第86話 悟さんはどう思いますか?

 三越で買い物が終わった後、二人で曉子さんの家まで荷物を運んで、曉子さんのお父さんの荷物の開梱をお手伝いすることにした。

 道中、曉子さんは口数が少なくて、堕天使の仕事を辞めるかどうかで悩んでいるようだった。


「曉子さん、悩む必要があるほど、堕天使でのお仕事に思い入れがあるんだね」


「ええ、そうなんです。お父さんが帰ってきて、ウチの暮らし向きはきっと以前より良くなるんでしょうけど、この数年間、私が大学を出たり、お母さんと一緒に暮らせたのは、間違いなく『堕天使』でのお仕事のお陰なんです。それを簡単に辞めたりしたら罰が当たります。悟さんは、どう思いますか?」


「うん、僕もその気持ちはすごくわかる」


「分かってくれますか? じゃあやっぱり続けようかしら」


「でもね、曉子さんの本業はやっぱり岩田電産の社員としての仕事だよね? 本業が疎かになったり、忙しすぎて身体を壊したりしたら本末転倒になるよね」


「じゃあ悟さんもあすかさんと同じように辞めた方がいいということ?」


「そうじゃないよ。でも心配なんだ」

 僕だって「堕天使」のみんながいい人たちで、曉子さんの事をよくサポートしてくれたり、親身になって色々と手伝ってくれたりしてくれたことをずっと見てきた。


 僕が心配していることについて曉子さんは感謝をしてくれたけど、僕からは期待していた答えというか、同意を得られなくて少し残念そうな表情をしていた。


 いずれにしたって、いつまでもこのままで良い訳はない。

 

 何しろ、来年の六月には僕たちは結婚するんだから。


 既婚者がキャバクラで働いているという事もなくはないんだろうけど、想像できなかった。


 そうこうしているうちに、曉子さんの住む街の駅に着いたので、電車を降り、改札を抜けて商店街を歩いて曉子さんの家の方に歩いて行った。


「悟さん、やっぱり私の考え方はおかしいですよね」


「ううん、僕も迷っているんだ。何しろ、『堕天使』のみんなはいい人ばかりだからね」


「結婚したら、辞めるしかないんですよね。当たり前のことですよね」


「うん、僕もそれはそうして欲しいな。毎日曉子さんと一緒に夕ご飯を食べたいし」


「そうですよね。何を私は迷っているのかしら。本当、私っておバカさんでごめんなさい」

 てへ、という仕草を曉子さんがしたので僕はからかい半分で

「そういう所が可愛らしいいんだよね」

 と言った。


「もう、いつもいつも……照れますから」


「僕も照れながら言ってます」

 二人でバカップルみたいな会話をしていると、曉子さんの携帯に電話が着信した。


「あ、お父さん? もうあと2分くらいで家に着くわ。ええ、悟さんも一緒よ」

 曉子さんはお父さんから何かを言付かっているようで、何度も頷いていた。


「もう家に着くから切るわね」

 携帯の会話を切った曉子さんは、


「今日はキリマンジャロでいいか悟さんに聞いてほしいって」

 お父さんの淹れたコーヒーをまたごちそうになれるのか。


 それは当然楽しみなんだけど、お父さんがこの件についてどう思っているのか、お母さんがもしいらっしゃったらやはり意見を聞かないといけないと思った。


「僕は曉子さんの考えを支持したいと思っている。でも、その考えはいろいろな人からの意見を聞いたうえで決定されるべきだと思っているんだ。だからお父さんやお母さんからの意見も、きちんと聞いたうえで考えてもらえるかな?」

 僕にそう言われた曉子さんは、しっかりと僕の目を見ながら頷いた。


「はい。皆さんの考えを聞いて、自分の答えを出すようにしますね」


 そう言うか言わないかの内に、曉子さんの自宅に着いていた。

 


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