第九話 Dear、ライク・アズ・ア・シスター

2004年2月7日、土曜日


 今、自分の車を運転し新幹線並みの速さで母校の聖陵高等部へ向かっていた。苛立ちながらインパネ内にある時計を確認。

「8時53分か」

 あと少しで午後9時を回ろうとしていた。何故、こんな時間に聖陵に向かっているのかって?それは・・・、翠から電話があって。

「あっ、もしもし、貴斗さんですかぁ?」

「あぁ、俺だ、どうした?」

「部活の後、友達とお喋りしていたらこんな時間になってしまいましたぁ。お外暗くて怖くて帰れませぇ~ん」と声を震わせながらそう訴えてきた。

「それで」

 彼女が何を言いたいのか即座に理解したが取り敢えずそう聞くことにした。

「貴斗さん、お迎えに来てくっ」

『ブチッ、ツゥー、ツゥー、ツゥー』と会話の途中で電話が切れてしまった。

 心配になってすかさず彼女の携帯にコールバックした。然し繋がらない。急いで家を飛び出し自分の車に乗り込んだのだった。

 記憶喪失になる前はどうだったか知らないが今の俺はかなり心配性になっている。心配と不安が俺の心を支配する。

 まだ開いている校門を車のまま進入し彼女がいると思われる部活用プールへと走らせた。屋内プール場内の照明はついていない。それが余計に焦燥感を煽った。

 エンジンを掛けっぱなしで車を降りると駆け出してその玄関口に向かう。そして、暗くてよく判断できないが、人一人がそこに座っていた。

「アッ、お兄ちゃん、迎えに来てくれたんですねぇ」

 その声は俺の思いとは裏腹に元気な言葉でそう呼んできたのだった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」と俺は周りの静寂さと一体化。

「あれっ、お兄ちゃんどうしたんですかぁ~~~?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ねぇ、オニぃーちゃんってばぁ」

「みぃー・どぉー・りっ。説明しロッ、なぜ途中で電話を切った!」

「切ったんじゃなく、携帯のバッテリーが切れたんでぇすぅ~」

 こっちがどんな思いで駆けつけたかも知らずに・・・、その彼女の返答に俺は唖然とするばかり。

「お兄ちゃん?」

「心配したんだからな」

 ボソッといつもなら簡単に口にしないような事を彼女に呟いた。

「お兄ちゃん?若しかして私の事を心配してくれたんですかぁ?」

 彼女は不安げな顔で俺にそう尋ねてきた。

「そうだ、悪いか?」とさっきよりもさらに小さく翠にそう呟いた。

「貴斗お兄ちゃん!」と嬉しそうに彼女はそう言って抱きついてくる。

「オッ、おい、何をするっ、放せ!」

 何故か狼狽えてしまっていた。

「嬉しいんだもん、いやぁ~~~」とあっさり、拒否されてしまった。

 暫く彼女に抱き付かれながらその場でオロオロとたじろいでいた。やっとの事で平静を取り戻し、彼女を跳ね除け言葉を出しす。

「いつまで、抱きついている?迎えに来たんだから帰るぞ」

「はぁ~~~いですぅ」とそんな風に彼女は元気よく返事をしてきた。

 俺達はエンジンの点けっ放しの車に乗り込み、翠、彼女がシートベルトをつけるのを確認してから車を発進させた。それから、車の走行中に彼女は陽気に話を掛けてきた。

「お兄ちゃん、明日お暇ですかぁ?」

「あぁん?明日?」と言うと頭の中でバイトと詩織の事を考えてみた。

 どちらも予定には入っていない。だから、間を置いたが正直に「予定なし」と彼女に答えてやっていた。

「やったぁ~~~、それじゃ、明日一緒にお買い物しましょぉ!」

「何で翠ちゃんの買い物に俺が付き合わなければならない?」

 俺にとってはごく当然の疑問を彼女に投げかけた。

「一人で行くには遠すぎますぅ。だからお兄ちゃんと一緒に車で行けたら良いなァッて」

「どぉ~~~すっかなぁ?」

「ぶぅ~、お兄ちゃんいつでも甘えて良いって私に言ってくれたじゃないですかぁ。嘘だったんですかぁ?」

 彼女は不機嫌そうに顔を膨らませそう訴えてくる。

「悪いぃ、記憶喪失なんでな、昔言った事は覚えてない」

 淡々とそんな言い訳をすると彼女は余計に膨れた顔を見せる。

「若し一緒に行ってくれないんなら、ウッシッシッ!」

 彼女はさっきまでの不機嫌な顔はどこへといったのかイヤな笑みを俺に向けながらそう言って来た。即座に思う・・・この笑みが出た後、彼女に逆らわない方がいいと。断ったら何されるか分からん。

「あぁ、判ったよ。一緒に行ってやる」

「お兄ちゃん、ホントォ?」

 そう言った途端、上機嫌になり彼女は俺の真意を確かめるように聞き返してきた。

「本当だ、詩織も一緒に誘おう」

「詩織お姉さまですか?駄目ですぅ」

「なんでだ?」

「どうしてもですぅ、ムゥ~~~」

 彼女は再び顔を膨らましながら訴えてきた。何故、翠がそんな表情をするのか全然理解できない。だから簡単に受け流す。

「ハイ、ハイ、判ったからそんな顔するな」

「ヤリィ~~~」といいながら彼女は指を〝パチッ〟と鳴らした。

 彼女の家に到着する。翠を車から降ろすと帰り際に彼女が念を押すように言う。

「お兄ちゃん、明日10時ですよぉ、絶対迎えに来てくださいねぇ」

「了承!じゃあな」

 彼女にそれだけ言い残すと停止していた車を再び起動させた。走る車の中で考えていた。

 何かって?翠、彼女の事さ。

 春香の事故で深く沈んでいた翠を詩織の二人で支えて行こうと誓った。その行為は俺にとって贖罪なのかもしれない。いまだ目覚める事の無い彼女の姉に対して犯した罪の。

 だから春香が目覚めるまではと思い既に二年の時が過ぎようとしていた。

 詩織と俺の支えの御陰なのかどうか、判別しがたいのだが翠はいつも元気いっぱいな姿を見せてくれる。

 彼女のそんな姿を見ているとたまに記憶喪失の所為でブルーになる気分を吹き飛ばしてくれていた。

〈ハッハッハ、俺の方が支えられていたのかも・・・、情けない〉

 彼女は俺と二人きりの時だけ、俺を〝お兄ちゃん〟と呼んでいる。悪い気はしない。俺には兄が〝いたらしい。〝それと姉も〝いるらしい〟過去推定系と現在推定系。

 兄はその推測からもうこの世の人ではないと予想できる。姉の方はと言うと麻里奈という人が既に説明してくれたのだが・・・、いまいち信用できない。

 だって、そうだろう?聖稜高校―元理事長、藤原洸大の孫娘の翔子とこんな俺の血が繋がっているなど信じられるものか・・・。

 話を戻して・・・、俺にとって翠は本当に可愛い妹のように思える。良く困らせたり、煩わせたりするが、彼女の仕草、喋り方、どれを取っても俺にとっては大切だった。

 偽りでも彼女の兄としてその務めを果たせているのだろうか?翠、彼女は俺の事をどんな風に思っているのだろうか?考えては見るものの、そんな事をわかるはずがない。

 それでも俺は俺なりに彼女に出来る限り兄?として接して行こうとそう思った。それは過去を持たない自分が自分でいるための、自分の存在を現在に繋ぎ止める為の手段の一つだから・・・・・・・・・・・・・。

 翌日、翠、彼女の家へと迎えに行った。

「貴斗さん、娘が我侭を申して済みませんでしたね」

「別にかまわない、妹の様に思ってますから」

「良かったわね、翠。貴斗さんにご迷惑をお掛けしてはいけませんよ」

「ハッハァーイ、それじゃ行ってきまぁ~~~すぅ」

 彼女は元気よく母親の葵に返事をしていた。

「それでは行って参ります」

 そう言うと翠を車に乗せ目的地へと向かう・・・、目的地?その目的地というのを彼女から聞いていなかった。

「翠ちゃん、処でどこへ行くんだ?」

「私がナヴィするからお兄ちゃんはその通り車を運転してねぇ」

「任務了解!出る」

「お兄ちゃん、なんか軍人さんみたいですぅ、クスッ」

 俺の言葉に彼女は軽く笑った。この性格を何とかすれば可愛いのにと思いつつ顔に出さないよう心の中で苦笑した。

「何で、お兄ちゃんそこで変に笑うんですかぁ?」

 顔に出さずに、と思っていたが顔は俺の意思と反して彼女が言った顔をしていたようだ。

「気にするな」

 最近ポーカーフェイスが出来なくなってきた。色々な意味で少々不味いな、それ・・・。何とか元に戻さねば。

「気になりますぅ、ムッ」

 顔を膨らまし彼女はそう言ってくるが、追及されるのを恐れた俺は話題をそらす。

「それよりナヴィ頼む、何時までたっても目的地につけない」

「そうでしたぁ!」

 その後、小一時間掛けて彼女の目的地という場所へと到着した。そして、駐車場に車を止めドアを開け外に立つ。

「・・・、翠ちゃんここは?」

「見てわからないんですかぁ?」

 彼女は嬉しそうに?それとも俺をからかうように?そう言って来た。

 その場所は・・・、とても買い物などする場所ではない。目に映るのは大海原、それと人を楽しませるために創られた数種類の建造物。

 耳に入ってくるものは、〝ワァ~、ワァ~、ガヤ、ガヤ〟という楽しそうな喧騒・・・・・・。湾岸海浜大公園。

 正式名称は知らないが、そう呼ばれている所に俺達は立っていた。

「ここでいったい何を買い物するんだ?」

「だって、そうでも言わないとお兄ちゃん、絶対一緒に来てくれると思わなかったんだもん」

「俺をだましたのか?」

「だってぇ・・・」と彼女は膨れ淋しそうな顔をし、俯いてしまった。

〈そんな顔をされては俺、何も言えないだろうが〉と心で呟いてからそんな彼女に言葉を掛けて遣った。

「ハァ~、しょうがないな、コイツ。部活いつも一生懸命だから、たまに息抜きも良いだろう。付き合ってやる」

 俺はいつも部活に一生懸命な彼女を労って今回は付きやってあげる事にした。

「ほんと、お兄ちゃん?」

「ここまで来て引き揚げるほど俺の懐は狭くない。安心しろ、本当だ!」


「やったぁ~~~、お兄ちゃんとデート、デートッ♪」

 デート・・・?それを聞くと頭を描きながら下を向いて苦笑した。

 更に彼女に背を向け、財布の中身を確認する・・・。何とか大丈夫だろう。彼女の方に向きなおし中へ入ろうと誘って上げた。

「行くか?」

「行こぉ~、行こぉ~、お兄ちゃん」

 彼女はそう言うと俺の手を引っ張って動き始めた。

 あちらこちら引っ張り、回されて今、グロッキーな状態で公園内休憩所、売店近くのパラソルテーブルの椅子に座っていた。

 それなり体力に自信を持っているが・・・、翠には敵わない。あのチッコイ体のどこにそんなスタミナがあるんだ?不思議でしょうがない身体の神秘。

 例えるなら軽自動車にジェットエンジン、いや違う、ロケットエンジンが積まれている様な感じだ。

 普通、軽自動車にそんなのを積んだらボディーが持たないだろうって?多分そのボディーにはハイブリッド・ウルトラセラミック・五重ハニカム構造で覆われているのだろう・・・、そんな馬鹿なことを考えては翠に失礼だ。ここまでにしておこう。

 そんな変なことを考えていると彼女が戻ってきたようだ。

「お兄ちゃん、ジュース買ってきたよぉ、ハイッ!」

 へばっている俺に代わって翠がお遣いに行ってくれ、その彼女が戻ってきた。

「あぁ、すまん」

 いいながら彼女からジュースを受け取る・・・?彼女の手のトレーには余計なものが幾つか乗っていた。ショートケーキ×2、ホットドック、アメリカンドック、フライドチキンそれとフレンチフライ?

「俺、頼んだ覚えないぞ、ソレ」

 率直に口に出して彼女の持っているものについて尋ねてみた。

「ゼェ~~~んぶ、私が食べるんですよぉ~。お兄ちゃんも一緒に食べますぅ~~~?」と彼女はニコニコしながらそう言ってきた。

『ブンッ、ブンッ・・・』と頭部を横に振り翠のソレを拒否。

 一時間ぐらい前に翠と昼食を摂ったはずだが・・・、俺はマダ腹が重い。

「翠ちゃん、ソレ一人で食べるのか、いや、一人で食べられるのか?」

「この位、〝ぺロット〟、平気です!」

 胃袋大魔神?いったい翠、君のどこにそれだけの量を詰め込む場所があるんだ?教えてくれぇ~~~!

 翠もそうだけど詩織もやたら食べる特にデザートは凄い。しかも見た目の体型を維持しているように見える。

 俺もそれなりに多く食べる方だが・・・、次元が違いすぎる。人体構造の神秘にまた悩まされてしまいそうだ。そんな俺の考えなど気にする事などまったくないように翠は〝パクッ、パクッ、モグッ、モグッ〟と本当に美味しそうにそれらを平らげて行った。

「お兄ちゃん、ご馳走様でしたぁ」

 彼女はナプキンで口を拭き終わるとご満悦な笑みでそう言葉にする。そんな顔を見るとなんだかとても嬉しくなってくる。可愛いやつだ。

「ヨク、食ったな!」

「だって、折角、買ったんだもん。ちゃんと、食べないと勿体無いでしょ」

 律儀というかなんと言うか判らんが彼女はそう言って返してきたのだった。

「ハハッ、そうだな」と笑いながら相槌をついてそれに答えた。

 その後、また彼女に引っ掻き回され、ぬいぐるみだの、何だのと買わされ、財布の中身は・・・、ガソリン代だけ。

〈ハァ~~~、みっちりまたバイトしないと駄目だ、こりゃ〉と自分にそう言い聞かせた。

 最近やけに金の消費が激しい・・・、自分の欲しい物とか買ったか?答えは〝否〟。

 それではその行方とは・・・言うまでもない翠と詩織。・・・、〝まぁ、いいか?〟二人とも俺にとっては大事だから。心の中で人生の不安を考えていると翠が話しかけてくる。

「おにぃ~~~チャン。暗くなって来たから、かえロッ!」

 彼女は車の先端のボンネットに腰を据えながらそう言った。

「そうだな」と簡単に答えた。

 彼女を家まで送り届けた帰り際、彼女の家の玄関で少し会話をした。

「お兄ちゃん、今日はとっても楽しかった、有難う」

「あぁ、それは良かったな、俺も楽しかったよ」

「お兄ちゃん、またデートしてねぇ」

 彼女はそう言って来たが直ぐ斬って返す。

「否」

「お兄ちゃん、即答で拒否なんて酷いよぉ」と彼女は膨れながらそう訴えられた。

 何故か俺の手は自然に彼女の頭に乗っていた。

 優しく撫でながら〝フッ〟と鼻で笑う自分の姿がそこにあった。それから、彼女に別れの挨拶をして自分の住処へと帰ってゆく。そして、また新しい未来に向かって時が進んでいく。

 俺にそれを戻す事も、止める事も出来ないままこれから先一体どんな風に生きて行くのだろうか?いつになったら春香は目覚めるのだろうか?

 俺の記憶は?しかし、その答えなど見えるはずがない。だから、今、俺はオレの出来る事を考え行動し前に進んでいくしかない、時の流れと言う道の上を。

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