【第一話 運命の出会い】


 ——時は現代の日本の朝。とある家屋の一室で十代の女の子が目覚める所から、物語は動き出す。



 低血圧の私の朝は遅い。九時に起床、朝風呂を経て、化粧を終えて朝食も食べ終えているのが十時半という。

 その後は、着替えを済ませ、髪型などを姿見の鏡前で最終チェック。

 今日のバイトは高校生の頃からお世話になってるコンビニだ。色々と融通を聞いてくれるので重宝しているバイトの一つ。

 勤めてるお店までは自転車で十数分なので、十一時半出勤の私は十一時前に出れば余裕で間に合う。


 女の子にとって出かける前の身嗜みだしなみチェックは怠ってはダメよね。

 ふむふむ。今日も私は可愛いっと。小柄な体格にスレンダーなシルエット。この腰まである長い黒髪。薄いパッツンの前髪。大きな垂れ目。シュッとした鼻筋。小さ過ぎない唇。もっと顎がシャープなら良かったのに、丸顔なんだよなぁ。そこが残念な点ね。


 もぉ! お母さんのバカ! もう少し可愛く産めなかったのか? そしたらアイドルになれてたかもしれないじゃん……なんてね?


 でも一時期、本気でアイドルを目指していた時期があった。


 でも、なれなかった。


 運が無かったと言えばそれまでだけど、運を味方につけられない時点でアイドルには向いてないのよ。

 あの「間違い」が無ければ、私はここに居なくてステージに立ってたかもしれない。それはずっと思っていた。


 でも、仕方ない。


 人生やり直しはきかないんだから。「たられば」を言ったって時は戻らないんだから。


 そろそろ出る時間なので、家を出て自転車でお店に向かう。毎度の事だけど、この自転車で向かう時間は哲学的な思考が頭をよぎる。

 自分を否定したり、肯定したり。その日によって違うけど、大抵は自分を納得させる為の儀式だと思っている。


 これでいい……これでいいんだと。


 そう。悔やんだって時は戻らないんだ。今、出来る事をやってくしかないんだ。頑張れ私!


 もうすぐお店に到着する所で、道端に青く光る小さな物体が目に入る。


 何だろう?


 周りに人は居ない。素通りしてもよかったけど何故か無視出来なくて、自転車を止めて近くで見つめてしまう。


 その物体はスズメ位の大きさの鳥だった。羽根が綺麗な群青色をしていて、弱っているのかピクピクとしているだけだ。


 飛べない程に弱ってるのかな?


 このままにしては置けない。道の端に移動させた方が良い。

 自転車を降りて、両手で鳥を抱き上げて、まだ暖かいので安心したのと、胸の辺りから出血してるのを見て不安になった。


 ヤバい! このままだと、この鳥は死んでしまう。死なせてはいけない!


 昔から私の直感は良く当たる。動物的な直感力だとお母さんからも言われてる程のね。

 その直感が告げている。死なせるなと。


「病院、動物病院……」


 スマホを取り出して近くに動物病院が無いか調べる。いや地元だから大体の施設は把握してるけど、動物病院とは無縁だったので、そればっかりは知らなかった。


「あった! 峯岸動物病院」


 私の家を真ん中にして丁度お店と反対側にある。こんなとこに動物病院なんてあったんだ。なんて感心してる場合じゃない。連れてったら出勤時間に遅れるかな?


 いいや。今日は急用で休もう! この鳥の命の方が大事だ。


 お店に休みの連絡を入れて、息も弱々しいながらも尚、綺麗な青い鳥を胸に抱き、自転車を動物病院まで走らせる。



 峯岸動物病院は小さな病院だった。戸建ての一軒家を改造した個人病院みたいで、周りの住宅街に溶け込んでいる。

 目立たないから分かってないと気付かない。地元民の私でも知らなかった。まだ新しく出来たばかりかな?


「すみませーん! 急患です!」


 入口から入って直ぐに受付があったけど、人が居ないので、大きな声で奥に声を掛ける。


「はーい。どれどれえ?」


 受付の奥から現れたのは優しそうな獣医さん。歳の頃は三十代半ばか?

 短くした髪の毛に、良く日焼けした肌。筋肉質な体つきは、海の男って感じがする男性で、頼りになりそうな雰囲気をしていた。


「この鳥です!死にそうなんです!」


 両手に乗せた青い鳥を獣医さんに差し出す。


「ほお、珍しい鳥だね。この辺じゃ見ないな。君のペットかな?」

「え、違います。道で倒れてて……でも、ほっとけなくて!」


 なんとか助けてあげてほしいので、断られないように必死に懇願する。


「う~ん。野生の鳥じゃなさそうだね。こんな綺麗な羽根色してるんじゃあ、飼い主さんが居るね。逃げちゃって途中で怪我したかな? 良し。診てあげよう。診察台に連れてきてくれるかい?」

「は、はい!」


「あと、結構お高い診察料になると思うけど……それでも診るかい?」

「——大丈夫です!」


 財布にある残高を思い浮かべて返事をするけど、それよりも何とかして助けないといけない気がして、それどころじゃなかった。


 受付の奥に通されて、シングルベッドの半分の大きさの診察台に鳥を寝かせる。ぐるっと周りを見たけど、他に人の気配は無い。

 この人だけでやってるのだろうか?


「この病院は僕一人しか居ないよ? 患畜もあまり来ないから丁度良いよ」


 私がキョロキョロしてるからか、聞く前から回答されてしまう。


「そうなんですね。看護士とか居ないと大変なんじゃ?」

「うん。看護士は今、君が居るよね?」

「え? 私?」


 もしかしてと思ってたけど、やっぱりか!


「手伝ってよね? 助けたいんでしょう?」

「あ、はい! 分かりました!」


「胸から出血してるね。傷口を見るから、羽根を抑えてて」

「は、はい!」


 峯岸獣医はゴム手袋を着けて鳥の胸の傷口を調べている。


「うん。思ったよりも傷は深くないね。内臓にも損傷は無いようだ。縫わなくても、ガーゼで止血するだけで充分だね」

「え? こんなに弱ってて死にそうですよ?」

「うん。恐らく体力が低下してるだけかな? 止血して、念の為にビタミン注射をしとこうか」


 峯岸獣医はテキパキと手当てを済ませて、注射も手際良く一瞬で終わらせてしまった。


「これ、記入しといて?」

「何ですか?」


 差し出されたバインダーに書類が挟まっている。そういえば、問診票みたいなのも書いてなかったな。


「飼い主探してます。の書類だよ。ウチのホームページや警察署に届けるんだ。飼い主が見つかればいいね」

「はい……そうですね」


 書類に記入してる間、峯岸獣医は写真を撮った後、鳥にスポイトで水を飲ませていた。


「薬も出すから、薬と一緒にスポイトでこうやって飲ませてやって?」

「はい。え、私がやるんですか?」

「何言ってんの? ここは僕一人なんだ。誰が世話出来るって? 君が連れてきた患畜だろ? 飼い主が見つかるまで君が最後まで面倒見るのが筋だろう? それが出来ないなら最初から助けようなんて思わない事だ」


 感情的になれば、峯岸獣医の言う事は酷いと思う。だけど非常に人間優位な社会に合理的だ。

 確かにその通りなのだ。助けた私の責任でもある。でも助けなきゃと思った。助けて良かったと思う。


「はい……そうですね。分かりました」

「鳥籠はウチに無いから、新しく買った方が良いね。まあしばらくは飛べないだろうけど、今日中に用意しておいた方が良いよ?」

「あ、はい」


 マジか。そこまでするの?


「あと、診察代金と薬代はこれね。今手持ちが無ければ後日でも構わないよ」

「え? 私が負担? ですよね……」


渡された請求書には『二万五千円也』とある。


「二万五千円ん? 高すぎませんか⁉︎」

「保険適用外だし、日本の鳥じゃなさそうだし、そんなもんだよ?」


 これに鳥籠代、餌代。助けなきゃ良かった。はぁ……。



 運良く財布に万札が三枚入ってたので、支払いは済ませ、動物病院を後にする。飼い主からは直接私の方に連絡が来るらしい。

 やれやれだけど、仕方ない。


「こら、鳥ちゃん! 二万五千円、いつか返してよね! 分かった?」


 自転車のカゴの中で、動物病院で貸してくれたタオルに包まれた青い鳥は目を閉じて眠ってるようで、返事は無かった。鳥が喋るわけないし、当たり前か。


「さて。一旦帰って、お前を置いて鳥籠買いに行くか」


 カゴを揺らさないように、ゆっくりと自転車を漕ぎ出して、家路に向かった。

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