【第一六話 探偵は空を飛ぶ】
「第七次報告。ターゲットの伊吹美優は同じメンバーの香山凛と共に眠らされて車で移動する模様。これより追跡に入る」
アパートの物陰に隠れて、車に乗せられてる二人を見ながら、記録用のボイスレコーダーに報告を入れて途方に暮れる。まさか誘拐されるとは。
これで伊吹美優の身に危険が及ぶようなら、所長に怒鳴られるどころか、僕はクビだ。
工藤和哉、二十八歳、独身。これで職を失えば更に結婚が遠のく。勘弁してくれよホント。
我が佐伯探偵事務所はゼノン芸能会社からの依頼の仕事がほとんどで、ゼノンからの期待は裏切れない。
失敗するとゼノンからの依頼は無くなり、事務所が経営難に陥る。
ゼノンの依頼というのも単純だ。抱える全タレントの身辺調査だ。
スキャンダルが出ない様に裏からタレントを管理している。
ターゲットのタレントに黒歴史があれば、公表されないように隠匿するし、恋人が出来ればその恋人を調査して、問題があれば破局工作までして離れさせる。
金を掛けて育てたタレントという商品を守り、更なる金を稼ごうって訳だ。
はっきり言ってタレントを全く信用していない事になる。
でも、だからこそゼノンはあそこまで大きな会社になってるのも事実だ。
そのやり方が倫理的に正しいかそうでないかは問題ではない。結果が全ての芸能界において、ゼノンのやり方が高を奏してるなら、芸能事務所としては正しいのだろう。
タレントは可哀想だがな。しかし、タレントもゼノンのおかげで売れる訳だから、非難出来る立場に無い。
まったく……美味いシステムだ。僕達も仕事に困らないしな。
だが、タレントの身の安全を守るのも僕達の仕事に入ってるので、今のこの現状は相当ヤバい。
警察を動かすのはもっとヤバい。秘密裏に処理する為に、わざわざ探偵なんぞに依頼してるのだからな。
だからと言って、相手はヤクザっぽい。僕が無事で帰れる自信も無くなってきた。
香山凛の担当の葉山先輩は、伊吹美優担当の僕が来た事で元彼の
よりによってそのタイミングで事件発生なんて勘弁してくれよ。
おまけに今は僕しか居ないなんて、勘弁してくれよ。
葉山先輩に電話しても、電源が入ってないとか、勘弁してくれよ。
伊吹美優のジャケットのポケットには、ここに来るまでの電車にてGPS付き盗聴器を入れてあるので、情報だけは入手出来る。
後は移動手段が無い事が問題だ。
タクシーか……運良く捕まれば良いけど。
その時、青い小鳥が飛んで来て、タクシーを拾う為に道路脇に出た僕の隣のガードレールに降り立って見つめている。
確か、伊吹美優のペットの鳥で、実家の和菓子処〝伊勢屋〟の看板の鳥にもなってる。
「どうした? お前も一緒にご主人様を追うか?」
言葉が理解出来るのか、肩に乗って来るので、行動を共にする事にする。
こっちの味方は鳥が一羽か。こんな戦力でこのピンチを乗り切れとか。厄日にも程がある。
ようやくタクシーが捕まり、運転手に僕のスマホを渡す。
「すみません。こいつを追跡してもらえますか?」
スマホの画面には、伊吹美優に取り付けた発信機の輝点が地図に表れている。
「あいよー! 何か映画みたいだな。俺、一度でいいから、こういうのしてみたかったんだよな! 任せな! 絶対逃さねえぜ!」
「あ、はい。お願いします……」
追跡しながら作戦を練るしかない。とりあえず盗聴器の受信機からイヤホンを伸ばして耳に装着する。
聞こえるのは車のノイズ音だけで、会話は聞こえない。どこまで行くのか知らないが、拾える情報は拾っとかないとな。
青い小鳥もイヤホン側の肩に移動して漏れる音を聞こうとしている。
本当に賢い鳥だな。というか人間の言葉を理解出来てるのか? まさかな。
まずはバッグの持ち物をチェックする。
スマホの替えのバッテリーと、小さな催涙スプレーが一本。あとは小型のスタンガンが一つ。
催涙スプレーも小型なので、五秒も噴射したら無くなるので、一人位にしか使えない。
スタンガンは急所に当てなくても全身に電撃が走るタイプで、成人男性でも一撃で倒せる代物で、どこかの国の軍隊で正式に採用されてる
ただ小型なのでバッテリー容量も少なく、五回も使えばバッテリーが切れる。
つまり、どんなに多くても五人までしか相手に出来ない事になる。それ以上の人数が向こうに居たらアウトだ。
「どうすんだよ……五回しか使えないスタンガンとコッキリ催涙スプレーで、ヤクザ相手にしろってか? 無理ゲーすぎるだろ……」
愚痴が口からこぼれる。どうやら車は富士山方面に向かっているらしい。
かなりの距離が離れてるので追跡には気付かれないと思うが、人気の無い方へ向かわれるのが厄介だな。
あれから二時間は走ってるだろうか。ある山の峠道を登ってる所で、盗聴器から受信があったのか、イヤホンから声が聞こえてくる。
それまでじっとしていた青い小鳥も、イヤホン越しに聞き取ろうとして来たので、耳からイヤホンを少し離して、お互いが聞こえるようにしてやる。
こいつ本当に鳥か……?
どうやら伊吹美優が起きたようだ。香山凛はまだ眠らされたままかな?
しかし……聞こえてくる内容が危険極まりない。早く救出しなければ取り返しのつかない事態に陥り、僕の結婚がますます遠のく。
伊吹美優を乗せた車は山の八合目辺りで画面の輝点が止まっている。
道路は一本道なので迷うことは無いから、運転手からスマホを返してもらい、グーグルアースの航空写真で現地を確認する。
周りは何も無く、コテージらしき建物の屋根が写っている。
ここか。メイン道路から少し行った先にそれはあった。
「運転手さん、この先に左に逸れる細い道があるからそこで降ろして下さい。運転手さんは危ないから僕らを降ろしたら速攻で帰って下さいね?」
「すまん。悪いがそうさせてもらうわ。ここいら辺は長野組の管轄だから、関わり合いになりたくないんでな」
「長野組って……あの長野組ですか?」
「そうだよ。正義のヒーローの一躍になれて光栄だったよ。ご武運を!」
僕らをメイン道路脇に降ろしたら、運転手さんはそう言い残して本当にさっさと帰ってしまった。
薄情だなんて思わない。あの関東最大の長野組が関わってると聞いたら、誰でも逃げたくなる。
僕だって逃げたい位だ。仮に伊吹美優らを助けられても僕が長野組に目をつけられたら……。
「あー。僕の人生もう終わったな。結婚したかったなぁ……」
しゃがみ込んで
「何だい? 慰めてくれるのかい? ありがとう。大丈夫だよ。心配しなくてもご主人様は助けるよ。所長にも迷惑をかけられないしね」
青い小鳥は小さく頷くと、翼で「ここに居ろ」と指示すると、飛び立ってコテージの方へ行ってしまった。
いや実際には違うのかもしれないけど、そんな風に受け取ってしまった。
本当にただの鳥か……?
人の言葉を理解してるんじゃないかと疑ってしまう。
とりあえず待つか。スマホを取り出して見ると圏外になっている。大きな溜め息しか出ない。
おいおい勘弁してくれよ……。
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