。あいつが大丈夫と言うなら大丈夫だ。だから今日の事は秘密の記憶に留めておいて、今まで通りに頑張ってもらいたい。お願い出来るかな?」


「ありがとうございます! 精一杯頑張ります!」


 横山さんが送ってくれる理由が分かった。秘密の話をするから、誰かに聞かれる心配の無い車内に行きたかったんだ。


「そして、君達への探偵の監視はこれからも続く。それは君達の安全を守る為でもあるから、了承してほしい。これも誰にも言わずに内密にね?」


「はい! 大丈夫です!」


 秘密の共有をする事で、お互いを信頼して、より良い関係を築く。これが横山さんのやり方なんだろうな。勉強になる。

 下手をすれば自分の首を絞める方法だけど、私達は横山さんに全幅の信頼を置いている。そして凄く期待もされている。

 その期待に応える為にも、より一層頑張ろうと思う。

 今回の横山さんの対応で、その気持ちはますます増えていった。


 絶対に裏切れない!


「さ、着いたよ香山さん。寮のマンションは明日からでしたよね? 明日仕事が終わってからの入居になるから忙しいと思うけど、ごめんね?」


 車は昼間に私が訪れて、いつの間にか眠らされて誘拐された、曰く付きの物件に到着した。

 凛ちゃんは何か申し訳なさそうにしてるけど、どうしたんだろう。


「それなんですけど……やっぱり私、引っ越さずにこのままってのはダメでしょうか?」

「えぇっ?」

「引っ越したい理由が元彼の事だったので……その心配が無いなら、このままこのアパートの方が住みやすくて良いかなぁって」

「あーうん。そうかぁ……」


「凛ちゃん、急にそれは余りに横山さんが可哀想だよ。手続きとか、色んな人がもう動いちゃってるんじゃないかな?」


「え……あ、ごめんなさい。でも……」


 ここで閃く私の頭脳!


「横山さん、そのマンションって二人で住んでも問題無いですか?」

「え? まあ、家族用に広いから数人で住んでも問題は無い。でも誰が一緒に住むんだい? 伊吹さんかい?」

「はい! 私が凛ちゃんと一緒に住みます!」


「美優ちゃんが⁉︎」


「うん。凛ちゃんが寮に住むって話があってから、私も考えてたの。今住んでる実家は群馬県だし、仕事は都内だし、毎日通うの大変だし、一人暮らしはした事なくて不安だし、凛ちゃんと一緒なら安心だし、凛ちゃんにとっても安心だし、会社にとっても安心だし、探偵さんにとっても安心だし、良い事尽くめじゃない?」


 まさに一石二鳥どころか、三鳥や四鳥もお得なアイデアじゃないだろうか。

 本物の鳥も付いてくるしね!


「なるほど、それなら安心です。香山さん、いかがですか?」

「住む! 美優ちゃんと一緒に住みます!」


 こんなに喜んでくれてる凛ちゃんを見ると、私も嬉しくなってくる。


「分かりました。それではそのように手配しますね。明日の仕事終わりに二人とも入居出来る様に荷物を用意しておいて出社して下さいね?」


「「はい!」」


 ルンルン気分で車を降りて行った凛ちゃんに別れを告げて、車はまた走り出した。


「さて、群馬県は遠いなぁ」

「すみません。電車でも帰れますので、そこら辺で降ろしてもらっても大丈夫です。お忙しいのに、申し訳ないです」


 そうだよ。実家の群馬県は、ここから車じゃ遠いんですよ。電車で大丈夫なんですから。

 本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。


「いやいや。タレントと腹を割って話をする絶好の機会を僕は逃さないよ? むしろ伊吹さんと二人きりで話をするチャンスを得たと思ってるよ」


「え、あ、はい……」


 私の貞操の危機はまだ去っていなかった!


 このままどこかホテルに連れ込まれて……やっぱりアイドルでも枕営業ってあったのね!

 でも横山さんには大恩がある。断れないよ。


「あ、あの横山さん……私、横山さんが満足出来るか分かりませんが、頑張ります」


 テクニックなら自信は無くはない。避けられないなら、せめて失望だけはしてほしくない。


「うん。伊吹さんならきっと僕を満足させて……いや、それ以上に興奮するぐらいに期待しているよ」


 まさかの横山さんってロリコンなのか!


 私の身体がそんなに興奮するぐらいに魅力的だからって、親子程に歳が離れてるのに⁉︎


 あぁああああ!


 顔を真っ赤にして頭を抱えて横に振ってたので、肩に乗っていたロッキーに髪の毛がバシバシ当たっていた。

 そりゃ嫌がるだろうね。ロッキーは運転席と助手席の間にあるコンソールボックスの上に逃げてしまう。


『何を考えているか大体は想像出来るが、安心しろ。恐らくこの人は美優が思っている以上に真面目な人柄だぞ?』


「伊吹さんは何を考えて……あぁ! っはははは! そんな心配してたのか。安心しなさい。この鳥君の言う通り、僕は信頼してくれ」


『なぬ!』

「ええっ!」


 ロッキーと私と、同時に驚いていた。ロッキーが豆鉄砲を食らったような顔をしている。

 ついでに私も。


「横山さん、ロッキーの言う事が解るんですか⁉︎」

「最初は生き物かと思ってたけど、喋れるなら作り物なんだよね? よく出来てるなぁ。剥製はくせいか何かか、君は?」


『うむ。この鳥は生身だが、依代よりしろに過ぎない。われは古代からのモノである』


「へぇ。生き物と喋るのは初めてだから、新鮮だな」


「横山さん、モノガタリだったの⁉︎」


「うちの家系は先祖代々続くモノガタリだよ。家督は僕の兄が継いでるので、僕は自由にさせてもらっている。僕の能力は大した事じゃなくて、思念が強いモノしか声が聞こえないからね」


「そうだったんですか……」


 私以外にこの特殊な能力がある人ってやっぱり居たんだ。しかもそれが横山さんなんて。不思議な縁だなぁ。


「僕の兄はモノに魂を与える事も出来る。けれどもそれは知性的とは言えず、世にある人工知能よりも知能は低い。なので伊吹さんがメロウを生み出したのは驚いてるよ」


「ええええ! 何で知ってるんですか⁉︎」


「工藤くんには教えてないが、探偵事務所の所員全員が任務中は盗聴機で監視されている。もちろんプライベートの時間はオフにされてるから、心配いらないよ? あと方法は企業秘密ね?」


 ひぇええっ。落ち落ち男なんて作れない。ずっと監視されてるんだ。


「伊吹さんのその能力は驚異的だ。横山家に伝わる伝承の誰よりも強力だ。モノに意思を持たせるだけじゃなく、モノが自らの意思で動ける程に魂を生み出せるなんて聞いた事もない」


「え? そうなんですか?」


 自分の中ではそれが当たり前だと思っていた。ロッキー、メロウ。動かせる部分があるから自分で動いてるものだと思っていて、ジョウジは可動箇所が無いから動かないかと思っていた。


『うむ。美優の能力は史上最高に強力である。だが、まだ自分の意思で制御出来ておらぬので、鍛錬せねばならぬな』


「鍛錬って何よ?」


「横山家に行けば、兄が色々と教えてくれるかもしれないな」


「うーん。でも大丈夫です。その内なんとかなりますよ。それよりも一か月後のライブに全力ですよ!」


 これは横山さんに忖度して言った言葉じゃない。私の正真正銘の本音だ。

 実際、モノガタリとかどうでもいい。私が掲げる目標は高いのだ!


「良く言った! そうだね。そっちの方がより重要だ。伊吹さんはモノガタリである前にシャイニングなんですから」


「はい! アイドルは私の夢でしたから!」


「うんうん。頼もしい限りです。でもその能力は出来るだけおおやけにしない方が良い。鳥君しかり、メロウしかり、伊吹さんが生み出した魂は、恐ろしく知能的で自ら動く事が出来る。これが世に知れたら、アイドルなんてやってられなくなる位に世界中から伊吹さんの能力の争奪戦が沸き起こるだろう」


「え? ロッキーは私じゃな……」


『そうであるな! 我も解剖されかねなくなるな! 我を守る為にも秘密だぞ、美優!』


 急に割って入るロッキーにびっくりする。大分、慌てた様に言ってるから、そんなに解剖されたくないのかな?

 まあ、されたいって生き物は居ないか。


「そうそう。今現在、伊吹さんの能力を知ってるのは香山さん、工藤くん、佐伯所長、そして僕だけだ。もうこれ以上誰にも知られないようにね?」


「は、はい。気をつけます」


 確かに。こんな変な能力、誰にも受け入れられないしね。

 でも何でさっきロッキーは私の言葉を遮ってたんだろ。帰ったら解剖ごっこでもしてみようかな。




 その後は、ロッキーも交えて取り留めのない会話があっただけで、気がつけば家の前に到着していた。


「へえ。報告書で知ってたけど、立派な和菓子屋さんじゃないか」


 実家の和菓子屋〝伊勢屋〟を見て、横山さんは感嘆していた。


 そうかな。普通の和菓子屋ですよ?


「ありがとうございます。あと、送っていただき、ありがとうございました」

「なんのなんの。もう夕方だから今夜はゆっくりして、明日からまた宜しくね?」

「はい! また明日です! ありがとうございました!」


 横山さんのレクサスはさっさと行ってしまった。夕飯でも食べてけばいいのに……忙しいのかな?


 朝、出かけてから六時間しか経ってないのに、何日も留守にしてたような感覚で、とにかく疲れた。

 夕飯食べて、お風呂入って、寝てしまいたい。

 珍しく住居の方ではなく、店舗の方へと入って行く。


「ただいまぁ……」

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