第90話 私、頼んでみます!

 曉子さんご両親が「堕天使」にする日はほどなく決まり、今週の金曜日となった。沙織さんから聞いた話によると、姉小路の言っていた「良いアイディア」とは、ガチのヤラセで、客から何から仕込んで別世界を作り上げるといった壮大なオペラ作品だったらしい。

 で、当然のごとく店長によってボツとなった。姉小路もアテにならないな……


 店長の方針は、嘘偽りのない、いつもの曉子さんの職場環境や接客態度を見てもらう事だった。

 それで大丈夫なんだろうか、という疑念は残るけど店長にとって、曉子さん=りおんちゃんが店から居なくなる事態はトップの売り上げをしなう事と同義なので、何も考えずその結論に至ったわけではないはずだ。


 ただ、堕天使の接客は至ってノーマルで健全だ。

 楽しくキャストとお話しする。それ以上でもそれ以下でもない。

 銀座の高級クラブのホステスさんの中にはもの凄い聞き上手がいたり、経済論をお客さんと交わすことができる猛者がいるという話だけど、キャバクラにそういうものを求めてやってくるお客さんはほとんどいない。


 ただ、一つ心配があるとすれば、「勘違い」した客だ。

 キャバクラは風営法対象の業態で、歓楽的雰囲気を醸し出す接待を伴う飲食店。

 そして、「歓楽的雰囲気を醸し出す方法により客をもてなすこと」の意味は、「営業者、従業者等との会話やサービス等慰安や歓楽を期待して来店する客に対して、その気持ちに応えるため営業者側の積極的な行為として相手を特定して興趣を添える会話やサービス等を行うこと」だからボディータッチとかそういうのが基本的に許されているわけではないのに、キャバ嬢にそういう行為をしてくるお客さんがいるのは事実だ。

 来る店を間違えているか、わざとやっている。


 僕はそういうお客面した人間が嫌いだ。


 曉子さんによれば、週に何度かやってくる仲井さんというお客がしょっちゅうそう言うことをやっていて、店長にも何度か警告されているらしい。


 仮に仲井さんがやってきて、曉子さんが接客している時にそんなことが起きてしまったら、特にお母さんは許さないだろう。


 その場で「すぐに辞めなさい!」くらい言っても全然おかしくない。


 そして仲井さん相手に他の女の子、例えば沙織さんが接客していてそういう行為に及んだとしても、曉子さんのお母さんならそれを見とがめるに違いない。


 つまり、「堕天使」は、その日仲井さんに来てもらっては困るのだが、実のところ仲井さんは神出鬼没なのだとか。


 確かに過去の来店の記録を見ても。仲井さんの来店日にはこれと言った法則性は殆ど見出すことはできなかった。

「仲井さんが来る時間帯とかってわからないのかな?」


「開店時から来ることもあるし、閉店1時間前に来ることもありますよ」


 比較的来店の少ない金曜日に、仲井さんが来ないことを願うほかなかった。


「店長がなるべく仲井さんのテーブルには私を付かせないように気を付けると言ってくれたんです」

 と曉子さんはいうけれど、一抹の不安は隠せない。


「指名が入ると、基本的に断れないシステムなので……それが怖いですね」

 指名……これは盲点だった。


「指名されたりするの?」


「ええ、指名される時は私か、エリカちゃんかどちらか」

 エリカさんは曉子さんとトップを争ってる美形のキャバ嬢だ。

 少し居丈高な感じがするけど、それがいいんだとか。(真島さんによればの話。)


「二人一緒に出勤している日はどっちを?」


「気分次第みたいです」

 ちょっと僕の質問の仕方が悪かったようで、曉子さんは珍しくキッとなった感じでそう答えた。


「へ、へえ、曉子さんを選ばないなんて見る目がないね」

 それくらいしか言えないダメな僕。


 ご両親が来た時間帯に、仲井さんが来なければ良い話だけど、そんな都合のいい話ってあるのかな。そうだ、この手は使えないだろうか。


「あ、エリカさんに同伴を頼んでみるのはどうだろう」


「同伴で来店する時間をコントロールするってことですかね?」


「うん、それがうまくいけば……」


「アイディアとしてはありだと思います。でも……」


「でも?」


「エリカさんに私、良く思われていなくって」

 うわー、確かに曉子さんとエリカさんはライバルなんだよね。さっきの反応を見ても、二人はあまり仲が良くないようだ。


「でも、頑張って私頼んでみます!」

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