第二十六話 帝王現る

 どこかで聞き覚えのある声。だけどあと一歩のところで思い出せないそんな声だが、だった一言で俺の心に恐怖心というのを芽生えさせた。

 それはミイナ、マカも同じようで、苦手なお化け屋敷に入ったように周囲を警戒している。


 例外を除いて。


「誰じゃいコラ」


 俺達とは違い、ヤンキーのようにヤジを飛ばすサダンさん。この人より怖い人間はいないと思うが、こういう場面に頼もしすぎる。


『ホッホッホッ。私に楯突くとは、なかなか度胸のある人間ですね』


「黙れ。とっととツラ見せんかオラ!」


 よっぽどイライラしていたのか、声だけの存在を相手に正面の空を殴った。


「……短気な人間のようですね。いいでしょう。姿を現しますよ」


 ピシッと空にヒビが入った。ここまではゴブリン四天王が現れた時と同じだが、今回は違う。

 ラスボス登場の演出のように大地は揺れ、空は曇り、嵐のように強風が吹き荒れた。


「ふふふ。なんだが全身がゾクゾクしてきたわ」


「旦那様〜」


「安心せい。いざという時はお前もミイナもワシがちゃんと守ってやる」


「はい」


「ありがとうパパ」

 

 頼もしすぎる。

 だけど俺はそこに含まれていないかー。

 若干落ち込みながら、揺れや強風に耐えている間にも空のヒビはどんどん広がっていく。

 そしてついに雲全体に広がると、ガラスのようにパリンと割れ、月明かりに空の破片が照らされて幻想的な光景が目の前に広がった。

 と同時に地震のような揺れ、台風のような強風が最初からなかったかのように消え去り、空に大きく割れた空間からふわふわ浮く何かが地上に降りてきた。


「お待たせしました」


 ついに姿を現したソイツはフワフワ浮かぶ謎の丸い球体に乗り、緑色の皮膚に頭には二本のツノが生え、一度聞いたら忘れられない特徴的な声と敬語で俺達に喋りかけた。


「あ、あ――」

 

 ミイナ、マカ、サダンさんはゴブリン四天王が現れた時以上に警戒していたが、俺はソイツを見た途端、好きなハリウッドスターが目の前に現れたリアクションで今世紀最大に驚く。


「ああああああああああああああっ!」


「黙らんかコラ!」


「ごめんなさいっすーーー!」


 光の速さで90度の角度でサダンさんへ謝る。お陰で興奮もだいぶ収まったが、現れたソイツの姿と声に「マジかよ」が止まらない。


「ホッホッホッ。さっそく仲間割れですか」


「コイツはワシの敵じゃ」


「パパ」


「間違えた。ワシの下僕じゃ」


「それでいいのよ」


 マジかよ。下僕でいいのかよミイナ。

 弁明したがったがミイナが納得してるので俺は口を挟まなかった。


「下僕。そうですか、その割には私の四天王を倒すなんて、随分お強い下僕なんですね」


「当然よ。だってジンは私の大切な――」


「ミイナごめん」


「むぐっ」


 口を押さえてミイナの耳に小声で話す。


「ダメじゃないかミイナ。指輪の呪いが発動する」


「あ、ごめん忘れてたわ」


『あっはっは』と笑う俺達。


「ワシの前でミイナとイチャイチャするとは、害虫らしく今すぐ殺してやるぞコラァ」


 ピリリン「殺気!」


 俺はニュ〇タイプじゃないが、背中からハデス教官に負けない凄まじいプレッシャーを感じたのでミイナから手を離し『地面は友達』ってレベルで頭をめり込ませながら土下座した。その間僅か0.5秒。


「ごめんなさいっすーーー!」


「今度という今度は許さん。死ね!」


 土下座の効果は今ひとつだったようで、キレたサダンさんは剣を抜き俺を刺し殺そうとした。

 ここまでか。


「ダメよパパ」


「旦那様落ち着いてください」


 土下座する俺を庇うようにミイナとマカがサダンさんに立ち塞がる。


「ぬぬぬ」


 娘と愛する? 女性を前にして、サダンさんは一瞬だけ葛藤したのち渋々剣をしまう。

 助かった。今度の今度こそ死ぬかと思ったぜ……。

 俺はゆっくり顔を上げて思いっきり息を吐いた。

 すると今まで俺達のやりとりを死神界のマッドサイエンティストのように黙って鑑賞していたソイツが口を開き。

 

「……そろそろ私の自己紹介を始めてもよろしいですかね」


「……好きにせい」


 少しだけ気まずそうにサダンさんが答えた。


「では改めまして」


 世界一『ハヒフヘホ〜』の発音が合う声で、世界一極悪な笑顔の似合うソイツは、乗っていた謎の球体からフワリと浮遊しながら降り、校長先生のように両手を後ろに回しながら朝のスピーチをするように喋り始めた。


「初めまして下等な人間ども。私はゴブリンの帝王にして【六皇】の一人。『エンペラーゴブリン』です」

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