第8話 優季とアンデッドたちの日常①

 バルコムの用意してくれた家での生活が始まった。家に住むのは優季のほか、マヤと助さん格さんの3体のアンデッド。バルコムは迷宮の奥に戻り、必要な時だけ顔を出しに来る。こちらから来てもらいたいときは、頭の中で思念すると来てくれる。


 家の中のことは、ほとんどマヤがやってくれている。マヤは家事力がすごい。優季はいつも感心している。また、いつの間に作ったのか、メイド服をしつらえ、それを着てまめまめしく働いている。


 今、ユウキは女の子らしいフリルのついた白いブラウスと膝上までのリボンの付いたスカートを穿いている。これも全てマヤの手作りだ。マヤは優季を可愛らしく着飾るのが好きなようで、服だけでなくかわいい下着などもたくさん作っている。優季は今は女の子の姿だが、元々は男の子なのでやや精神的にくるものがあるが、マヤがうれしそうなので我慢することにしている。


 部屋に置いてある姿見でしげしげと自分の姿を見る。もともと可愛らしい顔をしているといわれていたが、すっかり女の子らしくなった。髪の毛もつややかで美しく、肩下まで伸びている。マヤが着けてくれた赤いリボンが黒い髪によく似合っている。


「…慣れなきゃいけないよね」


 また、マヤは助さん格さんにも着物と草履を作ってあげている。これで助さん格さんも家の中と外を自由に行き来できるようになった。何故着物なのか。それは優季が「助さん格さんといったらこれでしょ」といって、着物をスケッチしたものをマヤに見せたら早速作り上げたのだ。着物は助さん格さんも気に入ったようで、まんざらではないらしい。


 優季がバルコムに助けられてから2か月ほど経った。

今日は朝から雨模様で、外に出られないため、バルコムが与えてくれた絵本で文字の勉強をしている。今では大分読めるようになってきた。最近は発音練習をしながら書き取りの練習をしている。マヤは優季が文字の勉強を始めると、いつも隣に座って色々と教えてくれる。このため、発音練習もスムーズだ。


「マヤさんを見ていると、日本で見た映画のゾンビとは全然違うね。何でもできてびっくりしちゃうよ。いつも感謝してるよ」

優季が素直に想ったことを言うと、マヤは目を細めて嬉しそうに優季の頭をなでるのであった。優季はマヤになでられるのが嫌いではなかった。


 マヤは料理も上手だった。優季の好みを把握し、飽きがこないようにいつも工夫を凝らしてくれる。特に優季が好きなのは、野菜と肉をふんだんにつかい、スパイスを利かせたスープとミンチにした肉を焼いたものをレタスに似た野菜でくるみ、パンに挟んだハンバーガーだった。手作りのソースがよく合って、本当に美味しいと思っている。


「今日もおいしいよ。マヤさん」

 食事をしながら感謝の気持ちを伝えると、やはり目を細めて優季の頭をなでてくる。


「マヤさんって、料理やお裁縫が得意みたいだけど、そのような仕事をしていたの?」

 以前、優季はマヤに生前何をしていたのか聞いたことがある。しかし、マヤは首を捻るばかりで答えてくれない。後でバルコムに聞くとアンデッドは生前の記憶はほとんど失う。きっと体が覚えていたのだろうということであった。


 ある日、助さん格さんが稽古をつけてくれると言ってきた。優季は自分が戦えなかったばかりにゴブリンに望を殺され、自身も瀕死の重傷を負わされたことを悔やんでおり、強くなりたいと常々思っていた。


 早速、マヤが用意してくれていた長袖長ズボンの稽古着に着替えて外に出ると、助さんから木剣を渡され、自由にかかってくるように言われた。

 優季が上段に構えて飛び掛かり、助さんの体を打ちすえたと思った瞬間、下から木剣を持った腕を跳ね上げられ、剣が大きく跳ね飛ばされてしまった。

 その後、何度も木剣を構えて飛び掛かったものの、助さんの体をとらえることなく、逆にしたたかに打たれてしまい、ぼろ雑巾のようになって動かなくなってしまった。その様子を見たマヤは助さんを突き飛ばし、今まで見せたことのない表情で抗議するのであった。


 優季とアンデッド達が生活を始めて数か月が過ぎた。季節は秋となり、朝晩は肌寒く、冬が近づきつつあることを感じる。


 今、優季は家の周囲を走っている。しばらく前に助さんとの訓練でコテンパンにされてから、助さんは優季の体力づくりと素振りを中心に訓練している。


「ぜ~ぜ~。やっと終わった」毎日毎日走らされ、体力は大分ついてきた。


 優季にマヤが水を差しだしてくれた。


「ありがとう、マヤさん」


 優季は水を飲み干すと、マヤが作ってくれた手袋をして木剣を手に持ち、素振りを始める。手袋は素手で素振りをすると女の子の手が固くなるといって、マヤが工夫してくれたものだ。


「498,499,500!」

 素振りを500回終わらせると助さんとの剣合わせを行う。助さんは生前、どこかの騎士であったようで、剣さばきが凄まじい。上段から下段への連続した攻撃、フェイントを混ぜて横から振り抜く、斬撃から突きといった技を小手、突きといった小技を織り交ぜた攻撃もたやすく躱されて、反撃を受けてしまう。


「うう~、まだまだ助さんにはかなわないな~」

『でもお嬢、以前より大分ましになったですぜ』

「一発も当てられないんじゃ、褒められてもあまりうれしくない。そして、お嬢って呼ばれるのもうれしくない」

『お! 膨れた顔もかわいいね~』

「むぐぐ…」


 助さんは生前フランクな性格だったのか、いつしか優季のことを「お嬢」と呼ぶようになった。また、優季は女の子になったことで、もともとかわいい顔つきだったのが一層かわいくなり、美少女と化したことでいつもからかってくるのだ。


 その間、格さんはというと、優季のためにお風呂を沸かしたり、冬に備えて家の補強や薪割をしてくれている。また、食料となる動物を狩ったり、野草を採取したりしている。なお、狩猟や採集だけでは優季の食料としては不足なので、時々マヤがバルコムの転移の力を使って黒の大森林近くにある村などに買い出しに行っている。マヤは見た目は人と変わりがないので、アンデッドとばれることはない。


 訓練で汗をかいた優季がお風呂に入る。火の世話は格さんがしてくれている。


「ふわわ~、きもちいい~。きもちいいよ格さん。ありがとう」

『感謝の極み。お嬢様のためなら大したことはありませぬ』

「お嬢様はやめてよ~、恥ずかしいよ(気持ちは男だし)」

『いやいや、ユウキ様はとても可愛いではありませぬか。だからお嬢様と呼ばせていただきます』


 ある日、助さんではなく、格さんが稽古をつけてくれることになった。


「初めてだね、格さんが稽古をつけてくれるの。でも、武器は持たなくていいの?」

『私は拳法を極めております』

「おっ、凄いね。じゃ行くよ!」

「あれ、構えないの。」

 格さんは大げさに胸を張り、大声でこう言った。


『構えとは防御の形! 我が拳は最強無敵! よって構えなどありませぬ!』

『あるのは前進、制圧のみ!!』


 どこかの聖帝様ようなセリフを吐かれ、戸惑いつつも訓練を行う優季だった。

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