第二話 ヤッパリ宏之は遅刻??

~ 貴斗と香澄たちの会話の約三〇分前、宏之宅 ~

『ジリジリジリジリッ~~~ン』

 けたたましく目覚まし時計の音が彼の寝室の空間を占拠するように響く。

「ぅぅうっせ~~~っ!」

宏之は叫びながら時計の目覚ましを止めた。

「ハッ!?」

 何かに気付いたような言葉を吐き彼は飛び起き時計を見た。現在7時55分。

「ヤッベぇえぇっ、もうこんな時間かよ、サッサと着替えて行かないとコリャ遅刻だ!」

 最近の目覚まし時計はボタンを押しただけでは完全にアラームが止まるものが少なく、五分から一〇分後にまたアラームがなる仕組みの時計が多い。

「ちゃんと45分にセットしたはずなのに、何で55分に鳴るかなぁっ?」

 彼はこの目覚ましがそう言ったタイプの物だとは、知らなかったようだ。

 彼が制服に着替え、靴を履き玄関口に有ったノート類が入っただけのバックパックを背負って玄関を飛び出した瞬間。

『ザザッーーーーー』

「何でこんな時に限って雨なんだ」


‐ ‐ ‐


 時間を遡ること7月6日、金曜日の放課後、指導室にて宏之は御剣先生に説教されている途中であった。

「柏木君、最近、貴方は遅刻も多いみたいですね。もし次の月曜日遅刻したら物理の宿題3倍にしますからね」

「そんなぁ~、3倍は酷いしょ、遊ぶ時間がなくなっちまうぜ?」

 彼は目を潤ませながら御剣先生に訴えた。

「受験生が何を言うのですか?いくら、この学校がエスカレーター式だと言っても・・・。

これでも軽くしているつもりなのですけど柏木君。授業は良くサボるし、遅刻はするし、成績悪いし」

「成績悪いのは関係ないでしょ御剣先生には!」

「関係ないですって?大有りです全く・・・、これでも僕は君の担任なんだよ。心配で心配でしょうがない」

 フッと短い溜息を付きながら教師である御剣は生徒の宏之を見ていた。

「分かったよ、遅刻しなければいいんだろ?遅刻しなければ・・・、チェ!」

「本当に分かったのですか?それじゃ今度から遅刻するたびに他の教科の先生にも言って宿題増やしてもらいますからね」

 御剣はさも当然のように宏之に言葉を言い渡していた。そして、 そんな彼の言葉に生徒は唖然として何も言い返せなくその場に立っているだけだった。

「柏木君もう帰っていいですよ」

 宏之はうなだれながら指導室を後にしていた。

 御剣鋭知。名前の割に口調は穏やかで、怒っている所は滅多にお目にかかれない。宏之、貴斗、慎治、香澄の担任で人当たりのいい物理の先生でもあった。宏之の両親が転勤して彼がこの学校に残った後も色々と親身になって宏之に接していた。世話好きの教師だった。

「それでも3倍は、ヒデぇーよ3倍は。赤いなんちゃらじゃあるまいし」

 などと独り宏之がほざいていると一人の女子生徒が彼に話しかけて来た。

「アぁ~~~ッ、宏之君やっと終わったのねぇ」

 その女の子はちょっとばかりトロイ口調で宏之に話しかけてくる。実際トロイのだが。

「何で、春香がこんな所に?」

 彼はその現れた女の子を見て不思議そうに尋ねていた。

「宏之君が、指導室から出てくるのをずっと待っていたの。だって、宏之君が御剣先生に色々言われた後、気分が滅入っているんじゃないかなぁ~~~と思ってぇ。

その・・・、私と色々お話して元気になってくれたらいいなぁ~~~と思ったの、テヘッ!」

 彼女は顔を赤らめ下を向きながら彼にそう言葉を返していた。

「ジャぁー何、春香、2時間も待ってくれた訳?俺のために?」

「ウッ、ウン」と彼女は可愛く頷く。

「ウゥ~~~なんて優しい子なんだ、俺には勿体無い位だぜ!」

 宏之は本気でそう思った瞬間、本能的に春香を抱きしめていた。

「ひっ、!?宏之君ハッ恥ずかしいよぉ~~~こんな所で」

 宏之の恋人は完全に顔が真っ赤になった状態で彼にそう口にしていた。

「エッ、なに?」と彼はそう言ってから自分のとった行動に気づく。

「ナハハッ・・・、余りにも春香が可愛い事言ったから、つい抱きしめちまったよ」と言いながら抱きしめるのを止めた。

「誰も居ない放課後でよかった。私、もし誰かに見られていたら、恥ずかしくて次の日から学校来られなくなっちゃうよ」と少し涙混じりに彼女は訴えてきた。

「アハハッめんぼくない〈ほんとぉ~~~にっ春香ってすごく純情だよな。そこが可愛いところなんだけどね〉」

 その後、春香と色々話をし、最後に『宏之君、月曜日絶対遅刻しちゃだめだからね』

そんな風にして宏之は恋人の春香に約束させられていたのだ。


+ + +


 そして、2001年7月9日8時33分、学校前の上り坂、宏之は傘も差さずその坂を必死になって走っていた。

「くそぉーまにあえぇ~~~」とダッシュしながら彼はそう叫びを上げる。

「よっし、校門が見えた」

 宏之は腕時計で時間を確認した。それと同時に、

『キーン、コンーカーンコンーキーン、コンーカーンコンー』と死刑宣告の鐘が鳴る・・・。

もとい学校の鐘が鳴った。それでも彼は諦めずに疾風のように走って教室に駆け込んだ。

そして、教室に飛び込むと最初に声を掛けて来たのはクラスメートの香澄だった。

「ひっ・ろ・ゆっ・き・クン、おっはよぉ~~~、残念だけど遅刻!」

 憐憫など見せず、彼女は憎たらしい口調で宏之にそう口にしていた。

〈マジ、むかつく〉

「宏之、何だ、それ?ビッショ、ビッショじゃねぇーか。若しかして傘、差さないで来たのか?」

「アぁ~、そうだよ。走ってきたから、傘なんか差しても役にたちゃぁしないぜ」

「あの心臓破りの坂を走ってきたのか?マジで?」

 慎治は半信半疑の表情で宏之にそう尋ねていた。

「途中、途中だけどな」

「皆に迷惑だ、消えろ」

 三人の話に割り込むようにビショ、ビショに濡れていた宏之に彼が惨いことを口にしていた。

「なんだとぉ?」

 宏之はそういったヤツに突っかかろうとしたが、勝てないと分かっていたので直ぐに諦めていた。そして、最後の止めは、御剣先生からだった。先生の言葉が宏之の心臓を貫く。

「金曜日あれだけ散々忠告したのに柏木君、キミってせぇ~とは!ビッちり宿題、出しますからね、覚悟しなさいっ!」

 キッパリと御剣は宏之に言い渡していたのであった。そして、それから周りの生徒がクスクスと笑い声を上げていた。


~ ホームルームの後 ~


「オイっ、隼瀬、タオル持ってるだろ?俺が有難く使ってやるから、貸せ!」

 水泳部員だから何時もタオルをもっているだろうと思った宏之はでかい態度で香澄にそう要求する。

「なぁ~~~んでアタシが、ヒロユキにタオルなんか貸さないといけないわけ?オ・コ・ト・ワ・リ・よ・お断り!ぜぇ~~~ったい、イヤだからね、死んでもお断り」

 もの凄ぉーーーくっ嫌そうな顔で香澄は宏之に言葉を返していた。

「そこまで言うことないだろ!」

 その時、宏之の方に一枚のタオルが飛んできた。その方向を彼が見ると澄まし顔の貴斗だった。

「使え」と彼は宏之に無愛想に言う。

「早くしろ、他の奴らに迷惑だ。それとジャージ、持っているな?」

 そういった後、彼はそれ以上何も口にしなかった。そして、宏之は考える。

〈ヤツに渡されたタオルとジャージと言うキーワードを使って考えてみる。・・・タオルでぬれた部分を拭きジャージに着替えろ、って事だよな。馬鹿以外なら誰でも分かる・・・、とこんな事を考えていた。うん?すぐに分からなかった俺ってやっぱ馬鹿?ガァ~~~ン。

って、馬鹿な事、言っていないで風邪引くからサッサと着替えよ、っと〉

「貴斗、サンキュなぁ」

「礼を言われること、したつもりはない」と淡々な口調で貴斗は宏之に返していた。

「それに比べて慎治と隼瀬、薄情な奴らっ」

「しょーがねーだろ。俺、タオル持っていなかったしな」

「何で、女のアタシが男のヒロユキにタオル貸さなければいけない訳?アンタの彼女でもないのに。それに貸したら、腐るわ、二度と使えなくなる。まっぴら、ゴメンよ」

「そこまで言うか!目の前に困っている奴が居るのに、それを見捨てるなんて薄情な女」

「アンタの場合は自業自得でしょ全く」と呆れるように香澄は宏之に訴えていた。

「それより、何で貴斗タオルなんか持っていたんだ?」

 宏之と慎治は同じ質問を同時に貴斗に投げかけていた。

「あっ、それ、アタシも聞きたい」

香澄が『アタシも話に混ぜて』という雰囲気で会話に入ってきた。

「・・・・・・・・・・・・・・」

「っな、貴斗、何でそこで沈黙するんだよ」

 慎治は頭の中で不吉な考えが過ぎらせていた。

「そのタオルって、まさか先週の水泳授業の時間に使った後、ロッカー放置しっ放しだったって事は無いよな?」

 ジメッとしたこの季節そんなタオルが一週間近く暗室に放置されていたら・・・、想像を絶するものだ。

「・・・・・・・・・・・、フッ」と貴斗は尚も沈黙し、そして不適に笑っていた。

「オッ、オイ、なんか言ったらどうなんだ!貴斗、何か言ってくれよぉぉおおおぉっ!」

「貴斗、それってマジなの?」

 香澄の言葉に彼は『コックんッ』と首を縦に振っていた。

「キャぁあぁぁぁぁああっ、ヒロユキ近づかないでぇ~~~っ!」

 まるで腫れ物でも触るかのように香澄が宏之にそう言い放ってきた。

「ワッワッ、宏之これ以上よるな」

 そして〝汚いから寄るな〟とでも言うように宏之の親友であるはずの慎治までもがそう口を動かしていた。

「たっ、貴斗?よっ、よくもそんなタオルを、グウヲォオォオオッーーー!!!!」

 そんな酷いものを渡されていた宏之は怒声を上げながら拳を振り上げたのだが、

「ウソ」とボソッと貴斗が言うと同時に一時限目開始のチャイムが鳴った。

「ハッ?」

 貴斗の言葉に宏之は鳩が豆鉄砲を喰らったかのような阿保面になって、周りが爆笑する。

そして、それから先生が入ってくるとその笑いも止まり静かになった。

『あとで覚えていろ』な感じで宏之は貴斗を睨むと席についた。そして、睨まれた相手はというと、それを無視するように欠伸をかいて寝てしまう。

〈そう言えば、なんでアイツよく理数系の授業、居眠りこいているくせにテストでは満点なんだ。だが、満点なのは理数系だけ文系は英語以外俺と同じ赤点ギリギリ・・・・・・・・・・、しまった思わず俺の事をばらしてしまった。しかし、よぉ~~~く考えてみるとさっき使ったタオルは湿ってもいなかったしカビの臭いもしなかった、って言うか仄かにイソフラボン・・・、イソフラボン?それは違うだろう・・・、馬鹿なこと思ってないで、そうそれは洗剤のいい香りがしていた様な気がする・・・、若しかして俺って馬鹿?ウぅぅぅ、なんか情けないぞ。何でこうも簡単に回りに騙されちまうんだよ、俺は〉と心のうちで語っていた。

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