【第一五話 凛ちゃんの喜怒哀楽】
「……ゃん……美優ちゃん……美優ちゃん!」
はっ!
パッと目が覚めたら、凛ちゃんが心配そうな顔をしてこっちを見ていた。
「凛ちゃん、起きたんだね?」
「ぶふっ。やだもお、美優ちゃん! それ私のセリフだよ」
「え? あ、そうか。私もあれから寝ちゃったのか……」
「美優ちゃん、ごめんね。まさかこんな事になるとは思わなかったの」
凛ちゃんが謝るって事は、やっぱり私に睡眠薬を盛ったのは凛ちゃんか。
「凛ちゃん……状況、理解してる?」
「何となくね。この部屋見ればね……」
凛ちゃんは首を捻って辺りを見回してから諦めたような口調で呟く。
二人とも縛られたままなので、仲良くベッドに寝転がっている状態だ。
「ヤクザなアニキって人が取り仕切ってて……」
「ぶふっ。ちょっと待って美優ちゃん!」
へ? 凛ちゃんは何をこんなに爆笑してるの?
「ヤクザなアニキって人って……ああ、おかしい!」
「え? 何か変?」
「言い方が……アニキが名前みたいに言うから……ダメ、お腹痛い……」
まだ笑ってる。そんなに変かな?
「ふぅ……ふぅ……で?」
「うん。で、そのヤクザみたいなアニキって呼ばれてる人がさ……」
「ぶふぅ! 美優ちゃ……言い直さ……なくても……」
また爆笑してる。え? 変じゃないようにちゃんと言ったんだけど。
「もう! 凛ちゃん! 笑ってる場合じゃないの! 絶体絶命のピンチなんだよ!」
「ごめんごめん。で?」
「うん。そのアニキが言ってたのがね——」
ここに来るまでに聞いた事を凛ちゃんに説明してると、流石の凛ちゃんも笑顔が消えて顔が真っ青になっている。
「そうなんだ……私たち、もう人生終わったようなもんなのね」
「うん……」
「あー! クソ! あのヤリチンクソタカシ! 何が自分はヘチマ級だから、だよ! お前の頭の中がヘチマ級にスカスカじゃんか!」
わぁお。凛ちゃんがキレた。
てか、あの元セフレってタカシって名前だったんだ。どうでもいいから忘れてたよ。
そしてヘチマ級って。まぁ自慢する位はあったような、なかったような……あまり覚えてないけど、頭の中は確かにスカスカね。
「凛ちゃん……私もごめんなさい」
「美優ちゃん、謝るのは私の方だよ。美優ちゃんは、彼女だった私の存在知らなかったんでしょう?」
「うん。向こうからナンパされたの。その時に付き合ってた彼氏に不満あったから。軽率な過去の私を、ぶん殴ってやりたい」
暫くは、二人して自分自身を罵り合い、過去を後悔する。自分の方が悪いんだと。
「あいつ……タカシはさ? 私とやり直したいって電話来て。もちろん断ったけど、浮気は美優ちゃんの方から誘って来たって言っててね。その時の罰、みたいなノリで、ちょっと懲らしめるドッキリを仕掛けるって言っててね。面白そうだし、美優ちゃんなら乗ってくれると思って……それで最後の思い出にするからって言われて……金輪際、連絡もしないって言われて……私、どれだけバカなの! 騙されてるとも気付かずに! 美優ちゃんに迷惑どころか、通り越して人生終わらせるような事に巻き込んで! 大バカ者だよ! ゔ……うぁあん! 美優ぢゃあん、ごめんなざぁい! ごめんなざぁ——あぁあっ!」
「凛ちゃあ……うぁあん。ごめんね。本当ごめんね……」
今度は二人して泣きながら、ごめんと言い合う事を続けていた。
泣き疲れて、ようやく心が落ち着いた所で、次にどうするかを考えるように、頭は移行していた。
「凛ちゃん、聞いて。私は諦めないよ。どこまで抵抗出来るか分からないけど、シャイニングはこんな所で終わらないんだから!」
「うん! 私も負けないよ!」
「……二人とも変わったな」
ドアが開き、アニキと他数名と入ってきたタカシが驚いている。
「あんなに大人しくて従順な感じだったのに。芸能界ってのは人を変えるのか?」
「あんたに言われたくないわよ! このヘチマンカス野郎!」
「そうよ! このヘチ……ま? 美優ちゃん、それなぁに?」
「え、何か急に思い付いたの。あいつにピッタリじゃない? このヘチマンカス野郎〜!」
「ヘチマンカス野郎〜!」
「くっははははっ! おい、最高だなタカシ。素敵な称号を貰ったじゃないか。この動画のサブタイトルにでもしたらどうだ?」
タカシは、唇を噛んで、わなわなと震えて顔を赤らめている。ざまあみろ。
「アニキ。こいつら、素直に薬飲みそうにないんで、ちょっと荒くなりますよ?」
「だろうな。だが傷はつけるなよ?」
「分かってますって。おい、押さえろ」
凛ちゃんと二人でベッドから引き摺り下ろされ、床に座らされる。
「まず美優から飲ませるか」
怪しげな瓶から紙コップにスプーン三杯の粉が入れられて、ペットボトルの水を入れ混ぜている。
二人の男に押さえつけられ、鼻を塞がれるので、呼吸の為に口を開けた所に、出来上がった怪しい液体を流し込まれる。
上を向いて顎を固定されてるので、飲み込まないと息が出来ないし、口も押さえられてるので、吐き出す事も出来ない。飲み込まないと息をさせてくれない。
何度も咳き込んで床や服にこぼしても尚、どんどんと流し込まれるので、飲まざるを得ない。
一体どれだけ飲ませるんだ?
何より味が不味い!
漢方薬みたいな味で、それが気持ち悪い。
「この媚薬は海外製でね。日本じゃ危険薬類として販売してないんですよ。通常は五から十グラムが規定用量なんですが、お嬢さんには三十グラム飲んでもらいましょうか」
ヤクザなアニキは優しい口調で恐ろしい事を言ってくる。
「この媚薬は女性ホルモンと交換神経を高め、副交感神経を鎮める効果があります。飲みすぎると幻覚を見る事もあるそうです。覚醒剤でも入ってるんでしょうかねえ?」
「ゴホッ……えぐ……わ、私には……ん……効かないわよ」
精一杯の強がりも効かないらしい。休む間もなく、どんどん飲まされる。横では凛ちゃんも同じように飲まされている。
「あちらのお嬢さんは十グラムで大丈夫でしょう。あなたは睡眠薬飲んでて途中で起きたので、しっかり効くように特別です」
紙コップの中身が空になったからか、やっと解放された。胃が気持ち悪くておかしくなりそうだった。なんて不味い薬だ。
「どうです? これは即効性のあるやつで、大体三十分から一時間経てば、欲しくて欲しくて堪らないはずです。手足を自由にしてやれ」
アニキに指示された男達が縛ってたロープを取ってくれて、手足が自由になった。
けれども、倦怠感が襲ってきて、立ち上がれない。
「気持ち悪いでしょう? 飲み立てはそんなもんです。一時間後にはそれが恍惚とする快楽に変わります。楽しみですねぇ。勝ち気なあなたが淫らに乱れる所を見るのが……」
いやらしそうな目がサングラスの奥から私を見てくる。何もかも気持ち悪い。
「ではまた一時間後に会いましょう」
そう言って、男達全員が部屋から出て行ってしまった。手足を自由にしても、媚薬のせいで逃げる気力が無いとでも思ってるのだろうか。
——はい、その通りです!
どうにも気持ち悪くて立ち上がれない。
「美優ちゃん……大丈夫?」
「気持ち悪い……体がダルい……」
風邪をひいたみたいな、体のダルさだ。
「私も体、ダルいよ……」
このままでは、やられる。奴らの思い通りになんて、なりたくないのに。
媚薬になんて負けないって思ってても、予想以上の効果に抵抗力が失せていく。
そういう効果も狙っての媚薬なんだろう。私はともかく、凛ちゃんだけは守らないと!
「美優ちゃ……体、熱いよ……助けて……」
ベッドに背を預けて床に座る私の肩に頭を乗せて、凛ちゃんは肩で息をしている。
「うん……熱いね……」
自分も発熱しているのが分かる。何も考えられない。
静かになった部屋には、私と凛ちゃんの、ゼイゼイと音を立てた呼吸音が響くばかりだった。
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