第十七話 アンサートゥン・カタストロフ

2001年8月26日、日曜日


 三戸駅前ビル、レクセル付近の電話ボックス前、涼崎春香は恋人の来るのを待っていた。

「宏之君遅いなぁ~~~」

 私の彼は見た目結構、時間にルーズそうに見えるけどぉ、約束の時間とか確りしてたりするんだよねぇ。

 初めてのデートの時なんてぇ、宏之君、私を待たせたくないからって、予定の時間より三十分も前に来たのよぉ。勿論、私も宏之君を待たせたくなかったから三十分前に待って様としたの。そして、私たち二人が約束の時間前に来た時、二人して笑ったのを覚えてる。

 そんなことが何回も続いたから、二人して決めた事があるんだよぉ。そういう事はぁ、もう止めてちゃんと約束の時間に会おうって。それからは私も宏之君もちゃんと時間通りの待ち合わせ。

 宏之君、ホントどうしちゃったのかなぁ?近くに公衆電話が在ったので、それを使うことにした。エッ、このご時世、何で携帯電話を持ってないのかって?テヘッ私、小さい電子機器を扱うの得意じゃないのぉ。

「エッとぉ、宏之君の携帯の電話番号はぁ~」

 リュックからアドレス帳を取り出して宏之君の電話番号を確認する。

「あった!」

 今では余り需要頻度の少ないテレカを使って電話を掛けた。

『トゥルルル~×5?ガチャッ』

「あっ、もしもし宏之君?」

『お客様のお掛けになった電話番号は現在電波の届かない所、又は電源が入っておりません』

「もうぉ、ホントにどうしたのかなぁ?」

 もう暫く待つことにした。ただ待っているだけじゃ退屈なので、藤原君とでもお話し様かな?それで宏之君にどんな事をして上げたら喜んで貰えるか相談して見ヨット。

 エっ、どうして八神君じゃないのかって?多分、今日も八神君、予備校で頑張っていると思うから、電話を掛けちゃ迷惑だし。詩織ちゃんは今この街にいないし、香澄ちゃんだって最近全然かまってくれないんだもん。

 だから、お相手してくれそうなぁ藤原君に早速、電話を掛ける事にしたのぉ。

『トゥルルル~、トゥルルル~、トゥルルル~♪』

「はい、藤原です」

「あぁ、もしもし藤原くぅん?」

「エッと、その声は?・・・、もしかして涼崎さん?」

「エぇーーーっ、どうして分かっちゃたのぉ?」

 宏之君も藤原君もどうして私の名前、言う前に分かっちゃうんだろう?と私が考えていると藤原君がその答えを返してくれた。

「涼崎さんってイントネーションが特徴的だから、だからそれですぐ分かる」

「フゥ~~~ンそうなんだ」

〈そんなに私の喋り方って変なのかなぁ?〉

「付け加えておく、特徴的って言葉と変って言葉は同一視しないでくれ」

「エッ、どうして私の考えること分かっちゃったのぉ?もしかしてぇ~藤原君ってエスパーっ?」

「何を馬鹿な、俺は普通の人間だ、記憶喪失、ってのを除けばな。なんとなくそう思っただけだ、それで用件は?長電話嫌いだから短めに頼む」

「あのねぇ、今日は宏之君とデートなんだけどぉ~まだ来ないから」

「アイツあれで案外、約束の時間には厳しい方なんだが?連絡したのか?」

 普通のお友達に今、藤原君に尋ねた事を言ったら、惚気話なら他でやってくれって、返されちゃうけど、彼はいつもと変わらない声で対応してくれた。

「サッキしたんだけどぉ繋がらなかったのぉそれでねぇ、ただ待っているのもなんだからぁ」

「それで俺を暇つぶしのダシに使ったのか」

 きっ、気づかれちゃったかな・・・、でも私は慌てる様に嘯くの。

「べっ、別にそんな訳じゃないんだけど」

「バイトの時間まで暇だからな、今回だけ、数分くらい話し聴いてやる。だが、俺と話している事、知られたら宏之の奴きっと妬く」

 私の動揺なんかお構いなしなのか、本当に気が付いていないだけなのか、藤原君は尚も冷静な声で私のお話に付き合ってくれる。

「エッ、如何してですかぁ?」

「それは本人に聞け」

「うぅぅ~~~、教えてくれないんですか」

「駄目だ」と淡々とした口調で彼は私に答えてくれていた。


 春香が宏之に電話を入れる約三〇分前、国塚駅付近、私、香澄は偶然、宏之を見かけた。

 どうしよう、声をかけようかな?でも、確か、今日、宏之は春香とデートだし、遅刻させちゃ不味いよね。うぅ~~~ん、でもなぁ・・・。

 結局私はさっきあった出来事でムシャクシャしていたから、宏之に声を掛けちゃったわ。

「あらぁ?ヒロユキじゃない。なにやってんのこんな所で。アンタ今日、春香とデートのはずでしょ?」

「おっ、隼瀬ジャンか、お前こそ何やってんだぁ?」

「アタシが先に質問したのよ!答えなさい」

 私は宏之ににらみを利かせてそう口にしていた。

「春香に会う前に探し物してただけだよ。お前こそ、何してるんだぁ?」

「意中のア・ナ・タを探していたのよ」と言って私は宏之にウインクを投げかけてあげた。

「きっ、気持ち悪いからヨセ」

「ひっどぉ~い、今日、誕生日のアタシにそんな事、言う何って。罰としてなんか買ってよぉ!」

 そう、今日8月26日は私、隼瀬香澄の誕生日。そして、その二週間後には女の子幼馴染みも同い年になるわ。

「どういう理屈だよ、まったく。俺、今から春香とデートだ、無駄金なんか遣えるかよ!そんな事は俺より金持っている貴斗に言えよぉ!」

「ズーーーッと前、宏之、私にこんな事、言っていたわよね?『人生、危険な冒険ほど楽しいものは無い』ってだからデート前の今、財布をピンチにするって冒険してみない?」

「言った覚えはないね、そんな事」

 宏之は私から財布のピンチを切り抜ける為に白を切っていた。

〈隼瀬めっ。うんな、青臭いことをまだ覚えているとは・・・、

『口は災いの元』此奴等と海に行った時、藤宮さんが言っていたあの言葉シミジミと実感したぜ〉

 彼がそんな事を思ってもいるなんて私にわかるはずもなかった。

「白を切っても無駄よ!アタシにはちゃんと証拠があるわっ」

 だから、そう言って、私はさっきまで聞いていたMDを取り出し宏之に突きつける。しかし、中身は流行のPoPしか入ってない。

「なっ、何でそんなのがあるんだ」

「ヒロユキッ、往生際が悪い。観念しなさい!」

 こんな手に引っ掛かってくれるなんって、まだまだお尻の殻が取れていないようね、宏之は。人を疑わない宏之の純心さに付け込んでしまう、私は悪い女・・・。


 澄が胸中で思っているのに対して宏之の心の中は、ちぃっ、この忙しい時に、どうする?断固として白を切ってこの場を避けるべきか・・・。まっ、いいか。ここんとこ、隼瀬のヤツ、調子可笑しかったし、景気付けの為に誕生日くらいは・・・。

「わかったよ、祝ってやるよ、祝ってやればいいんだろ!」

 なんか嫌々な感じで言いながら宏之は周りを見渡していた。ちょうどよい所に露天商があった。

「あそこに売っているもんでいいだろ?」

「さっすがぁ~~~、話が分かる」

 私の強引さが勝ち、宏之とすぐ近くのその露天商へと足を運んだ。

「どれにすんだ?時間が無いんだ、早く、選べよ」

「じゃ~~~、あれがいいな!」

「どれどれ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3000円!?たぁっけ~~よぉ高けぇっ!」

「えぇ~、駄目なの?だったらヒロユキアンタが選んでよ、そしたらアタシも文句言わないわ!」

「分かった。絶対文句、言うなよ」

 そういって宏之は私に似合いそうな物を見定めてくれている。そして、彼が選んだのはなかなかデザインのよい細身のリングだった。

〈値段は、っと・・・、ゴっ、5000円?きっ、きつすぎる。でも俺も男だ、これ位〉

 そんな風に宏之は心の中で呟くけど、私にはそんなこと理解できるはずもなかったわ。彼は財布をジーンズのポケットから取り出して、彼は露天のおじさんに声を掛けた。

「すいませぇ~~~ん、これください!」

「恋人さんへのプレゼントかい?あいよぉ、あんちゃん。まいどありぃ~!」

「うっ、うんなわけあるかぁ!!」

「ヒロユキ、それアタシが選んだ物より高いじゃない!?」

「良いんだ、俺が決めたんだから!さっき文句いわね~~~って言っただろ!着けて見ろよ!」

 そう言って、宏之はそれを手渡してくれた。

「あっ、有難う・・・」

 感謝の言葉を言ってから右手の薬指にそれをはめ様としたけど嵌まらなかった。値段はそれなりに高いけど露店で売っているようなものだから、万人にサイズが合うはずもなかった。

「右手の薬指には無理ねぇ・・・」

「だったら左手にすればいいだろ」

「アンタさぁ~~~、左手の薬指に銀の指輪をはめるって意味、知っているの?」

「ぅんな事俺が知るわけ無いだろ」

〈ヒロユキがそんなこと知るわけないわね、やっぱ・・・〉

「ならいいわぁ!」

 そういって、左手の薬指にはめ換えた。本当にちょうどピッタリとその指輪は私の薬指に納まってしまった。まるで寸法でも測って作ったかの様に。

「宏之、本当で有難う一生の宝物にするわ」

 本当に嬉しかったから満面な笑みを向けそう言葉にしていた。だって片思いの彼からこんな良い物もらえたんだから・・・。

「何、大袈裟なこと言ってんだ。その代わり俺が誕生日の時には覚悟してろよ」

 プレゼントの指輪をもらってそれを左手の薬指にはめた香澄の横顔は今まで見たこと無いほど嬉しそうでウットリした表情に宏之の目には映っていた。それは宏之が香澄の本当の気持ちを知らなかったからであろう。

「ネェ、それより時間、大丈夫?」

「やっべ~~~、完全に遅刻だ。それじゃ俺急ぐから!」

 私の言葉に慌てだして、宏之はこの場から突風のように走り去ってしまった。俺、宏之は到着したばかりの三戸駅方面行きの電車に乗り込む。何回も自分の時計を見直した。

 しかし、何度見ても時間は過ぎる一方だった。時間を気にしながらも、やっとの事で三戸駅に到着した。こういう急いでいる時って自動改札口が邪魔に感じる。差込口に切符を通してゲートを抜け、ダッシュ。

「エッと、春香との待ち合わせ場所は、そうだレクセルの電話ボックス前だったよな」

 駅の下へ行く階段を通ってそちらの方に向かった。

「春香はどこかな~~~?」

〈なんだろあの人の騒ぎは・・・?やけに人集り?野次馬?が多いようだ。どうしてだろ。なんかここで今日すげぇ~~事でもあんのか?〉

「オイ、あれ見てみろよ」

「どうなってんだよ、あれ」

「ゥワ~~~、なんかすげ~ことになってんぞ」

 いくつかの会話が聞こえてくる。そんなことは今の俺にはどうでもいい事だった。早く春香を探そう。早く見つけてやらねぇ~~~と心配かけちまうからな絶対。彼女が居そうな場所を隈なく見渡す。その中にレクセル脇の電話ボックスが並んでいる所が視界に入った。

「どうなってんだあれ」

 余りの惨劇な光景に思わず口に出してしまった。

 歩道と道路を分ける為に在るガードレールが突き破られ、何本か立っていた街灯も圧し折られ、さらに三つ並んでいた電話ボックスが見事なまでにくの字になっていた。

 さらに目を追いやってみると近くに置いて在ったと思われる幾つかの自転車がグチャ、グチャになっていた。

 それから、立て看板も軒並みふっ飛ばし行き着く先は・・・、荷物を載せたトラックが交番の前の壁に突っ込んでいた。全然シャレにならんぞ、この光景。

 運転手は大丈夫なのか?またどこからとも無く声が聞こえてくる。

「あっ、あれだよ、見て」

「助けんの遅すぎんじゃねぇ~?」

「いったいどんな人が倒れているの?」

「何人か、被害にあった子がいるらしいわ!一人は女の子みたいだけど」

 いったい彼等は何の話をしているんだ?

「あの子、待ち合わせとか、していたのかしら?可愛そう・・・」

 会話の聞こえる方向を見た・・・、幾つかの救急車が止まっている。

「なんかもう一人は助からないらしいぜ!」

「酷いわ!可哀相にぃ・・・」

 なっ、何を言っているんだ、コイツ等。そう思うと何だか凄く不安になってきた。胸騒ぎかとまらない。春香は?春香は何処だ?まっ、まさかアイツが遅刻するなんてこと・・・、春香は、春香は?


*事故発生数分前、貴斗フェーズ *


「フゥ~~~ン、そうなんだぁ、藤原君って物知りよねぇ!」

「物知りって言うのは詩織のことさ、アイツの知識の豊富さには流石に脱帽」

 長電話非常に嫌いだが俺は宏之と涼崎さんの関係がいっそう深まることを祈って出来るだけ知識を振り絞って涼崎さんの質問に答えていた。

「じゃ~~~、次はねぇ」

 俺は彼女の次の言葉を待った。だが、しかし、次に受話器から聞こえてきた物は彼女の悲鳴ととてつもない騒音だった。

「オイ、涼崎さん。涼崎さん、冗談はよせ!オイッ、涼崎さん?スズサキィーーーっ!!!」

『ツゥーツゥーツゥーっ!』と音だけが空しく受話器から響く。

 張り裂けそうな胸騒ぎを抑え、俺は家を飛び出していた。ここらか走っていけば三戸駅までそれ程かからない。信号など無視してMXBを走らせた。そして、涼崎さんが居ると思われる場所へと辿り着く。その時、俺の目に入った光景は―――――――――――――――、トラジディー。


* 宏之フェーズ *


「春香は?春香は何処だぁーーーっ!」

〈退けよ、退けよ、お前ら邪魔だ〉

 俺は心でそう思いながら人込みを掻き分ける。

「きゃっ!」

「おっ、オイ何するんだぁ、君!」

「オット、アブネなぁ~」

 俺は人込みを掻き分ける最中、半掛けしていたリュックを落としてしまう。

 その中には貴斗から渡された祭りの時の皆で取った写真と俺がやっとの思いで見つけた春香の為のオルゴールが入っていた。しかし、今の俺にそれを気にしている余裕は無かった。

〈退けよ、邪魔だ、邪魔だよ、退いてくれよ、早くしないと行っちまうよ、救急車が!頼む!ドイテクレェ~~~!〉

『バタッ、ピーポー、ピーポー、ピーポー・・・・・・』

 救急車の扉が閉まる音と同時にサイレンが俺の耳に聞こえてきた。

「あっ・・・、行っちまった」

 この時ちょうど反対側の向こう岸に貴斗が居たことなど全然、気づく余裕も無かった。当然、貴斗もまた宏之の事など気付いていなかった。

「・・・ハハッ!」

〈春香があの中に居るわけ無いよな。悪い冗談だ。さっさと俺の前に出てきて安心させてくれよ。遅れてきた事ちゃんと謝るから、何処に隠れてるんだ?春香お前もこの事故を見て心、痛めてるんだろ?俺が抱きしめて安心させてやるよ!だから、早く出てきてくれよ!〉

 俺が少し放心していると警察官達は辺りに落ちている物を拾い何やら確認していた。無線で何やら話しているようだ。

「事故発生、事故発生。10時30分頃、三戸駅前レクセル公衆電話前にてトラックによる衝突事故発生。エェーーー、先程、収拾致しました遺留品の中に幾つか被害者の物と思われる身分証明を発見!」

「確認お願いいたします」

「身分証明書の写真にて本人と確認・・・、被害者氏名、野村隆、35歳、新橋製薬勤務・・・」

「何だ、吃驚させるなよぉ!」

 それを聞いて安心したのも束の間だった。

「続いて、被害者氏名・・・」

 エッ、今何って行った?オイ、今何て言ったんだ?

「繰り返し連絡いたします。被害者氏名、野村隆、35歳、新橋製薬勤務・・・・・・、続いて聖陵大学付属学園、高等部3年生、普通科B組、涼崎春香、17歳・・・・・・、続いて・・・・・・、最後に成城大学医学部4年、清川浩二、21歳・・・、以上7名が事故に巻き込まれた模様です。繰り返し連絡いたします・・・」

 春香の事故を切掛けに慎治、貴斗、宏之、香澄、詩織、春香、翠、七人の関係は大きく変わって行こうとする。それは・・・、




第一部 それぞれの主人公たち END

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