第99話 土居ミレイ

 土居ミレイさんは営業一課の事営業事務をしている立花美瑠の同期入社の女の子だ。結衣香と僕が付き合っていると噂を流した一人だが、真相は闇の中だ。


 あまり目立つ感じではないけれど、清楚な感じがするとかで割合と人気が高い事は僕でも知っている。


 土居さんは、火曜日と木曜日は定時で上がって趣味である菓子作りの教室に通っているのだとか。


 真島課長曰く、水野が今日、終業の合図とともに何処にいそいそと出かけて行ったのは、どうやら土居さんの通う、代官山にある「bourgeon à fleursブルジョンアフルール」というパティシエ専門学校に行ったらしかった。


「詩郎の奴さ、どうやら土居さんの事が好きみたいなんだよな」


 結衣香がえっ、と言うような顔をした。


「お前は詩郎を振ったんだから、そんな顔しないの」


「ボ、ボクは別に!」

 結衣香はいつもあれ程に水野に塩対応なのに、水野が他の娘が好きだと聞いたら動揺するんだな。少し驚いた。


「マジマン、結衣香先輩の事からかったらだめですって」


「俺はいいの。結衣香の上司なんだから」

 何言ってんの! 普通に良くないでしょ。


「ダメですよ! パワハラにセクハラですって!」

 と、立花美瑠。


「えー、こんな程度でハラスメントとか世知辛い世の中だよなあ」


「真島課長、ひょっとして昭和の生き残りですか?」

 結衣香も応戦。


「もー、この際結衣香のことは置いておいて」

 真島課長が言い出したんじゃん、と結衣香はお冠だ。

 こんな緩い感じ、僕は嫌いじゃないけど結衣香はとんだ迷惑だよね。


「で、詩郎はな、今日土居さんに近づきたくて何とかっていうパティシエの学校に体験入学に行ったんだよ」


「チャラ先輩もヤバいっすね。ストーカースレスレじゃないすか」


「まあ、その辺は俺が上手い躱し方を伝授しておいたさ」


「どうせ『やあやあ、奇遇だね!僕もお菓子作りに興味があってさ、土居さんがいるなんてビックリしたよ!』とかそんなもんでしょうよ」

 美瑠の水野の顔真似は結構面白いな(笑)。


「美瑠、何でわかった⁉︎」

 課長、僕にも秒でわかりますって。


「とにかくだ。美瑠には同期のよしみで花火大会に誘い出して欲しいんだ」


「えー、チャラ先輩のために、私がですか?」


「お前には迷惑掛けないから」


「ミレイが迷惑じゃないですかぁ」


「そんな事分からんだろ」


「徒労だと思いますけどね」


「そこをひとつ」

 水野のために真島課長がこんなに必死になってくれるなんて。僕の時はどうだったっけ?


 結局真島課長の熱意に押された立花美瑠は、週末の花火大会に土居さんを誘う事を承諾した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 翌日のこと。立花美瑠は土居レミを誘った。


「ねえ、ミレイ」

 

「あれ、美瑠。どうしたの?」


「田淵部長に書類の届け物があってさ。ついでにレミのところに寄ったのよ」


「ついでって酷い(笑)」


「ついではウソ。ミレイ、今週末は何か予定ある?」

 土居ミレイは一瞬返答に詰まった。


「何かあるの?」


「うん、最近結衣香先輩の課員の人たちと仲良くなってね。花火大会に誘われたんだ。ミレイも一緒に行かないかなって」


「美瑠も最近変わったよね。社内の人たちとそんな感じで絡むのって前にはなかったし」


「憧れの結衣香先輩と一緒に遊べるんだもん」


「そっか(笑)」


「で、土曜日はどう?」


「うん、特に出かける用事はないんだけど、予定があってね」

 立花美瑠はそれを聞いて安堵した。無理に誘わなくて済む。


「そっか、残念。じゃあ今度また二人で飲みに行こ?」


「ううん、その予定はどうにでもなるっていうか」


「無理しなくていいよ? 急な話だしさ」


「うん、でも調整できると思うから、今晩まで待ってもらっていい?」


「それは構わないけど、無理しないで」


「うん、大丈夫」


「じゃあ戻るね。連絡待ってるね」


「うん、それじゃ後でね」

 立花美瑠は自分のデスクに戻ってからも土居レミの反応に違和感を持っていて、それに引っかかっていた。


「これは何か匂うな……」



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