第11話 優季の旅立ち

 優季は家から少し離れたやや開けた場所に立っている。精神を集中し、高く掲げた腕の周囲に黒雲を張り巡らす。そして黒雲を猛烈に加熱させるイメージを作り、勢いよく腕を振りおろす。


「フレア!」


 振りぬいた腕から放たれた高熱の火球は、ユウキほどの大きな岩を高熱と衝撃波で粉々に破壊した。


「フウ…」


『ほお、見事だ。大分上達したな。魔法は訓練によって上達する。精進するがよい』

「バルコムおじさん!」


『今日はユウキに話があってきた』

「話? 何だろう。どういう話ですか?」


『うむ、家で話そう』


 家に入り、優季とバルコムはリビングの椅子に座る。マヤが優季にお茶を出してくれた。

 

「話ってなんですか?」


『うむ、ユウキは今何歳になった?』


「え? えと、13歳です。もう少しで14歳になります」


『それなら丁度よい。わしはユウキを王都に行かせようと思っておる』


「え…」

「この家を出て行けということですか。マヤさんたちと別れるっていうことですか! ボクが邪魔になったんですか!」


『そう気色ばむではない。ここにずっといてもおぬしのためにはならぬ。この世界に何があるのか見て回り、ユウキが何故この世界に来たのか確かめ、人の世で幸せに生きていくことが大切と考えたのだ。そして、それがお前の姉との約束でもある』


「お姉ちゃんとの約束…」


『この国、ロディニア王国では14歳以上になると、高等学院に入ることができる。ユウキには学院に入学し、知識を高めるとともに人と人とのつながりを学んでほしい。それが、ユウキのためでもある。ここにいても、これ以上の研鑽はかなわん。また、生者はユウキだけだ。人としての成長も望めない』


『世俗を捨てたわしが言っても説得力はないがな』


 バルコムは乾いた笑みを浮かべ、自嘲気味に言う。自分の興味のためだけに不死化の禁呪を使い、1000年以上世俗と離れてきたバルコムは、優季を育てることでとうに失ったと思っていた人間としての感情が生まれてきていることに驚いている。


だからこそ、優季にはここでの生活に甘んじてもらいたくはない。人として大きくなってもらいたい。そして、姉の望の願いをかなえてもらいたいと考える。


「……」


『俺は賛成ですぜ』

「助さん」

『お嬢には、この狭い範囲で一生を終わらせたくない。世の中を見ることで得られるものもあると思いますぜ』

『剣の腕も上達しやした。そんじょそこらの兵士よりも上です。何かあっても生き残る力は十分にあると思いやす』

『ただ…』


「ただ?」


『もう一緒に剣の訓練ができなくなるのが残念で』

「助さん…。ボクも!」

『わざと服を切り裂いて、お嬢の成長途中のおっぱいを見るのが楽しみだっただけに!』

「このスケベ! 返して! ボクの感動を返して!」


『私も賛成です』

『お嬢様は十分に独り立ちできる実力を持っています。私との訓練でも魔法を生かして戦うのが上手くなった。実力差のある敵と出会っても十分に対処できるでしょう』

『しかし、主の言うとおり、人は思考する生き物。戦いの技術ばかりを研鑽しても、人としての成長は望めません。ここはやはり、一度旅に出ることをお勧めします』

「格さん…」


『ただ…』

「え、ただ?」


 優季は嫌な予感を感じ、眉をひそめる。


『もう、お風呂の中で、楽しそうに魔具を使って、脱毛やお肌の手入れをしているお嬢様をのぞき見することができなくなると思うと寂しいですね。あ、大分おっぱいは大きくなったと思いますよ。あそこの毛を全部剃ってしまったのはどうかと思いましたが』


「ぎゃあああ! さ、最低だ! うえ~ん。マヤさんが縫ったパンツをはくためには仕方なかったんだよ~」


 今までの良い流れが一気に台無しになった。



『私はユウキ様と離れるのは寂しいです。ずっとお側にいたい』

『でもユウキ様の成長のために、王都に行かれるのに反対はできません。大好きなユウキ様のためになることをどうして反対できましょう…』


「マヤさん」


『でも、ユウキ様の家はここです。ユウキ様が帰ってくるのはここしかないと思っています。いつ帰って来られてもいいように、私たちがこの家を守ります。あと、お姉様のお墓は私にお任せください。ですから、安心して王都に行って、たくさん学んで来てください。それが私の、マヤの願いです』


「マヤさん! ボク、マヤさんにずっと助けられてた!」

「マヤさんはいつも私のことを考えて大切にしてくれた。マヤさんがいなかったらボク…。ありがとう。マヤさん。ボク、王都に行って世の中を見てくるよ」


 優季とマヤがひしと抱き合う。


『助さん、どう思います。我々に対する態度と大分違うと思いませんか』

『いや、俺はお前の性癖にどんびきだよ』

『儂は影が薄くないか…』


 そうはいったものの、王都の学院に入学するためにはどうすればよいか情報がない。このため、マヤが大森林の近くにある村(イソマルト村)に買い出しに行った際に聞き込みをしてくれるとのことであった。


 バルコムの転移魔法で家に帰ってきたマヤが村で聞いてきたことには、学院の新学期は4月からで、3月に入ると入学試験が行われること、王国民なら試験は誰でも受けられるが、試験の1か月前に学園で申し込みが必要になるとのことであった。


『イソマルトから王都まで、連絡馬車で20日くらいかかるそうです』

『今12月か、準備を始めて1月初めには王都に向かわなければならぬな。途中で雪に降られたら、さらに行程に時間がかかるであろうからな』


 優季がマヤやスケルトン達と王都に向かう準備を進めていたある日、バルコムが優季の元を訪れた。


『ユウキよ、これを持っていくがよい』と言ってポーチ状のアイテムと刃渡り30cm程の片刃のダガ―と長さ70cm、幅5~6cm程の細長い両刃の直刀、スモールソードを持ってきた。


『ポーチは「マジックポーチ」と言って、いろいろなものをほぼ無限に入れられる。荷物の運搬に役立つであろう』


『ダガーはミスリル鋼で作られたもので硬度が高く、切れ味も良い。スモールソードは昔、遺跡探索で見つけたものだ。古代の魔力付与がされているから見た目より軽い。女のお主でも取り回しやすいであろうと思ってな』


『お嬢、こりゃどちらもいいブツですぜ』


 助さんがダガ―とスモールソードを交互に持って感嘆の声を上げる。


 ダガ―の材料のミスリル鋼は銀灰色の非常に硬く重い金属で、優季の世界でいえばタングステン鋼がこれに当たるだろう。切れ味もよさそうでサブウェポンとして十分使える。また、スモールソードは見たことのない文字が刻まれ、永久魔力付与が付いていて、白銀に輝く美しい剣だ。柄の部分には緑に輝く宝石がはめ込まれている。


『この宝石が刀身に魔力を纏わせ、これにより、通常の鋼の剣より切れ味が増している。これからの旅には必要であろう』


「ありがとうございます。バルコムおじさん!」


 大分気温が下がって、本格的な冬の訪れを感じさせるある日、優季は「あの日」が来て体調が悪く、寝台に横になっていた。お腹にはマヤが縫ってくれた腹巻をして湯たんぽを入れて温めている。


「うう~。女の子になって大分慣れて来たと思ったけど、じくじく痛むのはつらい…」

 優季の部屋では、マヤが自作の服や下着を選別し、マジックポーチに収容している。


『オールシーズン分を準備なければいけないので、量が多くなりますが、マジックポーチのおかげで助かります』

『女の子の日の用品もたっぷり準備しました。美容の魔具も入れておきますね』


「うん、ありがとう」


 男として生を受け、この世界で姉の体を受け継いで女となった優季。体も女の子らしくなり、今ではすっかり女の子の意識が強くなっていた。


(望お姉ちゃんは胸がほとんどなかったけど、ボクの胸はどんどん大きくなっている…、何でだろう。まあ考えても仕方ないか。お姉ちゃんに生かされたこの体、この世界をお姉ちゃんと一緒に見てくるんだ)

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