終 話 ロード・オブ・ジ・エラー

2004年8月26日、木曜日


 今日も詩織が来て俺の前でじっと座り俺を見つめている。

〈詩織、ゴメン俺戻れそうにもない〉

 そう心の中で語ると深い眠りへと誘われ再び精神世界へと移る。

 今まで、俺の記憶を閉ざしてくれていた正体不明の二つの超自我がせめぎ合い一つになろうとしていた。


<決心はついたのかい?>

《駄目だ、君は間違っている!》

〈斗ヨ、これは彼が決めたこと〉

《でも・・・、だからって、自分を捨てることないよ。彼女、一人の事でそんなに大きな罪に囚われる必要何ってないんだ!誰だって、多かれ少なかれ罪は犯すものなんだから!それにこれじゃ、僕たちが彼の記憶を閉じて来た意味が全然ないじゃないか。どうしてそれが分からないんだっ!》

〈君の言っている事は正しい、僕もそう思うよ!デモね、人はその罪を償わなければいけない、時として自分の命を捧げても斗ヨ、僕たちは彼であり、彼は僕たちなんだ。でも上位決定権は彼の方が最優先なのは君も分かっているだろう?彼が見つけ出した答えに応える事が僕達に与えられた最も重要な使命・・・〉

《そんなの駄目だよ、そんなの偽善だよ、だから考え直して!》

〈確かに彼がとろうとしている行動は偽善かもしれない。デモね、もう一人の僕、よく考えて。今、カレがここで罪を償えば、カレのタイセツにしている人達の関係が回復するかもしれない〉

《そうかもしれない、けども絶対じゃない!でも、今ここでカレが逝ったら悲しい思いをする人がいる。だから、駄目、駄目、駄目、絶対駄目っ」》

〈それは、君の自己満足。彼が罪を償う事と生きる事。カレが罪を償うことで助かる人達。彼が生きることで喜びを感じる人達。ドチラも天秤には掛ける事の出来ない人としての価値。最後に決めるのは彼自身、カレの精神、ボクタチはほんの少し、力を貸すだけ〉

《それでも・・・・・、わかったよ》

〈分かってくれて、嬉しいよ、もう一人のボク。それじゃ、扉を開くから力を貸して〉

《うん、わかった》

〈これでカレが生きるにしろ逝くにしろボクタチが出逢うのは最後、永遠の別れだね〉

《そう、ボクタチはキミと再び一つになるから。でも、僕等が消えても、彼が世界から失われても、彼を知る人々の記憶から彼が消える事はないんだよね・・・、彼の事を大切だと思ってくれる人たちが居れば・・・、彼はその記憶の中で生きていけるんだ。寂しいって事はないよね・・・》

 超自我の力により目の前が明るく輝きその向こう岸に一人の女の子がこっちを見て微笑んでいた。

 彼女の元へと降り立つ。俺は彼女を知っている。彼女も俺を知っている。彼女はオドケタ表情と不安の表情を繰り返して見せた。そんな顔をする彼女に告げる。

〈キミが一番、大切に思っている人、今凄く悩んでいる。キミともう一人の子の間を彷徨いながら。でも、彼が本当にイトしいと思っているのはその子では無くキミ・・・・・・。エッ、凄く不安だって?大丈夫、心配ない。早く、キミが彼の元へ戻ってやれば、迷いも振り切れるさ。だから、早く!〉

〈どうやって戻るか分からないって?俺が力を貸す、そのタメに来たんだ・・・・・・。何故、助けてくれるのか?ハハッ、キミが無事に彼の元へ辿り着いた時、教えてやるよ。それじゃはじめる〉

 彼女はにっこりと微笑む。だが彼女に俺が助ける理由を告げることは出来ない。力を使えば俺は消えてしまうから・・・。

〈イクヨっ!〉

 その言葉に彼女は元気よくうなずく。俺は彼女を暖かく包み最後に、

〈頑張れよ、そしてさようならだ。俺の愛しい詩織、たいせつなミンナ・・・・・、ゴメン〉

 その言葉を残し、俺が来た方へと放つ。そして、徐々にオレのカラーが薄くなって逝くのであった。

〈フッ、これで何も思い残すことは無い。オレの最後だ・・・・・・・、もう直ぐユキ、お前のそばに逝ける〉

 言葉にした。するとなぜか目の前にあの頃の雪菜が微笑みながら現れた。

〈ユキなのか?〉

 その子はさらにニッコリと微笑んで俺の言葉にうなずいた。

〈俺のこと迎えに来てくれたんだな・・・、ユキ・・・、ずっと逢いたかった〉

 だが、その言葉を言うとユキは悲しそうな表情をする。

〈俺と逢いたくなかったのかユキ?〉

 雪菜は頭を横に振ってそんな事ないと示したくれた。デモなんで・・・・・・・・・、何となく分かるような気がする。

〈ユキ、俺がここへ来てしまった事を心配してくれるんだな?〉

『コクんッ』と可愛らしく頭を縦に振ってくれた。

〈でも、ユキ、ゴメンなせっかくお前がくれた命、無駄にしてしまって、でもアリガト今まで生きてこられて悔いはない。だからユキ、お前と一緒にそちらの世界へ連れて逝ってくれ〉

『コクんッ』と再び可愛らしく頭を縦に振ってくれた。そして、雪菜の声が俺の魂に伝わってくる。

《ホントに本当にミンナの事はもう良いの?タカトおにいちゃん》

〈あぁ・・・、詩織には悪いけど流石にもう疲れた。もう誰も傷つけたくないんだ。誰かが傷付く、そんな誰かの姿を見たくない。心が痛むから・・・、この思いは弱い自分から逃げるだけの口実なのかもしれないが・・・。だが、もうそれでもいい。だから・・・〉

《わかった、ならタカトおにいちゃん・・・、一緒に逝きましょう》

 その空間の中で目を閉じる。それと同時に段々と俺を暖かく包むモノが生じていった。俺は逝く。残される者達の悲しみなど気付かずに・・・。


貴斗の病室606号室

『シク、シク、シク』とすすり泣く声が聞こえる。

「詩織ちゃん?」

「エッ、春香ちゃん?どうしてここへ」

 先ほど目覚めたばかりの春香は妹の翠、医師の愁と共にこの部屋へ駆けつけたのだ。春香はベッドに寝ている貴斗を見る。色々な機械が着けられていた。彼女には詳しく理解できなかったけどそれらはまったく動作していないことを感じていた。

「詩織さんでしたね」

「ハイ」

「彼のご家族の方に連絡を取れるのでしたら、お呼びして下さらないでしょうか」

「ハイ、分かりました」

 愁の言葉に詩織はそういって力なく出て行く。


* 三〇分後 *


「みなさん、揃いましたね」

 医者の愁は貴斗に取り付けてあった一つの計器から死亡時刻を読み取る。

「藤原貴斗、2004年8月26日19時27分、脳機能停止、及び心肺機能停止により、お亡くなりになりました。こちらも心苦しいのですが言葉を述べさせてもらいます。お悔やみ申し上げます」

 その医者はその場に居る者全てに貴斗が亡くなった事を告げた。

「貴斗、貴斗、どうして、ウッ、ウウゥ。タカちゃん、貴ちゃん、ねぇ、返事してよ、ねぇってば・・・、いやぁーーーっ!御願いよ返事をしてっ、私を・・・、私を置いていかないでぇ」

「詩織先輩。酷いです、詩織先輩泣かすなんて、酷いです貴斗センパイ・・・、何か言ってください、何とか言ってくださいよぉ」

「・・・・・・・・・・・・・・・、貴斗君」

「お前までワシより先に逝ってしまうのか、答えるんじゃ貴斗ぉ!クウぅヲォーーーュぅさんぞ、赦さんぞっ、神奈川の奴!」

「お爺様、馬鹿なことはお考えないでください。そんな事をしたら貴斗ちゃん、洸大お爺様の事お怨みになりますよ、キット!」

「だってぇ、だって、翔子よぉ~・・・」

「お爺様、悲しいのは貴方だけではなくてよ、わたくしだって・・・、私だって・・・」

 彼の居る病室でみなが悲しんでいる最中、息を切らせその中に駆け込んでくる人物があった。

「貴斗、たかと?タカト・・・、冗談、止めようぜ・・・、答えを返しやがれよ。何が嬉しくて、そんな微笑んだ表情で目を閉じてんだ?」

 そう口にする人物は回りの人々を押しのけ貴斗の前に出ると彼の腕を掴んだ揺する。

「止めてよ、宏之君っ!たかとくん・・・、藤原君はもう目を覚まさないのよ・・・、私のときとは違うの・・・。そんな事をしても意味ないのに・・・。だから、やめて・・・」

「うわぁぁぁぁぁあぁっぁぁぁんぁあああ、なんでだぁあああぁーーーーーーーっ!」

 宏之は悲泣しながらそんな言葉を叫んでいた。

「せっかく、お前の事を思い出したって言うのに・・・、たかとっ、お前が俺にとってなんなのかって・・・、ガキの頃、雪菜やお前と作った思い出が蘇ったって言うのに・・・、何で、こんなことになっちまうんだ・・・、なんで・・・・・・、俺の・・・、せいなのか・・・、やっぱぁ。もう、これ以上、大切な奴らを失うのは辛いぜ・・・・・・、貴斗、だから目を覚ませよぉおおおぉおぉおお、めをさましてくれぇぇええええええ」

 そのみんなの叫びはもう俺には届かない。何故、こんな結末を選んだのか?その理由は甦った俺の過去の記憶に存在していた。


 七歳の時、好きだった宏之の妹、雪菜を失い、宏之の記憶の中から彼女の存在を奪ってしまった。

 十四歳、渡米してから始めて出来た友達、五歳年上で日系三世の星矢、ダウンタウンで起きた事件、そこに居合わせてしまった俺達、星矢は俺を庇って目の前で・・・。

 十五歳、大学内で極度の人種迫害を受け極度の自閉になっていた俺の心を救ってくれたシフォニー、そして、シフォニーはステーツでのガールフレンドだった。彼女もまた俺の所為で・・・・・・。

 十七歳、両親と兄の死。十八歳、春香の事故。そのどれもがすべて俺の存在の所為で・・・。

 あの場所にいなかったら雪菜は、星矢と知り合わなければ、シフォニーが俺なんかを好きにならなければ、あの日、研究所なんかに行かなければ両親も兄さんも、あの時、春香と長電話何ってしなければ・・・、みんな、みんな、不幸に巻き込まれる事が無かった・・・・・・、のに。

 これから先、俺が生き続け、愛する詩織、大切な幼馴染み香澄、大事な親友、慎治と宏之、そして妹のように思っていた翠、それに他の大事な人達、俺を取り巻く負の因果がみんなを不幸にし、喪ってしまうくらいなら・・・・・・・・・、己の死を選ぶ。

 だが、ただでは死にたくなかった。

 まだ生きる見込みがある彼女、春香だけはどうしても助けたかった。

 それは俺が出来る最後の罪の償い。

 だから、持てる最後の力を使って春香を現世に繋ぎとめようとした。そして、それが成功したのかどうか今の俺に知る事は許されない。

 信じたい。春香は正常な状態で目を覚まし、これから先の未来、香澄、詩織、春香、翠、慎治、宏之、彼等彼女等の仲は修復されより一層絆が固くなっていることを。

 その思い自体が完全なエゴだとしても皆が幸せであってくれたらそれ以上、何も望まない。そうなにも・・・・・・・・・・・・・。

 死を選択して春香を助けるという行為、それが正しいのかどうか?だが、これもまた一つの結末。詩織には本当に悪いと思っている。

 この結末自身がifなのかも知れない。だが、若しも他の事象、ifの世界が存在し、その世界で再び俺達は巡り逢う事が出来るのならば・・・・・・・・・。

 願わくはその世界で詩織が幸せであるように祈るだけ。


貴斗が死に六年の歳月が流れ、8月26日、彼が眠る龍鳳寺墓前


「何とか俺、留年しないで、医大の4年生やってる、春香と勿論一緒にだ。お前が逝っちまった時はよっマジで、春香が目覚めなかった時よりも、絶望を感じちまったよ。お前の所為で、立ち直るのに二年も掛かっちまったんだぜ。でも、春香や香澄、それに慎治や藤宮さんが居てくれたから、こうして今は元気にしていられるんだぜ。やっぱ、友達って大切だよな。お前はいつもそんな大事な事を俺に訴え続けてくれたとに・・・、・・・、・・・、おっと。やべぇ、湿っぽくなっちまうぜ。こいつ等と一緒にお前の分まで精一杯生きて見せる。俺の目の前ではもう誰も死なせはしないぜ、寿命いがいはな・・・」

「貴斗君、詩織ちゃんの事は心配しなくていいよ、私達が助けてあげるから。でも、貴斗君が居なくなってからの詩織ちゃんを何とかするのは大変だったぁ~~~、宏之君はもう、どうしようもなく塞ぎ込んじゃうし、詩織ちゃんは詩織ちゃんでなんど・・・、をしそうになったか」

 彼が死んだ後から約一年半後、宏之と春香の止まっていた心の時間は再び動き出す。そして、二人はよりを取り戻し誰にも解く事の出来ない絆を紡ぎながら。宏之は春香が退院した年から約二年後、二人して医大を受験して合格。宏之は脳外科専攻、春香は精神科を専攻することになった。

「ヨッ、元気か?仕事、忙しくて今まで来られなくてゴメン、今年やっと帰ってこられたんだ」

 慎治は大学卒業後NYKという会社に就職。入社早々、彼の能力を買われ短期海外派遣で外を回っていた。六年間で訪れた海外の数はザット十を下らない。

「まったくアンタってヤツは私の誕生日の日を命日にしてくれちゃって私に怨みでもアンの?・・・、冗談よ!貴斗、アタシも詩織も大丈夫、安心してお休み」

 香澄・・・、実は宏之と春香が医学の道を目指したように、俺のその幼馴染もその二人と共に歩んでいた。

 医者に成りたいという夢は中学生の頃から持っていたようで、宏之達が頑張れたのは実は香澄も一緒だったからだと語る必要もないだろう・・・。専攻は整形外科だそうだ。

「貴斗さん、詩織お姉さまの事は心配しないでください。変な蟲は私が蹴散らしてあげます」

 翠は現在聖陵大学院生、次のオリンピックに向けて努力している。香澄の事はすでに許しているようだった。

「最近、街中で貴方にソックリな人を見かけたのですよ。お声を掛けて見ようとお思いましたけど、直ぐにそこから居なくなってしまったので、少し・・・・・・、とっても残念でした」

 詩織は今、貴斗の祖父である藤原洸大の会社の公認会計士を勤めている。

「この前、洸大様が私にお見合いの話を持って来てくれたんですけど、お断りしました」

「しおりぃ~ん、そろそろ行くわよ」

「元気でね、貴斗また来ますから」

 彼女はその言葉と一緒に貴斗の墓前に一冊の本を添えた。そして、香澄達の方へ、歩みだす。

「久しぶりに集まったことだし、隼瀬の誕生日もかねてパァ~~~ッと、やろうぜ、パァ~~~ットな」

「嬉しいけど。アンタ、まだ昼間よぉ」

「それいいねぇ、私達だけの同窓会」

「それいいかも」

「あんまり私、飲めないですよぉ」

「アノネ、わたくし、最近、良いお店を見つけたの。そこに行きましょうか?」


貴斗 編 END

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